2 切り裂きブーベ
「お会いできて光栄です、カメリア様。」
ユリウスは柔らかな微笑みを浮かべてカメリアに近づき、恭しく礼をした。
「こうしてあなたとゆっくりとお話しできるのははじめてですね。
僕はこの日を心待ちにしていたんですよ。」
オリーブ色の瞳を嬉しそうに輝かせるユリウスと対照的に、カメリアは表情を変えないまま「先ほどおっしゃった"栄光の手"とはなんですの。」と尋ねる。
「絞首刑に処せられた罪人の手を死蝋にしたものです。
乾燥させて酢漬けにして作るそうですよ。
燭台として使うと、大きな魔力を発するとも言われているんです。」
カメリアはマントルピースの上に飾られた栄光の手を興味深そうにまじまじと見つめる。
「ではこちらの"栄光の手"も、かつて罪人のものだったのですか。」
「ええ、これは切り裂きブーベの手から作られたものです。」
ユリウスは砂糖菓子のように甘い眼差しをカメリアに向けているのに、その口が語るのは残忍な殺人鬼の話であった。
「切り裂きブーベは20年ほど前にこの地に現れた殺人鬼です。
標的となったのは娼婦たちでした。
彼女たちは首の動脈を切られて絶命させられた後、腹部も切り裂かれていたのです。
被害者は10人にものぼったと言われています。
犯行現場でたびたび不審な少年が目撃され、その残忍な手口から殺人鬼は切り裂きブーベと呼ばれるようになったのです。」
ブーベとは少年を指すこの地方の言葉だ。
カメリアは「疑わしい人物が目撃されたけれど、すぐに逮捕にはいたらなかったんですの。」と小首を傾げた。
「ええ、そこがこの事件の不思議なところなんですよ。
ブーベが犯行を行うのは夜に限られていましたが、特別人目を避けていた様子はなく目撃者は多くいたのです。
ところが、ブーベはなかなか捕まらなかった。
目撃者が警察を呼んで戻ってくると、ブーベは煙のように消えていたと言われています。」
「でも、その逃走劇も永久には続きませんでしたのね。」
カメリアの言葉にユリウスは頷く。
「ブーベが10人目の被害者を殺害したとき、怪しい人物がいると通報を受けた警察が近くに来ていたのです。
切り裂きブーベとして現行犯で捉えられたのは、当時16歳の痩せた少年でした。
彼の容姿は目撃された疑わしい人物との特徴と一致していた。
そして彼は絞首刑に処せられた。
この"栄光の手"は、この地に再び安息がもたらされたことを祝って、この地の権力者であるローゼンベルク侯爵家に送られたものなのです。」
「その少年は最後の事件の現行犯で捉えられたとおっしゃいましたわね。
目撃情報との特徴の一致以外に、それまでの9件の犯行が彼によるものだと決定づける証拠は見つかりましたの。」
ユリウスは「いいえ、見つかっていないのです。」と首を振った。
「ですから、この事件には本当の真相がまだ隠されていると言われているのです。
あるものは、縛首にされた少年は身代わりで本物の殺人鬼はまだ生きているといいます。
またあるものは、切り裂きブーベは神出鬼没の魔物だというのです。
ブーベは蘇って再び残虐を繰り返すのだと。」




