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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
エピローグ

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エピローグ

 八月末の朝、瑞貴は公園のベンチで小夜を待っていた。図書館で残りの夏休みの宿題を一緒にする約束をしており、小夜の家に近い公園を待ち合わせ場所に指定したのは瑞貴だった。朝とはいえ、残暑の陽射しは容赦なく、日陰に座っていてもねっとりと熱い空気が絡みつくように肌に迫る。公園の外の歩道を、プールバッグを振り回しながら数人の子どもたちが駆けていき、その後ろから母親らしき女性が二人、気怠そうに歩きながら子どもたちをたしなめる声が聞こえた。夏休みもあと一週間ほどで終わってしまうが、まだ平和で穏やかなモラトリアムのような時間が流れている。

 寒月峰神社の納涼祭を無事に終えた後、瑞貴は丸二日ほど寝込んだ。熱や痛みがあったわけではないが、とにかく体が重くて起きられなかった。橋姫に囚われて監禁されたり、とてつもなく大きな変容の力を作らされたりした後、すぐに秩父に戻って巫女舞の大役を務めたのだから無理もない。いくら高校生男子とはいえ、体力には限界がある。

 お盆に千歳が秩父に到着した頃にようやく回復した瑞貴は、千歳と美弦と三人で禊や山駈けや瞑想をした。上条の家を出る前には千歳も修行をしていたようで、落ち着いた様子でこなす千歳の姿が、瑞貴には新鮮だった。迎え盆の夜には、吏の夫の拓実と美弦の妹の翼も合流して、食卓は賑やかになった。送り盆を済ませて、瑞貴と千歳は一緒に東京に帰ってきた。

 橋姫は金色こんじきの護符で封じられた檻に入れられたまま、夏陽によって宇治橋のそばにある橋姫神社に強制送還され、祀られたそうだ。夏陽は国の機関に収監されたままだが、櫻子は東京に残って、相変わらず桃泉堂やアリステアに出入りしているようだった。

 取りすがる橋姫をけんもほろろに斬り捨て、失望したように去っていった漆黒の鬼が何者だったのかについては、確かなことは分からない。ぬらりひょんの言っていた三上ヶ嶽の三鬼の伝説について、六花と蒼には伝えてあり、近畿支部の調査員に調査を依頼すると言っていた。

 ベンチにじっと座っているだけで、とめどなく汗が流れ出す。ツクツクボウシの鳴き声を一身に受けながら、何も考えられないほどのうだるような暑さの中、頭の中が真っ白になるのは、悪くはなかった。ベンチの背もたれにだらりと身を預けた瑞貴は、膝の上に置いたリュックサックにつけてある懐中時計に目をやって、あれ、と呟く。猫目石の色が緑色になっている。敵意はなさそうだが、妖魔が近くにいるようだ。

 俯いていた瑞貴の視界に、白いサンダルを履いた爪先が映った。にょっきりと立つ細い脚。爪はピンク色に塗られている。小夜ではないな、と直感的に思った。小夜はもっと品がある。瑞貴はゆっくりと顔を上げた。脚の付け根まで見えそうなほどのホットパンツ。へそが覗く短いバルーンスリーブのオフショルダーブラウス。目のやり場に困るほど露出の多い少女が、瑞貴に笑顔を向けて立っている。

『上条瑞貴くんでしょ』

 少女が、暑さで上気した瑞貴の顔を覗き込む。大きな目が悪戯っぽく輝き、分厚い唇を可愛らしく突き出している。ウエストは細いが、後ろで手を組んで、反らした胸はかなりのボリュームだ。

「……誰?」

 暑さのせいと、妖魔かもしれないという疑いから、少しぶっきらぼうに尋ねた瑞貴の右側に、少女はすとんと腰を下ろした。

『あたしね、篠崎しのざきたまき

 空気すら鬱陶しい暑さの中、環と名乗った少女はベンチの上でぐいぐいと瑞貴に身を寄せてきて、露出した肌が触れそうになるので、瑞貴は体を離そうと横にずれる。

「あなた、妖魔でしょう。何の用ですか?」

 頭が回っていないので、思わずストレートに訊いてしまった。環はもったいぶった小悪魔的なあざとい笑顔を向けて、瑞貴に顔を近づける。頭の天辺で無造作にお団子にした髪のおくれ毛が一筋、汗で首から胸元に張り付いている。環は右手を瑞貴の太腿に這わせ、左手を口元に当てて瑞貴の耳に囁いた。

『あたし、瑞貴くんの赤ちゃんがほしいの』

 二の腕に環の大きな胸が当たって、瑞貴は弾かれたように立ち上がる。

「はっ⁉えっ⁉何言ってんの⁉」

 あまりに突拍子もない言葉に、瑞貴はいつになく慌て、声が大きくなった。

『本当は夫婦めおとになりたいけど、お嫁さんにしてくれなくてもいいの』

 うっとりした表情で、何を言っているのかは分からないが、ちょっと古風な言葉遣いは、妖魔に間違いない。環も立ち上がり、瑞貴にすり寄って腕を絡め、また豊満な胸を押し当ててくる。

「いや、ちょっと待って。いきなりすぎるし、意味わかんないし……ちょっと離れてもらえます?」

『コウコウセイってもう元服、済んでるでしょう?立派に子を成せる成年でしょう?』

「いつの時代の話だよ。僕はまだ結婚もしないし、子どもも作りません!」

 見た目は可愛らしい令和女子だが、言っていることは時代錯誤も甚だしい。瑞貴が強い口調で断言すると、環は急に悲しそうに顔を曇らせ、その両眼にはみるみるうちに涙が膨らんでいく。

『ひどい。そんな……あたしのどこがいけないの?』

「えっ?あっ、ちょっと……」

 環は瑞貴の腕にすがりながら、さめざめと泣き始め、瑞貴は狼狽える。

『あたし、瑞貴くんの好みの女になれるように頑張るから!何でも言うこと聞くから!だから……見捨てないで』

 まるで瑞貴が別れ話をして泣かせたかのような雰囲気になり、瑞貴は慌てて環の肩を押し戻しつつ、なだめるように声をかける。

「あの、泣かないで。ちょっと落ち着いて」

「瑞貴くん……?」

 言い聞かせるように環の方へとかがみ込んだ瑞貴の背後から、冷たく透き通った声が聞こえた。

「何してるの?」

「小夜ちゃん……」

 振り向けば、ブルーのギンガムチェックのミニワンピースに身を包んだ小夜が、肩に掛けたトートバッグの持ち手をぎゅっと握りしめて立っている。最悪のタイミングだ。

「違うんだよ、小夜ちゃん、これは……」

『瑞貴くん、誰よ、その女』

 言い訳をしようとした瑞貴を遮り、環が涙に濡れた目で小夜を睨みつけて先手を取った。初対面の妖魔かもしれない女子に一方的に絡まれて、元カノと今カノの対立みたいな構図を生み出されるとは心外だ。

「あなたこそ、誰なの」

 小夜も負けずに応戦する。清楚な正統派美少女の小夜が鋭い視線で睨み返す姿は、氷湖のように冷たく美しい。

 二人の少女に挟まれて、瑞貴は突然、窮地に立たされる。瑞貴には何ひとつ落ち度はなかったはずなのだが、どうしてこうなってしまったのか。平和な夏の終わりを楽しんでいたのに、一転してなぜか修羅場に陥っている。瑞貴はツクツクボウシの鳴き声で埋め尽くされた真っ青な夏の空を仰ぎ、救いを求めて神に祈った。


第二部 了

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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