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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
宇治の橋姫

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土熊①

 突然響いたよく通る男の声に、思わず瑞貴は気を削がれ、紫のオーラの成長が停滞する。

『手を緩めたらあかんで、宝珠さん。管狐がどうなってもええのんか』

 橋姫に脅されて瑞貴は再び右手に力を込めつつ、目の端で捉えたのは、黒い法衣に袈裟を着た僧侶だった。眼光鋭く筋骨逞しい男が、握った数珠を掲げて胸を張った立ち姿は、凛として美しい。

(夏陽さん……?)

 頭を剃り上げ、少し痩せた風貌に見違えたが、確かに夏陽だ。背後には、監視するように蒼と六花、そしてフウロを連れた美弦が立っている。夏陽は梵語を唱え、畳まれた人型の和紙にふっと息を吹きかけて、櫻子と戦った時と同様に五体の式神を作り出す。今回は五体とも、勇壮な武将の姿だ。

「攻」

 夏陽が声を張り、持鈴を鳴らすと、武将たちは一斉に鬼に立ち向かっていった。

『行け、兵士たち』

 橋姫は、鬼に加えて傀儡妖怪を発動して応戦する。鬼だけでも武将の数を上回るが、さらに渡柄杓わたりびしゃくが視界を攪乱し、三体の土蜘蛛が糸を吐く。夏陽の式神は手練れの武将だったが、敵も精鋭揃いで苦戦を強いられる。

 そこへ、再び異層が歪み、新たに斬り込んできた者がいた。

「夏陽兄さん、私も手伝うわ!」

 こちらも数珠を握りしめ、肩をいからせているのは、櫻子だった。櫻子の背後にはなぜか雄然が控え、羽織の袖の中で腕を組んで、にやにやと笑っている。改良衣に輪袈裟を掛けた櫻子も人型の和紙に息を吹きかけ、二体の美しい若武者の式神を作り出す。若武者も勇猛果敢に刀を振るい、夏陽の武将に加勢した。鉄骨とアスファルトの武骨な橋の上、高層ビル群を遠景に、絵巻物のような戦いが繰り広げられる。

『小癪な陰陽師風情が、邪魔をしよって』

 忌々しげに吐き捨てた橋姫は、髪を逆立てて怒りを露わにする。七人の武士と十数人の鬼、そして妖怪の入り乱れる乱闘は、さながら昔話を実写で見ているかのようだ。

『目にもの見せてくれるわ』

 業を煮やした橋姫が大きく袖を振り、印を結んで呪文を唱え、青灰色の光の渦を生み出す。紫のオーラはすでに瑞貴の背丈の倍ほどにも達しており、妖力を吸い取られた以津真天の目はもはや光を失って、顔は項垂れて顎を地面についている。ぐったりと横たわる以津真天とそれを囲む四体の傀儡妖怪を包み込むように、橋姫の生み出した光の渦が覆いつくした。傀儡妖怪たちから立ち上る青い炎と橋姫の光の渦、そして紫のオーラがすべて融合して、強烈な閃光を放ち、爆風が巻き起こる。

「うわっ」

 あまりの眩しさに目が眩み、突風を真正面から受けた瑞貴は、両腕で顔を庇う。しかし風圧に耐え切れず、車道の縁に尻もちをついた。稲妻のような光と空気を斬り裂くような風に、戦っていた武将や鬼たちの動きも一瞬鈍った。

 光と風が落ち着いて、瑞貴が顔を上げると、そこには翼を広げた一体の妖怪が立ちはだかって、獰猛な目つきで瑞貴を見下ろしていた。猿の顔、狸の胴、虎の手足に蛇の尾、そして大きな翼。以津真天と四体の妖怪が一つになった姿は、奇々怪々な化け物と化していた。

『翼のついた立派なぬえやな』

「鵺……」

 アスファルトにへたり込んだまま、瑞貴は呆然と呟いた。鵺は平安時代の後期に京の都を騒がせた怪鳥だ。ものの本では体長三十センチほどともいわれているが、橋姫が生み出したのは伝説より数倍も巨大なキメラ鵺だ。橋姫はこのキメラ鵺を作り出すために、宝珠の変容の力を利用したのか。

『ご苦労さんやったな、宝珠さん。さぁ鵺よ、()()()()、この人間たちとその手下どもを駆逐せよ』

 橋姫に命じられると、鵺はヒョーヒョーと不気味な声で鳴き、天空に飛び立った。虎の手には虎隠良の熊手と竹伐狸のなたを持ち、蛇の尾からは毒を滴らせている。夏陽と櫻子の式神たちは、怪鳥に向かって一斉に矢を射た。しかし、矢は空中ですべて土蜘蛛の糸に搦めとられ、鵺に気を取られていた武将たちは鬼たちに攻め込まれる。

 天を旋回する巨大な鵺は上空から勢いをつけて滑空し、地上の者たちを薙ぎ倒さんばかりに翼で風を煽りながら、熊手と鉈をかざし尾を振り回して蛇の毒を振り撒いた。夏陽と櫻子は不動明王の火界呪かかいじゅを百八回に達するまで唱え始めている。それを中断させまいと、六花がすかさず護符を投げ、蒼が投げ矢で護符を地面に射込んだ。

「急急如律令」

 六花が唱えると、護符から見えない壁が発生し、毒を跳ね返す。蒼は無言で小太刀をすらりと抜いて構えた。六花も次の護符を取り出し、戦況を窺っている。二人の背後で、美弦が弓につがえた鏑矢を空に向かって放った。鏑矢の甲高く鋭い音が長く鳴り渡る。地面すれすれで旋回する鵺は、抗議がましくヒョーヒョーと鳴き、美弦を睨みつけた。地上でも、鬼たちが耳を塞いでいる。鏑矢が効きそうだと察知した美弦が、次の矢をつがえる。

 車道の反対側で座り込んでいた瑞貴は、大きな変容の力を作り出した直後で疲弊していたが、最後の力を振り絞って緑色のオーラを作り出す。そして、橋姫の隙を見て、青灰色のシャボン玉に閉じ込められて浮遊しているタカネにオーラを送った。

「目を覚ませ、タカネ」

 緑のオーラを受け取ったタカネはぱちりと目を開けて急に跳ね上がると、自らシャボン玉を打ち破り、飛び出してきた。

『主さま!』

 ようやくタカネが瑞貴の手元に戻ってきた。これでもう橋姫の言いなりになる必要はないが、宝珠のオーラはこれ以上作れそうにない。

『怯むな、鵺』

 二本目の鏑矢が放たれ、一旦天高く退避する鵺を橋姫が叱咤する。髪を振り乱し、三本の蝋燭を勢いよく燃やしながら、橋姫は空中高く浮遊した。

『その臆病心を消し去ってやろうな』

 そう言った橋姫の手の中に現れたのは、夏陽が雄然から奪おうとして橋姫に横取りされた、鬼のされこうべだった。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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