第122話 兄ロッコの結婚式
結婚式場に近づくと人が多くなってきた。
式に参加するわけではないものの聖女様の結婚式と言うことでオーグパイム司教領の領民が集まってきているそうだ。
「凄い人の数だね。」
「そうね。何人ぐらいいるのかしら。」
僕が隣に座るトリィに話しかけると、彼女も感嘆した様子でうなづいた。
「式の参加者は500人ですが、護衛や給仕がそれと同じくらいいます。式場の外には数千人は集まる見込みです。」
と向かいに座っていたライラさんが教えてくれる。
「そんなにいるんだ!」
「はい。みんな楽しみにしているのです。」
聖女様の人気ってすごいなぁ。
でもこれだけ人がいれば僕のことを気にする人も少ないだろうし、気楽に参加できそうだ。
やがて馬車は式場へと到着して僕たちは降りて会場へと向かった。
式は教会の前の広場で行われるらしい。
そこにはすでに大勢の人たちがいた。
神父や新郎新婦が立つであろう檀を軸にテーブルが扇状に並べられている。
「これが500人?」
「そう聞いてますが、少し多いですね。テーブルも聞いていた数より多い気がします。」
とライラさんが少し眉をひそめ、近くにいた警備の人間に確認していた。
「申し訳ありません。一番遠いテーブルは他の司教が間際にねじ込んだ者のようです。」
とライラさんが申し訳なさそうに言い、僕たちをテーブルに案内する。
「間際にねじ込むって?」
「結婚式の参加者は聖女様、ロッコ様のお知り合いだけでなく、司教領の関係者も多数おります。その中には多額の寄付をすることで聖女様の結婚式に出席したという名誉と言うか箔が欲しい者たちもいるのです。警備の関係などで人数は増やさないように言っていたのですが、断り切れなかったようで・・・」
と席に案内されながらライラさんが申し訳なさそうに説明してくれる。
途中でアド姉は別のテーブルに案内された。
僕たちのテーブルにつくと2,3つ隣のテーブルにはジル達帝国勢のテーブルとローラさんたち王国勢のテーブルもあった。
僕たちに気づいたジルが小さく手を振り、ローラさんも会釈で返してくれる。
僕も小さく手を振り返しながらテーブルに着く。
僕たちが案内されたテーブルは祭壇のすぐそばだった。
ここなら兄さんの顔も確認できるだろう。顔が見えないぐらい遠くだったらどうするのかと思ったがそういうこともないようだ。
しばらくしてテーブルが完全に埋まると教会から神父らしき人物が現れて開会の挨拶をした。
その神父さんは司教の一人らしい。首が痛くなるのではないかと思うほどの大きな純白の長帽子をかぶっている。
そのあと神父が今回の結婚について語りだす。
神父が話し始めると同時に式場の給仕を担当しているらしい男女が僕たちのテーブルに食事と飲み物を置いていく。
飲み物はアルコールではなく、水のようだ。
酔って祝うというものではないらしい。
食事は昨日食べたもののように野菜中心だった。周辺を見ると特に何かを待つこともなく食事を始めている。
僕たちの護衛についたガブリエラもさっそく食事に手をつけていた。
肉が見当たらないので残念そうな顔をしていたが豆類を練り固めて焼いたハンバーグもどきはお気に召したらしく、給仕の人におかわりを何度も頼んでいた。
僕もトリィと顔を見合わせ食事に手をつけ始める。
食事をしながら聞いた神父の話によると聖女であるシーラさんの結婚はオーグパイム神への信仰の一つであり、ロッコ兄さんと夫婦になるということはシーラさんも聖女である前に神の子の一人として子孫を増やすための一つの活動らしい。
ロッコ兄さんはシーラさんが夫婦になるにふさわしいと啓示を受けた人とのこと。
そんなこと聞いてないけど?と横にいる父さん母さんを見たが父さんは肩をすくめていたので父さんたちも聞いてないらしい。
まあロッコ兄さんが啓示なんて信じてないからわざわざ僕たちに言わなかっただけかもしれない。
「では皆様ご静粛に願います。これより聖女シーラとロッコ=タッキナルディの婚姻の儀式を執り行います。」
と神父の言葉と共にシーラさんとロッコ兄さんの二人が入場してきた。
二人はゆっくりと壇上に進む。
シーラさんは純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
ロッコ兄さんも白いスーツを着てシーラさんの手を取って笑顔を浮かべていた。
聖女との結婚には思うところはあっても、シーラさんを嫌っているわけではないのだろう。
神父が誓いの言葉を述べ、2人がお互いに愛を誓う。
神父が婚姻の儀式の終了を告げ、神父と2人は教会に戻っていった。
これで結婚式は終わり? ごはんを食べ終わったら解散かな。
偉い人の挨拶とか、歌とかなくて非常にシンプルだ。
ただ儀式の終了を聞いても誰も立つ気配がない。まだ食べているわけでもない。
ガブリエラはまだハンバーグもどきを追加で頼んでるけど・・・
もう終わりかと思っていたら儀式を終え教会に戻ったはずのシーラさんが一人祭壇に戻ってきた。
兄さんは付いてないし、ドレス姿から司教の服に着替えている。
「皆様、本日は私の結婚式に参列いただきありがとうございました。祝福いただいた皆様とも私がいただいた恩恵を分かち合いたいと思います。」
とシーラさんが口を開く。
恩恵ってなんのことだろうと疑問に思っていると、彼女は片手を上空にかざし、何かを唱え始めた。
するとかざした腕の先が光りだし、唱え終わると同時に一つの魔法陣が完成し上空に向けて数えきれないほどの光線が穿たれる。
同時にテーブルについていた招待客から歓声が上がる。
「おお!」「綺麗!」「美しい!」
くちぐちにたたえ、中には手を合わせ神への感謝らしき言葉を口にする人たちもいた。
「今のはなんだろう?」
とこのテーブルには答えられる人はいないと知っていながら口にする。だが、
「あれはシーラ様が使える回復魔法です。」
といつのまにか僕たちの近くに来ていたライラさんが教えてくれた。
「回復魔法の割には光は上空に飛んでいったけど。」
「少し待っていただければわかります。」
ライラさんがそういうと同時に再び周囲から歓声があがる。
上空に目をやると先ほどの光がどこかに反射されたかのように地上に向けて降り注いできた。
光は次々と地上にいる招待客に当たる。外れるものは一つもない。
そのうちの一つも僕に当たる。なぜか避けようという気すら起きなかった。トリィやライラさんにも当たっている。
ガブリエラは上空を見ることもなく、ハンバーグを口にしながら光を身に受けていた。
光はしばらく皆の身を包むとゆっくり消えていく。
だがそれを惜しむ声はあがらず、むしろ逆で先ほどとは比較にならないほどの大歓声が式場に沸き上がった。
「う、腕が動く!」
「目が、目がよく見えるぞ!」
「胸の痛みが消えた!!」
とくちぐちに自分が体の部位が良くなったことを叫ぶ。
「領域上位治癒です。部位欠損も回復されるので、名誉以外にそういうものを求めて参加したがる者はいます。」
歓声は特に最後列のテーブルの一団からの物が大きかった。
腕なり脚なりを抑えて涙を流しているので、病気やケガで不自由があったのかもしれない。
「これはもともと予定されてたんですか?」
「はい、シーラが数日魔力を溜めてなんとか出せるレベルです。結婚式でこれをしたいと。」
「でも参列できない人には回復されないんですよね。」
というとライラさんは苦笑しながら、
「ええ、とはいえ今回集まったお布施を全部炊き出しや子供たちへのおやつ代に回すので形は違えど恩恵はみなに行きわたるのですよ。」
「なるほど。」
いろいろ考えてるみたいだ。
なんらかの恩恵があれば祝福の場にふさわしい明るい雰囲気になるだろう。
壇上のシーラさんを見ると、人数増えたことも影響しているのか神父が使っていた台に身体をあずけるようにして荒い息をついていた。
だが、歓声があがっていた後列テーブルあたりから今度は悲鳴があがる。
喜んでいた一団だったが、いつのまにか武装し、近くで給仕していた数人の男女ののど元に刃をあてて何事か叫んでいる。
「馬鹿な!身体検査をしてなかったのか!?」
とライラさんが叫ぶが、
「義手義足に仕込んでたみたいね。」
とトリィが冷静に状況を口にする。
「せっかくの結婚式なのに無粋なやつらだな。」
「そうね。ロッコの晴れの舞台なのに。」
と父さん母さんは冷静につぶやいている。
ガブリエラは引き続き目の前の大豆バーグと格闘。
ヒビキはおろおろしている。武器は預けて丸腰だけど魔道具は使えるんだからおろおろしない。
ジル達帝国組、ローラさん王国組は静観する格好だ。
まあ武装したのは追加で参加した最後列1列分の100人程度。
各地区各国の代表がいる場でこの騒ぎは国としては恥ずかしいかもしれないが、司教領の兵隊で鎮圧はできるだろう。
周りはテーブルを立ち上がっているのが数名、ライラさんが座っていたあたりで顔を真っ赤にして叫んでいるのはお布施をもらって無理やりねじこんだ司教か誰かかな。
「さて、僕らはどう動くかな。」
「お騒がせして申し訳ありません。司教領兵にて対応しますのでしばしお待ちを。」
と本当に申し訳なさそうにライラさんが僕たちに告げる。
ライラさんの言葉通り、武装した兵士が式場からこちらに向けてせまってくる。
人質は無視か。ケガくらいなら治せるし、ひょっとしたら死んでもすぐなら治せるって判断かもしれない。
それができる人数がどれくらいかは知らないけど。
蘇生の魔法陣見せてくれるんなら即興で作ってもいいかもしれない。
兵士が接近し、戦闘が武装集団の数名にメイスを叩き下ろそうとした時にそれは起こった。
メイスがくだけ、折れ曲がり、兵士が吹き飛ばされたのだ。




