第120話 聖女シーラ
タッキナルディ商会司教領店に到着し、荷物を下ろす。
何を隠そう、すぐ隣にアド姉のサイフォン商会がある。
うちの支店とは違って本店なので、建物としては2回り大きい。
別に隣り合っていても扱っている商品がほとんどかぶらないので問題ないのだ。
むしろ流通に必要な人材、馬車などをお互い融通しあえるので都合がよいそうだ。
アド姉は「じゃあ、また後でね。」と言って自身の商会の中に入っていった。
「後で、とは?」
「ごはん時にはまたこっちに顔を出すらしいわよ。」とトリィが僕の質問に答える。
「久しぶりに帰ったら商会の人に話すことがあるんじゃないのか・・・って久しぶりじゃないな。」
途中で密入出国しているな、あの人。
荷物の搬入をミアたちにまかせて商会の中に入ると受付の近くに一つ椅子が置いてあり、そこに座っていた金髪の少女がロッコ兄さんを見つけてさけんだ。
「ロッコ様!また抜け出してどちらに行かれてたのですか?!」
「あぁ、シーラか。すまん。だが家族を迎えに行くと言付けは残していただろう。」
「聞いてません。」
「行き違ったか。すまんな。それはそうとちょうどよかった。お前に俺の家族を紹介しておくよ。」
ロッコ兄さんに対してプリプリと怒っていた少女は、ようやく顔をこちらに向けてきた。
ロッコ兄さんが父さん、母さん、僕、トリィと順番に紹介していく。
僕より頭一つ小さく、手足もスラリとしているが細い。表情は少しあどけなく歳は僕より少し下くらいに見えた。
「はじめまして。私はシーラと申します。司教領で司教をしております。」
彼女はそう言って深々とお辞儀をした。
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします。」
とお互いに簡単に挨拶をすませ、現地の店員さんに商会の一室に案内される。
すぐにお茶が出され、シーラさんから説明を受けた。
もともとシーラ=ソーレンセンという司教領の1市民だったのだが、14歳の時に啓示を受けて司祭になったのだそうな。
こう見えて20歳なのだそうで、てっきり年下だと思い込んでいた僕は驚いた表情を隠すのに苦労した。
「まぁ、見た目ではわからないですよね。ちゃんとお義姉さんと呼んでくださいね。」
とシーラさんは苦笑しながらそう言った。どうやら隠し切れなかったらしい。
18歳の時にあることがきっかけで聖女認定され、十二司教の一人になったそうだ。
「あることって?」
と聞いてみたが、シーラさんの代わりに兄さんが、
「結婚式でわかる。まあ知ってるやつは知ってるけど、聞かない方が面白いぞ。」
とはぐらかされてしまった。
しれっと同席しているライラさんにちらりと目をやったが、黙って首を横に振られた。
まあ当の本人が教えないことを教えてくれるわけもないか。
そんなこんな話をしているうちに夕飯時になり、食堂へと移動した。
どうやら兄さんとシーラさんは結婚式の準備があるらしく、食事をしたらすぐ教会に戻るらしい。
準備が残っているどころかあるのだそうだ。
招待客全員揃った次の祭日に開催らしい。なかなか豪快な決め方だが、道路環境が整備されているわけではないので、そんなものかもしれない。
次の祭日っていつかと聞くと3日後らしい。3日で準備ができるものなのかと思うが、人手はあるらしいのでなんとかなるそうだ。
手伝いを申し出たが、観光でもして英気を養っておいてくれと言われた。
確かに長旅だったので疲れはある。
食事時に自然に席についていたアド姉とライラさんに、司教領のおすすめスポットを聞いて、明日の観光計画を立てながら食事を終えた。
ちなみに、料理はとても美味しかった。肉や魚が少なかったのでガブリエラやブルックリンは不満げだが、我慢してほしい。
翌日、朝食後に街に出て散策をする。
一緒に行くのはトリィ、アド姉、ヒビキ、ガブリエラ、アナスタシア、ライラさんの6人だ。
ステラ、ブルックリン、アカネの3人はリッキーのお勉強会。
ミアは帰りに必要なものを仕入れてくるということで別行動だ。
街の中央にある大きな公園まで歩いていき、その周りに広がる商店街を見て回る。
土地勘があるアド姉、ライラさんが先を歩き、トリィとガブリエラが僕の隣、ヒビキとアナスタシアが僕の後ろを守るように付いてきている。
ちなみにガブリエラとアナスタシアは今日はメイド服を着ておらず、シンプルなシャツに動きやすいズボンをはいている。機能重視でかわいさがないと、トリィとヒビキと一緒に後で服を買いに行くらしい。
商店街と言っても屋台が集まった市場のようなところで、様々な食材を売っているようだ。
野菜、果物などが中心で、時々調味料を扱っているところがある。
ライラさんに聞いたところ、司教領は海に面しているものの、絶壁が多いので塩は貴重品扱いになっているそうだ。
そして砂糖も高級品であり、あまり出回っていないとのこと。
そのため、甘味料といえばハチミツが一般的なのだが、採取できる地域が限られているためあまり出回ってないらしい。
この世界にも蜂がいるのかというと魔物の一種として存在していて、昆虫型の魔物であるキラービーがそれにあたる。
これぐらいの小型になると魔境以外にも出没する。
他にも珍しい香辛料なども売っていたりしたが、特に買いたいと思うようなものはなかった。
すると、トリィがある店を指さしながら僕に声をかけた。
「タック、魔道具店があるわよ。」




