第118話 ミアの魔法
馬車に戻ってきたライラさんは側室のことには一切ふれず、今後の予定だけを伝えて馬車を出ていった。
不満そうな表情を隠そうともしていなかったので皆に何かしら言われたのだろうが、僕がここで追及してもしょうがない。
ライラさんと入れ替わりにトリィとガブリエラとアカネが馬車に入って来た。
「失礼します。」
とアカネがおずおずと口にする。
3人は馬車の座席を組み替え、寝床を作り始めた。
とはいえ座席の間を板でふさぎ、カーテンとして壁にかけていた布をはずし床に敷くだけだ。
もともと座面に備えてあるクッションの上に敷く形なので背中や腰が痛いこともない。
きちんと設計しただけあって、フラットなスペースが完成した。
土の上に寝るよりもましだし、さらには雨風しのげるので文句があろうはずもない。
前世のキャンピングカーの知識のある僕からすれば改善の余地は多分にあるが、同行しているメンバーからはおおむね好評だった。
寝床ができたがガブリエラとアカネが馬車から降りる気配はない。
ライラさんから誘拐のリスクがあると聞いたので今晩からは二人一組で交代して夜警にあたる形にするそうだ。
組み合わせはガブリエラ&アカネ、ヒビキ&ステラ、ブルックリン&リック、アナスタシア&ミアの4組。
トリィは以前の宣言通り僕から離れるつもりはなく、夜警も免除だ。
もともと王女の護衛もしていたので、いざとなればすぐ起きて対応にあたるそうな。
眠りが浅くなるのでは?と心配したが、特に3,4日程度であれば疲れが残ったりはしないとのこと。
夜警組も日中にもう一台の馬車で交代で寝るので睡眠時間は確保できるそうだ。
ガブリエラとアカネは同じ馬車の中で寝る第1陣。
トリィ、僕、ガブリエラ、アカネで横になって寝る。
これまでトリィと2人で寝ていたので、狭くなったと言えるがもともとのスペースが十分あるので問題ない。
「あ~、ごめんね。僕はもう少し魔道具作ってるから先に休んでいてよ。」
と僕の作業スペースを除きフラットになった馬車の中で3人は横になった。
その光景を見てふと思い出す。
(そういえば、父さんが馬車のこの機能をみても商会の馬車を同じように改造してほしいって言ってたな・・・)
父さんだけでなく、ジルとローラさんからも頼まれている。
魔道具作りもあるし、板や床に使う緩衝材などの材料も必要なので司教領についてからと伝えてある。
別に魔道具と違って単なるアイディアでしかないので、ロッコ兄さんに職人を紹介してもらってニュアンスだけ伝えるつもりだ。
やればやるほどやることが増えている気がする・・・
とはいえ手を止めていても良いことは何もないので僕は作業に戻った。
しばらく作業していると、
「あの・・・タック様?」
と隣でふせていたアカネが小さく声をかけてくる。
「ん?どうしたの?寝ないの?」「本当に寝るだけなんですね・・・」
とアカネが聞いてくる。
「えっ!?うん!そうだけど。」
と答える。いくらチャスク村の人間とは言え、いきなり魔道具作成を手伝わせるような無茶はしない。
「・・・わかりました。ではおやすみなさいませ。」
と言って再び眠りについたようだ。
アカネが質問したとたんに馬車の温度が急に寒くなった気がするが気のせいだろう。
アカネの質問の意図もよくわからなかったけど、僕はそのまま作業をつづけることにした。
それから少しして、作業は一段落したので僕も休むことにした。
◇◇◇◇◇
第4陣のアナスタシアとミアが交代で馬車に入ってきたときには僕はもうすっかり目が覚めていた。
もともとそれほど長時間寝ない体質に加えて2時間おきに横でごそごそされれば目も覚めようというものだ。
ちなみに僕の左隣の婚約者殿は多少の音を物ともせず熟睡中である。
アナスタシアとミアの2人も第1陣、第2陣が夜警を担当していた時にもう一台のほうで仮眠を取っていたそうなのでそれほど眠くないらしい。
それを聞いた僕はその時間を使ってアナスタシアの時間停止とミアの感知の魔法を組み合わせて時間停止魔法を使いこなせるようになりたい。と告げた。
そのためには何をしなければいけないか。
ずばり時間停止中に真っ暗闇になってしまう問題の解決である。
アナスタシアから感知魔法と組み合わせて使えばよいとアドバイスされたものの、作成依頼があった魔道具や自衛のための精神耐性の腕輪とかを作っていたためになかなか時間が取れなかった格好だ。
今回感知魔法が使える2人が当番なのでここで少しでも進めたい。
「あれ?でもミアはもうタック様に感知魔法の魔法陣見せましたよね。」
とミアが不思議そうに告げる。
「私も魔法陣は見せたと思うが。」
とアナスタシアも疑問を口にする。
「うん、まあ2人に見せてもらった魔法がこれなんだけど。」
と言いながら2人に紙に書いた2枚の魔法陣を渡す。すると2人ともすぐにどの魔法陣が自分のものかはわかったようだ。
「あれ?同じ感知魔法だけど微妙に違うんですね。」
とミアが感想を口にする。
「うん、そこが今回2人に相談したい点でね。」
と言い、さっそく2人に作った魔法陣を魔法を体感してもらう。
体感した後の表情を見ると、ミアはニコニコし、逆にアナスタシアは眉をひそめている。
「ミアの方が有効範囲が広いですね。」
とミアが言う。
「確かに。ミアの感知の方が私の感知より2倍、いや3倍は有効範囲は広い。だが・・・」
とアナスタシアが僕を見てくる。はっきり口にして良いのか?と目で伝えてくるので黙ってうなづいた。
「だが、ミアの感知は起点がミアになっている。これでは魔道具にできない。」
「えーっと、どういう事でしょうか?」
とアナスタシアの指摘がピンと来なかったらしいミアが質問してくる。
「うん、まず前提として魔法には起点というものがある。発動場所とも言える。普通魔法陣が生成される場所がそうなるんだけど、ミアの感知魔法は魔法陣の場所に関係なくミアが起点になっているから、ミアの周辺情報しか感知されない。」
「わかりやすく言うと、私の魔法陣には魔法実行者の周辺情報を感知したい、と書かれているけど、ミアの魔法陣にはミアの周辺情報を感知したい、と書かれているんだ。」
とアナスタシアがミアに補足してくれる。
「むう、でもミアはそんなの意識してないです。」
理解はできたようだが、納得はしてなさそうだ。
「うん、だからね、ミアにそこを意識して感知魔法を唱えてもらうと魔法陣が変わってくるかなと思って。」
と言うと、ミアは、
「じゃあ、やってみます。」
と素直に応じてくれ、何度か試してくれたが魔法陣の形は微塵も変わらなかった。
「ん~、やっぱり変わりません。」
「魔法陣を組み合わせるのは難しいのか?」
とアナスタシアが僕に質問する。
「2つの魔法陣の違いが起点だけじゃなく、有効範囲の情報も違ってるから似通った魔法陣だけど違いが結構ある。トライ&エラーでつぶすことになるから、そのやり方だと時間かかるかな。」
と僕は答えた。
「魔法適性があがらないと私の有効範囲はこれ以上広がらないだろうからミアに起点を意識してもらうしかなさそうだな。」
とアナスタシアが
魔法適正なんて生まれつきのものでよほどのことがない限り変わるものでもない。仮に適性が上がったところでいきなりミア並みに有効範囲が広がるとも思えないのでアナスタシアの言う通りミアに起点を意識した魔法を唱えてもらうしかない。
ミアに魔法陣を描いた紙を渡して、紙のものと自分の唱えるものが変わったら教えてもらうように伝えて、検証を終えることにした。
◇◇◇◇◇
それから2日ほど野営を繰り返し、精神耐性の腕輪を始めとした能力向上魔道具を同行メンバーにいきわたらせたころ、領都が見えてきたと目の良いステラから伝えられる。
領都の門を通過したところに見知った人物が僕たちを待ち構えていた。
浅黒く日焼けした赤い髪を短く刈り込んだ体格の良い男性だ。
一文字に結んだ唇からは意思の強さが感じられる。
商人だと名乗ってもなかなか信じてもらえないと嘆いていたが、その体格と表情では仕方ない気もするし、逆に盗賊や詐欺師は避けそうなので良い点もあると思う。
と僕たちの姿を見つけたロッコ兄さんはいかつい表情を破顔させ、手を振ってきた。




