第117話 多発する失踪
ライラさんに聞いた司教領で多発している失踪事件の内容はこんな感じだった。
・夫婦、家族、もしくはお付き(執事やメイド)や護衛として誰かと一緒に入国
・1週間程度経過するとそのうちの1~2,3名がいなくなったと騎士団や冒険者ギルドに捜索依頼
そしてここが僕が聞いたうちの一番の問題点だが、
・他国の貴族であってもその事件は発生している。
(現在、王国、帝国問わず発生。)
・行方不明になっているのは必ず司教領以外の出身者
夫婦の両方、もしくはどちらかが王国や帝国の出身だった場合、いなくなるのは必ず司教領出身者でないものがいなくなるのだそうだ。
「まあ、それもあって聖女シーラの義弟となるあなた達一行の護衛に私がついたわけです。アドリアーナ中将が同行しているのは想定外でしたが。」
ん? 護衛?
「こう見えても私聖騎士あがりの司教でして。」
とライラさんが言う。
司教の成り方には2通りあって、司祭として治療によって功徳を積むパターンと聖騎士として穢れた地を浄化して功徳を積むパターンがあるらしい。
ライラさんは後者で実績をあげて司教に選ばれたらしい。
ちなみに十二司教はその司教の中でもさらに優秀な12人の司教で構成されている法王の直属組織のことだそうだ。
「でも十二司教の方にわざわざついていただかなくても。さきほどライラさんが言われた通りこっちにはアド姉も同行してますし。」
仲悪かったけどな。
「まあ中将がいることは戦力的には心強いのですが・・・なんというか中将は・・・」
と口ごもる。
何かアド姉に問題でもあるのだろうか。
「中将は?」
とこちらが聞きなおすと、
「言葉を飾らず言うと、あまり言うこと聞いてくれないので連携が難しいのです。」
と言葉が見つからなかったのかライラさんはあっさりとぶっちゃけた。
今回は新郎の家族であるタッキナルディ家一行だけでなく、皇女殿下、王国伯爵と要人が多いため、聖騎士あがりの司教を1人お迎え兼護衛に回そうということになり、ライラさんが任命されたそうな。
有事の際に一か所に固まってもらえれば、結界で守ることは可能だが、アド姉がいることで話が変わってくる。
以前、魔獣討伐の際に組んだ時も、
魔獣の包囲網組んでるのに所定の位置にいない。
勝手に魔獣のところに1人で行って勝手に追い返す。
と、オブラートに包むことをやめたライラさんがつぎつぎとアド姉の逸話も含めた不平不満を述べる。
「追い返しているのであれば、それでいいのでは?」
「我々としては討伐して、魔獣の素材を手に入れて被害者への補填にあてたいのです。追い返してしまっては何も残りません。」
この場合補填は司教領の持ち出しになるのであまりよろしくない。
とはいえそれならばと呼ばなかった時は追い払うことすらできず、追加で応援を呼ぶ羽目になってしまい遠征費で大きく足が出て、踏んだり蹴ったりだったそうだ。
「アドリアーナ中将が本当に侯爵の側室に入られるのであれば、有事の際は私と連携をとっていただけるよう口添えいただけませんか。」
とライラさんに言われたが、アド姉が僕のいうことを素直に聞いてくれるとも思えない。
「・・・伝えるだけ伝えておきます。」
最初の沈黙をどのように受け取ったのかわからないが、ライラさんは伝えていただけるだけでも助かります。と優しく微笑みながら僕に言ってくれた。
「あと確認させていただきたいことが1つ。」
「なんでしょう。」
「ベアトリクス様は正妻ですよね。」
「そうですね。まだ婚約中ですが。」
「侯爵の一行は10人中8人が女性と女性率が高いですが、ほかの皆さんは側室ですか?」
飲んでいた紅茶を吐きかけた。
「い、いえそんなことはないです。なぜそんなことを聞かれるんですか?」
「侯爵の前に面談させていただいた皇女殿下、王国伯爵、ついでにアドリアーナ中将からも私の入る余地はない。と言われまして。」
何の余地だ!
「余地という表現はよくわかりませんが、確定しているのはベアトリクスが婚約者というだけです。」
それぞれ言ってるだけ、と言うと”では私も”と言われたときに反論できない。
一夫一妻を考えているのでトリィ以外はいません。と釘を刺すのが一番だろう。
「そうですか。司教領は基本一夫一妻制です。シーラも侯爵のお兄様であるロッコ様とそのような関係を望んでいると聞いています。」
「なるほど。」
と相づちを打つ。これは釘をささずともよさそうだ。女性が多い理由が側室ばかりだったらけしからんということらしい。安心してほしい。側室ではない。今のところは・・・かもしれないが。
だが、安心できたのはここまでだった。
「ですが、あくまで基本です。神の御子であるオーグパイム教の信者を産み、育てる経済力があるのであれば、側室を持つことも禁じられてはおりません。」
んん?
「テムスティ山を制圧し、王国、帝国、司教領3国の魔道具産業を一手に担おうとされているタック様であれば、側室を大勢抱えたところで文句を言うものはいないでしょう。」
「はぁ。」
ライラさんの話の展開がよくわからない。一夫一妻を推奨しているのでは?
「今後の活動のために司教領の領民からも側室をとられてはいかがでしょう。アドリアーナ中将も領民ではありますが、教会に強いコネクションがあるわけではございません。その点私でもあれば教会から何か言われても私のほうで抑えられますので・・・」
と、ライラさんが熱弁を振るい始めたと同時に馬車の扉が開く。
馬車の外には一旦馬車から降りてもらっていたトリィ、ヒビキ、ミア、アナスタシア、ガブリエラだけでなく、皇女殿下、王国伯爵、アド姉もいた。
少し離れたところからはアカネ、ブルックリン、ステラの護衛3人娘もこちらの様子をうかがっている。
「釘刺したよなぁ、ライラ。お前の余地はないって。」
速攻で馬車に乗り込んできたアド姉がライラさんの貫頭衣の一部をつかんで馬車から降ろそうとする。
「わ、私は教会の人間としてタック様の言葉も確認する義務があります。タック様も決まっているのはベアトリクス様だけだと。」
とテーブルをつかみながらライラさんが反論する。
「「あん?」」「え?」
飛び火がこっちにも来たようだ。
アド姉、ローラさんは僕を”あとで詳しく聞かせてもらう”とばかりの目線を僕に送ってきて、ヒビキとガブリエラは戸惑いの声をあげている。トリィだけが両手を顔に当てて悶えていて別の反応だ。
「確かに誰が何番目かはまだ確定してないな。」
とアナスタシアが冷静にコメントするとヒビキとガブリエラはほっとしたような顔をする。だが、
「そんな調整をしていたのかい。その調整には僕も入れてほしいな。」
とジルが言うと、
「まだそれが決まってないのなら私が入ってもいいじゃないですか。こんな優良物件、王国と帝国だけ縁をつなごうとするのはズル・・・」
とライラさんが言いかけたが、話の途中で馬車の外に引き釣り降ろされた。
「ターちゃん、ライラとお話してくるからちょっと待っててね。」
アド姉がとても良い笑顔で僕にそう伝えると馬車の扉が閉められ、僕は1人で残された。
窓から外を見ると女性陣がライラさんを囲んでいる。
ローラさんが僕がのぞいているのに気づき、手で馬車の中で作業を続けるように促す。
見るなということだろう。
あきらめて机に向かいなおし、魔道具作成の続きをすることにする。
途中、
「あのー、私たち末席で良いんで入れ・・・な、なんでもありません。」
とブルックリンが何か言いかけて、急遽取り下げたりする声が聞こえたがそれ以外はほとんどわからなかった。
結局会話が終わって再びライラさんが馬車に戻ってきたのは20分ほど後の魔道具を2つ追加で作り終えたぐらいだった。




