第115話 司教領の検閲
ジルは強引に馬車に乗ってきたものの、静かだった。
机を挟んで僕の真向いに座ったまま魔道具を作っている僕を黙ってみている。
「僕が魔道具作ってるの見てて楽しいの?退屈じゃない?」
2つ目の魔道具を作り終えたところでそう声をかける。
「全然。見てる間に次々と魔法陣が書き込まれていってあっという間に出来上がるのは見てて面白いね。」
そんなものだろうか。でも僕の手元を見ているジルの目は興味津々といった感じだった。
「他の魔道具士の作成を見たことはあるけど、タックより全然遅かったよ。図面を見ては彫り、見直しては彫りってやってるからかもね。タックの作業はうちのコックの料理を見ている感じかな。手順が完全に頭に入っているから流れがスムーズなんだよ。」
ジルがそう言葉をつづけるとジルの後ろに控えている護衛の一人が黙ってうなづいていた。
僕の横に座っているガブリエラもうんうんとばかりに首を振っている。
ただ、この子は僕全肯定の子なので、ジルの説明を聞いてるかどうかは微妙なところだ。
ジルのもう一人の護衛とトリィ、メイド服姿になったアナスタシアも時折外をちらちらと確認しながらも僕の手元に視線を戻している。
気が散るといえば気が散るが・・・ここで手を止めるほどの時間の余裕は僕にはない。
もともとの作成依頼分に加えて関係者に配る精神耐性の腕輪も作らないと。
手元に意識を集中することにした。
◇◇◇◇◇
翌日の夜、顔をパンパンに腫らしたブルーノが馬を2頭連れてきた。
鬼人が野営地に接近してきたのでジルや父さんの護衛たちに一瞬緊張が走ったが、アギレラ経由でテムステイ山に戻っていたエヴァから司教領に移動する前にユニコーンと馬を交換する旨、聞いていたのをこれまたジルや父さん経由で伝えておいたので、”ああ、あの時アドリアーナ中将に叩きのめされてた鬼人か。”とあっさり収まる。
ユニコーンを引き連れて帰ろうとするブルーノに精神耐性の腕輪を渡してやった。
感激しながら帰っていくブルーノだが、残念ながら腕輪の魔法陣は本人の精神耐性能力を増幅するもの。
エヴァ曰くブルーノのそれは一般兵の半分ぐらいらしいので、5、6割増幅されたところでしれているのだ。
数値で表現すると、
一般兵が100と仮定すると、ブルーノは50、ブルーノ+魔道具で75~80である。
一般兵すら超えていない。
だが喜ぶブルーノを見るとそんなことは言えなかった。
”過信は禁物”とだけ伝える僕に頭を下げながらブルーノはテムステイ山に帰っていった。
◇◇◇◇◇
さらに2日ほど同じような風景を横目に進んでいったところ、道が突然開け河にたどりつく。
この河が帝国領と司教領の境界だ。見たことはないがアド姉とジルが言っているのでそうなのだろう。
河の幅は25メートル、河の深さは50センチほどか。
頭の上に荷物を載せて、歩いて超えている人もいた。
馬車はどうするんだ?
そう思っていると道から少し離れたところに橋がある。そこが関所のようになっていて、司教領への出入りのチェックをしているそうだ。
道から橋が少し開けているのは検閲の待合スペースのようなものなのだろう。
河を歩いて超えた人たちは渡った向こう岸で兵士からチェックを受けている。
ジルの護衛の一人が門のところに向かう。
帝国皇女、王国伯爵、大手商会関係者(父さんたち、アド姉、トリィ)といろいろ取り扱いに困りそうな人たちの入国をどう扱う気だろう。
待っている人たちの中には長期戦を覚悟しているのか食事の準備をしている人たちもいるし、荷物を広げ商売を始めている人もいた。
待たされるなら魔道具作って待っててもいいかな。
そう思って一度降りた馬車に戻ろうとしたところ、ジルの護衛が白いローブを羽織った一人の女性を連れてこちらに戻ってきた。
ローブで髪の色も長さもわからないが碧眼の美人さんだ。
ただ司祭にしては目つきが厳しい。癒される感が全くない。
「ライラがここに来るなんて珍しいね。」
僕と同じように馬車から降りていたアド姉が近づいてくる司祭に声をかける。
ライラと呼ばれた女性はアド姉に初めて気づいたようでにこやかに笑みを浮かべる。
知ってる人には笑顔を見せるんだ。
「サイフォン中将ではないですか。中将こそどうしてここに?」
「私はサイフォン商会の会頭でもあるからね。仲の良い商会の方々と同行することだってあるさ。」
「ほんの数日前にシーラのところにあなたがいたという噂を聞きましたが?」
「噂だろう?私は一か月前に司教領を出て王国、帝国と回ってきたところだよ。」
ん? ほんの数日前に司教領に戻っていたのでは?
そう思ってハッと気づく。
アド姉の移動手段はグリフォンだったと。
空中で検閲なんか受けられるわけもない。
アド姉の性格からわざわざ地上に降りて検閲受けるはずもない。
この人黙って入国して黙って出国してきたのだ。
僕と同様に察したらしい父さん含めた数人がジト目になるが、アド姉はどこ吹く風だ。
「まあ、私がここにいるのは別の用なので、良いですけど。」
「十二司教の一人がわざわざ国境に来る用って何さ。」
「それはですね・・・」
とそこで言葉を切るとライラ司教はそれまでアド姉に向けていた視線をおもむろに僕に向ける。
「テムスティ山を攻略したという若き英雄にお会いしたくて。」
と嫣然と笑みを浮かべながらそう言った。




