第108話 暴挙再び
結局、アカネは犯罪奴隷ということになり、被害者である僕の監視下で罪をつぐなうという形になった。
アカネは通常の連絡も取ることができない立場になるため、ブルックリンとステラにこの町の知り合いに連絡してもらい、実家のあるチャスク村にも手紙を書いてもらうように頼む。
『貴族を相手に迷惑をかけてしまい、犯罪奴隷になることになった。貴族の方には誤解だとわかってもらえたので、罪を償ったら解放してもらって・・・。』
といろいろ顛末を書いたものを地元のチャスク村に送ってもらう。
手紙の文面は確認したし、比較的常識人枠にいそうなヒビキとミアにも内容を確認してもらったから大丈夫だろう。
ダブルチェックしてダメだったらその時考えよう。
アカネ本人がどうなったのか気になったので様子を見に部屋に行く。
今回はトリィとガブリエラとエヴァが一緒だ。
部屋に入るとベッドにアカネが上体を起こした状態で座っており、近くでミアが簡易な椅子に座ってアカネに何事か話していた。
アカネは僕の姿を認識すると慌ててベッドから降り、その場で土下座する。
あった時には帽子をかぶっていたのでわからなかったが、僕と同じ黒髪黒目だ。
頭に包帯がまかれたままなのでブルックリンは結構な勢いでたたいたのだろう。
「申し訳ありませんでした。」
と床に頭をこすりつけんばかりの深さのまま謝罪の言葉を述べる。
僕を襲おうとした娘ではあるが、害もなかったし反省しているようなので、個人的には許そう。
「頭をあげていいよ。」
と声をかけると、ゆっくりと上体をあげるが、正座はくずさず床を見つめたままだ。
「君の処遇が決まった。」
とアカネに告げる。
アカネはびくりと一瞬体を震わせる。
「犯罪奴隷として登録され、僕の指示に従ってもらう。」
「りょ、了解しました。」
「どこかで隷属魔法をかけてもらうことになるけど、落ち着いたら解放するから。」
隷属魔法とは契約魔法の一つで奴隷の主従関係を定めるものだ。
従属魔法とは違い、1対1でしか使えないし、何より魔法陣の中に主人と奴隷の真名を表す箇所があるらしく、一つ一つの魔法陣の形が違うため、僕には使うことができない。
「こたびの恩情、誠にありがとうございます。誠心誠意お仕えさせていただきます。」
目をあわせることなく、床を向いたままアカネがしゃべる。
別に取って食ったりしないから、顔を上げればいいのに。
そう思った時だ。
ちらりとこちらを見たアカネの目つきが変わり、昨夜のように再び腕をあげ、魔法を唱えようとする。
だが、次の瞬間トリィが剣の鞘部分でアカネの肩を押さえつけた。
叩きつけるというほどのスピードでもなかったが、押さえつける勢いのままアカネの上半身は正座していた膝の上に押し付けられた。
力を入れている風には見えないが、アカネが暴れても微動だにしない。
ガブリエラが動けなくなったアカネの両手両足を縛り、ベッドわきに控えていたミアが慌てて猿轡らしい布でアカネの口をふさぐ。
身動きが取れなくなったアカネだったが、その眼だけは僕を睨みつけていた。
おとなしく罪を認めていた口調にすっかりだまされた。
「申し訳ありません。先ほどまで反省の言葉を口にしていたので、油断してました。」
と本当に申し訳なさそうにしょんぼりしながらミアが言う。
忘れてたけどミアはメイドだけど僕の護衛も兼ねてるんだった。
気にしなくていいとミアに告げるがしばらく気にはするだろう。
「僕ってそんなに恨まれているのかしら。」
と僕が口にするとにアカネの眼を見ていたエヴァが、
「この娘、洗脳されてるわ。」
とおもむろに僕に告げた。
一瞬エヴァの言っていることがわからず、動きを止める。
「タックを狙っているということ?」
と僕の代わりにトリィがエヴァに質問する。
「タックというよりかは・・・、タッキナルディ商会の人間かな。」
「どういうこと?」
とトリィが説明を求める。
「思い出してみて。昨日この娘が暴走する前、タックがタッキナルディ商会の人間と知るまでは普通にステラたちを金銭で解放しようとしてたでしょう。」
とエヴァが昨日の状況を説明する。
僕とトリィ、ついでにガブリエラも首肯するとエヴァは話をつづけた。
「つまり、それまでは話が成立していたということ。タックの顔で反応が変わったわけではないのよ。」
「でも今は僕の顔を見た瞬間に変わったよ?」
「それは昨日のやりとりでタッキナルディ商会の人間って情報に更新されたからでしょうね。その前にミアとやり取りしてた時も普通だったということだから、タッキナルディ商会の人間が目の前にいると認識した時にだけ発動する何かを刷り込まれたんでしょ。」
とエヴァはあっさり言うが、なにそれ怖い。である。
「解除できないの?」
とトリィ。
「難しいね。マスターが洗脳魔法の魔法陣でも知っていれば、洗脳の上書きはできるかもしれないけど。」
と肩をすくめるエヴァの前で僕とトリィは顔を見合わせるのだった。




