第104話 魔道具の説明
「タックが作っているのは何の魔道具なんだい?」
と机の向かいに座っているジルが僕に話しかける。
手元が狂わないようにいったん僕が道具から手を放したタイミングで話しかけるところが、彼、いや彼女らしい。
今はオラゾーラ侯爵領からグリフィス辺境伯領に移動しようとしている馬車の中だ。
馬車はミゼラ皇家のものではなく、僕が父さんに頼んだ大型馬車だったりする。
何故タッキナルディ家の馬車に皇女のジルが乗るのか?
「久しぶりにあった友人との旧交を温めたい。」
そんなセリフで同行に同意させられ、
「お互いの護衛が乗ることだし、大型の馬車の方が良いね。」
そんなセリフで僕の馬車に乗ることになったのだ。
あれよあれよと決まっていく状況にトリィとヒビキの顔が能面のように変わり、打ち合わせのために僕の馬車に乗る予定だったローラさんは黙ってイニレ家の馬車に戻っていった。
ハイライトの消え去った暗黒のような瞳をしていたので、後でフォローせねばならぬ。
「シャワーの魔道具だよ。水魔法が組み込んである。」
質問したまま、ニコニコと僕の回答を待っているジルにそう答える。
「どうやって使うんだ?」
「そうだな。実際に完成しているやつで説明するよ・・・」
そう言って、足元にあった先日作ったものと桶をテーブルの上に置く。
以前テムステイ山に置いてきた簡易版だ。
30cmほどの棒の上側に魔法陣を描いたシャワーヘッド、下側にグリップ状のレバーが2つある。
桶に向けてシャワーヘッドを向け、水量調節レバーを回して水を出しはじめる。
ジルは無言で桶にたまった水に手を入れる。
僕も黙って温度調節レバーを回して、温かいお湯と呼べるレベルにまで温度を上げた。
「すごいね、これは。長時間動かせばお風呂にも入れるのかい?」
「周辺の水分を集めてるだけだから、水辺だったらできるかもね。」
魔法と言っても完全に無から有を生み出しているわけではないらしい。
水魔法や、氷魔法は周りの水分を取り込み状態変化させることで起こっているし、火の魔法も周りの酸素を燃やすことで発生している。
例えば密閉空間で水魔法を使おうとしても水は少量しか発生しないし、火魔法を使うと酸素がなくなって消えてしまう。
水が出るからと言ってお風呂以上の水分がなければ、周辺の水を再利用しようとするだけだ。
たいていそれは先ほどシャワーから出た水が、気化し、再び魔道具から水となって出ていくだけになる。
急速に気化するとなると沸騰しそうなものだが、そのような事象は起こらない。
魔法を介しているからなのかどうかそこは今のところ不明だ。
前世の知識が役に立たない部分なのだが、前世には魔法はなかったのでそこはしょうがない。
おいおい確認していくしかないだろう。
「ふーん、興味深いね。ところでタック・・・」
そういうとジルは馬車の外に目をやり、
「あれはどういった魔道具なんだい?」
と馬車と並行して走っている僕のバイクを指さした。
バイクにはブルックリンとステラが笑いながらまたがっている・・・
◇◇◇◇◇
「旦那、これはなんだい?」
今朝、父さんの馬車と僕たちの馬車の荷物の入れ替えを行っていた時に、馬車の後ろに格納していたバイクを見てブルックリンが不思議そうに、聞いてくる。
「ああ、これはね・・・」
ここでふと言いよどむ。
バイクと言って良いのだろうか。
前世の名前のとおり呼んでいると、僕と同様に前世の記憶を持っている人に気づかれないだろうか?
シャワーの魔道具の時に、トリィから「どうしてそんな名前にしたの?」と聞かれ困った記憶がある。
「名前はまだつけてないんだけど。」
と言ってバイクを取り出し、くみ上げることにした。
父さんが大型馬車に人と物を目いっぱい積んでいたので、こちらで交換した馬車1台では足りず2台提供することになったのだ。その分安くしてもらうことになったけど、取り急ぎ自分たちの荷物2台分を大型馬車1台にまとめなければならないのだが、そんなスペースはない。
グリフィス辺境伯領までは、バイクに荷物を載せて僕がこれに乗ろう。
ブルックリンへの説明にもなるし、一石二鳥だ。
そう思ってくみ上げて、ブルックリンの前で少し乗って見せたのだが、ブルックリンが「自分も乗ってみたい。」と言い出した。
「バランス感覚も必要だし、いきなりは無理だと思うよ。」
と言ったのだが、思った以上にセンスが良かったらしく、転ぶこともなく乗れている。
気が付くとステラと一緒に2人乗りで行きたいと言い出したので、馬車以上の速度を出さないことを条件に了承したのだった。
バイクに乗せようとした荷物はブルックリンとステラの座席に置くことになった。
◇◇◇◇◇
「あれは鉄犬ていう移動を補助する魔道具だね。」
とブルックリンがつけた呼び名でジルに説明する。
「前後についている車輪が勝手に回っているように見えるけど。」
「そうだね。手元にあるレバーで速度を調節できるよ。」
「2輪だと左右に倒れてしまいそうだけど。」
「バランスとってれば大丈夫だよ。」
「あれは何時間ぐらい走れるんだい?」
「魔力量のこと?完全に補充しておけば6時間くらいかな。」
途中で魔力量が切れないか心配してくれているらしい。
ブルックリンのうしろに乗っているステラが、僕が見ているのに気づき、手を振ってきた。
こちらも手を振る。
「大丈夫だよ。休憩の時に魔力は補充しておくから。」
「ふーん。」
バイクを見ながら説明していたが、改めてジルの顔を見ると心配している顔ではなかった。
「タック、僕にもあれと同じものを作ってくれないか?」
ジルが何を言いたいのかさっぱりわからない。
「皇女様があれに乗るのか?」
「さすがにあれに乗るときはパンツをはくよ。」
いや、服装の話じゃなくて。
「皇女殿下があれに一人で乗ることなんてないだろ?」
「そんなことはないよ。馬にも乗るし。馬が魔道具に代わるだけさ。」
こともなげに言うが、後ろの護衛の女性の顔がこわばってるぞ。
「まあ、作ること自体は問題ないけど。」
「ありがとう。でも最初は練習しないといけないかな?」
「そうだね。練習は・・・いると思う。」
と隣で走っているブルックリンを見ながら言う。僕のを見ただけでできるようになったブルックリンは特別だろう。
「じゃあ、練習として僕と一緒に乗ろう。僕が前でも後ろでもいいから。」
ジルがそういうと同時に、僕の後ろで鈍い音がした。
「すみません。手すりが割れてしまったようです。」
振り返ると、トリィが無表情で、割れたという椅子の手すりをつまんでいた。
早いことジルの攻勢をなんとかしないと馬車が少しずつ壊れていくことになりそうだ。




