第101話 回想 -帝国でのある幼馴染との日々-
◇◇◇◇◇<タック5歳>◇◇◇◇◇
「タック、タック!」
そう家のどこかから僕を呼ぶ父さんの声がした。
すぐに行くと同じくらいの音量で返事をし、読みかけの本にしおりを挟み、書斎から声がしたであろう居間に向かう。
僕が居間に入ると、父さんはソファに座っていた。
向かいに僕の知らない同い年くらいの男の子が座っている。
短めに切った薄紫色の髪に碧色のつぶらな瞳をしている子だった。
青いシャツとひざ下まで長さのカーキ色のズボンは新品で彼の体に合わせたサイズだ。
同世代の友達はお兄ちゃんとかのおさがりだったり、大きくなるのを見越してダボダボなものを着ている子がほとんどだったので、多分裕福なうちの子なのだろう。
「また本を読んでたのか?」
と入ってそうそう知らない子をじっと見ている僕に父さんが声をかける。
「うん。」
「ジルくん、これがうちの次男坊で君と同い年と話をしていたタックだ。」
と父さんがジルと呼ぶ男の子に僕のことを紹介していた。
「こんにちは。僕タック。君も5歳なの?」
とこっちを向いたジルに挨拶する。
「うん、僕はジルだ。よろしく。」
とジルはにっこりとほほ笑み、僕に手を差し出してきた。
差し出された手を握り、握手をかわす。やわらかい。フニフニしている。
僕と同じように外で木登りやチャンバラごっこなどしないタイプのようだ。
「タック、ジル君は父さんの知り合いの子でな。今度ジルのお母さんがジル君の弟か妹を出産することになったので、しばらくうちで預かることになった。一緒に遊んであげてくれ。」
と父さんがジルを預かることになった事情を説明する。
「でも僕あんまり外に出ないよ。遊ぶのならロッコ兄さんに言った方がいいんじゃない?」
と防御線を張る。精神年齢が高いので無邪気に子供の遊びなんかできないからな。
外見が5歳だからって中身は違うのだよ。
だが父さんがすかさず、
「ジル君は体があまり丈夫でなくてね。部屋の中でジル君が退屈しないようにタックに相手してほしいんだよ。」
と理由付けする。どうしても僕に相手してほしいみたいだ。そういうことなら仕方ないな。
「いいよ。おいでよ。僕の部屋で遊ぼう。」
そういうと、ジル君の手を引いて僕の部屋に行く。
「本ばっかり読むんじゃないぞ。ちゃんとジル君の相手をするんだ。」
という父さんの声を背中に受けながら。
・・・・・
「タ、タック、さっきお父さんに本ばっかり読むなって言われてなかった?」
と僕の部屋で釈然としない表情で不満を述べるジル。
「なんだよ。ジルが宿題してる間だけだから問題ないだろ。ジルはお父さんから渡された宿題ちゃんとやれよ。」
ジルは父親からタッキナルディ商会に預かってもらう間の宿題を渡されていた。
それを聞き出した僕は、手伝ってやるからそれを先に済ませよう。と言ってまずは自分でやらせる。
わからないところは教えてやる。この世界の算術、それも5歳児向けのものなんて最悪指折り数えればできるものなので、時間かければできるのだ。
わからないともなかなか言えず、うんうんうなりながら宿題を進めていくジル。
「なあ、タック。それ、歴史書だろ。君その本読んでわかるのか? 物語なんか読まないのか?」
「物語はあんまり読まないな。勧善懲悪ばっかりだし。」
「なんだ、かんぜんちょうあくって?」
「善い行いをした人が良い目にあって、悪い行いをした人がひどい目にあうって話だよ。」
「いい話じゃないか。」
「でも本当はそうじゃないだろ。疫病にかかって命を落とすのは悪いことをした人なのか?生まれてすぐ死んじゃう子はどんな悪いことしたんだ?」
「・・・」
「どの本読んでも良いことした人は幸せになって、悪いことをした人は不幸になってる。良い行動をしてほしいって作り手の思いはわかるけど、話としては物足りないかな。」
「ふーん、そんなものか。タックは難しい言葉を知ってるし、面白い考え方をするな。」
「そう? それより早く宿題しろよ。」
「わかってるよ!やるよ!」
◇◇◇◇◇<それから2年後><タック7歳>◇◇◇◇◇
「なんだ、また来たのか?」
と再び同じように父さんに居間に呼ばれ、少し大きくなったジルとであう。
「また来たってなんだ。お母さまがまた出産なんだからしょうがないだろ。」
「また一か月くらいうちに泊まるのか?」
「ああ、世話になる。」
「弟か妹は一緒じゃないのか?」
「・・・ああ弟は別のところで預かってもらってる。そんなことより今度は僕が君に算術を教えてやろう。」
「無理だと思うけど。」
さすがに小学生レベルの勉強は負けんよ。
乗除を覚えたらしいがまだまだ。
悔しそうにしているジルと本のことでいっぱい話をした。
◇◇◇◇◇<それからさらに2年後><タック9歳>◇◇◇◇◇
「タック、また来たぞ。今度こそ・・・」
再会早々、勝負を挑んでくるジル。あまり外に出れないせいか、色白だ。
目もパッチリしていて、髪を伸ばすと女の子と間違われるんじゃないだろうか。
比率の計算を覚えたらしい。ジルは親のことをあまり話さないが、税率のことを話すので、商人なのかもしれない。ただ、そこらへんも小学校レベルの話なので負けることはない。
だが、この時は僕に優越感はなくなっていた。
「算術はジル以上にわかってると思うんだ・・・。ジルは魔法は使えるようになったかい?」
「魔法?私は6歳ぐらいから使えるようになったよ。タックは?」
「・・・実はまだ使えてないんだ。」
「そうなんだね。でもそこは個人差があるらしいから。」
「・・・にしても遅いだろ。」
「まあ、でも魔力は感じられるんだろ?」
「それはなんとなくわかるんだ。でも魔法陣が出ない。」
「わかった。練習付き合うよ。」
「わるいね。せっかく来てもらったのに。」
◇◇◇◇◇<それからもうさらに2年後><タック11歳>◇◇◇◇◇
「またやっかいになるよ。タック。」
と僕の顔を見るとにこやかにほほ笑むジル。
シャツもズボンもゆったりとしたものを着ている。太ったのか?って聞けないけど。
「やあ、久しぶり。ジル。」
「元気だったかい。今度こそタックに算術を教えてあげよう。」
「ジル、そんなことはいいから魔法を教えてくれないか?」
「えっ、まだ使えてないの?」
「実はそうなんだ。来年には学校に行かなきゃならないってのにまずい。」
「わかった。」
・・・・・
「ごめんな、ジル。一か月も付き合ってもらったのに。」
「気にしないでいいよ。何かがきっかけでできるようになるって。」
「そうだといいな。」
「あと1年ぐらいあるからあきらめないで。私と学校で会おう。」
「ああ。」




