白熱する心理戦に辟易です。
「因みにだけど、私はダンスの練習相手に最適だと思うよ? 苦手だと言うなら猶更ね」
「え……あ、そうなのですか……」
ええと、何を仰りたいのでしょうか。
余りにも狙いが見えな過ぎてセドリック様の御意思を図りかねるのですが。
「うーん、ちょっと回りくどいかな。私がミシェルのダンスの練習相手になってあげると言っているつもりなんだけど」
いえ、いくら何でもそこはわざわざ説明して頂かずとも伝わっていますわ。
流石にあそこ迄あからさまにチラチラ見ながらあんなことを仰られれば、どんなに鈍感な人間だって気が付きますよ。
私が図りかねて困っているのはそうじゃなくて、もっと別の……
「あの……セドリック様は私の練習相手が既にもう決まっていること位ご存知なのではないですか? 私の選択がダンスであることをご存じで、更に先ほどの発言から見るに私がダンスを苦手としている事までご存じのご様子。なのにも関わらず、ご令嬢方の関心の的でもあるライオネル公爵家のユリオット様が、私の練習相手を買って出て下さったことをセドリック様がご存じないと言うのはどう考えてもおかしな話ですもの」
「なんだ、やっぱり2回目は引っかかってくれないか。まぁ、どうせ私が練習相手の事を知っているかもと思わなかったとして、君は先約を優先して例え申し出たのがこの私でも断っていただろう?」
「それは……確かにセドリック様のご提案はとても有り難いものですが、先程のお話はあくまでも提案、命令では無いのですよね? でしたら、普通先約を優先させるのは当然の事では無いのでしょうか? まして仮にも私とセドリック様は恐れ多くも友人という間柄。これがセドリック様を面識のない第二殿下として見るのでしたら、また話は変わってきますが、友人である事を前提とさせて頂くならば、私は人として正しい方を選ばせて頂きたく存じます」
「うん、いいね。やっぱり君はいいよ」
「はぁ……ありがとう、ございます?」
うーん、これってもしかして試されていたのかしら?
何を知りたいのか分からないけれど、余り気分の良いものでは無いわ。
前回私は権力には興味がないとハッキリと示したつもりだったのだけど、どうやらあれだけでは信用して頂けていないみたいね。
「それにしても、君達はいつのまに仲良くなったんだい? 私の知る限りごく最近まで交流等無かった筈だけど」
「それは、偶然にも図書館でご一緒させて頂く機会がございまして。私達は同級生ですもの、きっかけの一つでもあれば仲良くなるのに時間など必要ないですわ」
本当に何が目的なのかしら。
まさかイベントの力を借りて強引に仲良くなりましたとは言えないし、基本的には嘘はついてない。
大体私達の交友関係について何故セドリック様が知っているのか、それも良く考えてみれば可笑しな話で。
むしろ、そこまで知っているのならば、きっかけとなったあのイベントの事もセドリックは把握している可能性だって少なくない。
これはまたブラフなの?
それとも真実?
もう、水面下で繰り広げられる心理戦なんて私の最も苦手とする類の物なのに!
「そういえば君がトップだった先日の試験、彼は2番手だったっけ。それにしても、あのライオネル公爵家の次男ともあろうものが2番手だなんて情け無い話だ。君がそれだけ優秀だったという事もあるんだろうけれど、ミハエルの弟ならば君を抜かないまでもせめて同点でも当然の様にトップの成績を取るものだと思っていたよ。彼はよく君と仲良くできるね。それとも、劣等感を感じないタイプなんだろうか」
「……貴方のっーー」
プツンと頭の奥で何かが切れる音がした。
人って本当に頭にくるとプツンと音がなるのね、なんて人ごとの様に思う。
きっとセドリック様は私の何かを探ろうとして、わざとこんな事を口にしている。
だって、元来セドリック様はこんな事を仰る様な方では無い筈だから。
そんな事は百も承知で、それでも我慢が出来なかった。
幾ら腹を立てても、せめて理性的に、何とか大人の対応を取らなくては、そう考えた時にはもう既に口が先に動いていて。
そうして動き出してしまった口は、意識に反して止まってくれはしなかった。
「貴方の様な方がいらっしゃるからユリオット様はいつまでも苦しみ続けなくてはいけないのです! セドリック様が私から何を聞き出したいのかは存じません。ですが、その為にユリオット様を貶めるのは間違っています。この場にユリオット様がいないからそんな事を仰っても問題無いとでも? いいえ、そんな事は御座いませんわ。負の言葉は巡り巡っていつか御本人まで届きます。そうでなくても、何よりも友人である私が聞いていて不愉快です。大体セドリック様の事ですからユリオット様の境遇もある程度はご存知なのでは? もしご存知ないのであれば、軽々しくそんな事を口にして頂きたくありません。ご存知だったとしたら尚の事そんな事を口にするべきでは無いとお分かりの筈でしょう。それに、ミハエル様とセドリック様はご学友ですわよね。貴方程の方ならば真の彼の方がどの様な方なのか、目に見える事だけではなくお気づきになっている筈。ならば、私如きに構っているよりも、もっと先にやる事があるのでは無いですか? セドリック様は正しき者が正当な評価を得られるべきだと誰よりもご存知の筈でしょう!」
あーあ、言い切ってしまった。
どれだけ直情型なのよ、私。
いや、昼休みにユリオット様と話したばかりだったから……
あんな姿のユリオット様を見た後にこんな事があれば我慢出来ないもの仕方がないでしょう。
そういう事にしておいて下さい。
でも、セドリック様を本気で怒らせてしまったらどうしよう。
今更ながらに膝が震え出していた。
「……悪かったよ、私が間違っていた。彼の事は少なからず知っているよ。だからこそあれは君の言う通り口にすべきではない事だった」
「わ、わかって頂ければ幸いです。それで……セドリック様のお望みの結果は得られましたか」
「ああ……十分だよ。君がミハエルの事まで気がついているとはね」
「っ、何のことでしょう」
「……」
「私は何も申しておりません。ただお2人の事をもっと良く見て差し上げて欲しいと陳情しただけですわ」
「ふむ、ではそういう事にしておこうかな」
この誤魔化し方は少々強引過ぎですか?
いえ、もうこれしかなかったのです。
勢いに任せ過ぎて色々と漏らしてしまった失言を、今更後悔しても遅い事位分かっている。
だから、もうここは強行突破させて頂きます。
「それでは、私はそろそろ失礼させて頂きます」
「ああ、随分と時間が経ってしまっているからね。それにしても、これからは芸術祭で忙しくなるし、次はいつこうして話せるか分からないな。時間が取れた時はまた連絡するよ。ダンスの練習なりなんなりで普通に会う機会なら幾らでもあるだろうし」
出来れば、当分はご勘弁願いたい。
今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなのに、もう次の話をされても頭がついていけそうになかった。
「承知いたしました。では、御機嫌よう」
「あ、ダンスの練習相手が必要な時はいつでも声をかけてね。待っているよ」
「……ご心配には及びませんわ」
そうして逃げる様に私はドアをくぐり抜ける。
お2人から離れて、漸く息が吸えた気持ちだった。
******
「どうやら振られてしまったみたいだね」
ミシェルの退出後、セドリックがそう口にしてクスクスと笑い声を漏らした事も、それを見たマルクスが眉を思い切り蹙めた事も彼女は知らない。
いや、きっと知りたいとも思っていないだろう。




