ダンスの練習について話し合いします。
「芸術祭に向けた練習の方針について話し合いたいんだが、ミシェル嬢これから時間はあるかな」
「ええ、勿論ですわ」
流石ユリオット様、何事にも真面目ですね。
ですが、出来れば教室を離れてからお話しさせて頂きたかったです……
午前の授業が一通り終了し、ランチタイムに入ったばかりと言うタイミングで私に話しかけていらっしゃったのはユリオット様。
確かに練習については私も一度話し合いをしなくてはいけないと思っていた……いたけれども……
ユリオット様に話しかけられた瞬間、室内の御令嬢方から向けられた射殺さんばかりの鋭い視線の数々。
一瞬、ユリオット様の練習相手になった事を後悔してしまいそうになる位には恐ろしかった。
そう思うと、以前セドリック様に恐れ多くも無理な進言をした自分を褒めてあげたい。
ユリオット様だけでもコレだもの、セドリック様と懇意にさせて頂いているだなんて御令嬢方に知られよう物ならば本当に何が起きるか分からないわ。
そう言えば、今日が一週間前にセドリック様と約束をした日だったわね。
放課後にはあのお2人を相手にしなくてはいけないのかと思うと、何だか気が重くなる。
野生の勘と言うのか、どうにも危うい何かを感じるのよ。
まぁ、単なる勘違いかもしれないけれども。
「あの時言っていたダンスが苦手だと言うのは事実なのだろうか?」
「え?」
「すまない、昨日言っていただろう? 苦手だから僕を練習相手に選んだ、と。彼女達を納得させる為の方便だったのならこんな事を聞いては失礼だとは思ったのだが、事実であれば練習内容も少し考えなくてはいけないからね」
「お気を使わせてしまって申し訳ありません。あの……事実、ですわ。私余りダンスが得意ではありませんの」
「そうか、正直に話してくれてありがとう。でも、何故わざわざ得意ではないダンスを?」
どうしましょう、ここで素直にローランド様に誘って頂けたから、なんて言ってしまったらユリオット様に私の気持ちが悟られてしまうかしら。
それ以前に、得意でもない癖に誘われたからってホイホイとダンスを選んでしまう馬鹿な女だと思われるのも困るわよね。
実際はその通りなのだけど、私だって少しくらい見栄を張りたいじゃない。
「あ、あの……その、苦手だから……そう、苦手だからこそ敢えて選択して、この機会に克服しようと思いまして!」
「へぇ、素晴らしい心掛けだね。やはりミシェル嬢の様に出来た人は考え方からして違う。僕なんて消去法で仕方がなくダンスを選んでしまったのに、見習わなくてはいけないな」
うぅ、心が痛い。
思わず出てしまった口から出まかせを、そんなに手放しで褒められてしまうと良心が痛みます、ユリオット様……
正直ローランド様がダンスを選びさえしなければ絶対ダンスを選ぼうなんて思わなかったのに、きっと詩や短編の物語を集めた冊子の合同製作とかそこら辺の無難な選択をしていたのに……
「褒めて頂く様な事はないのです、本当に。それよりもユリオット様の方が素晴らしいですよ。消去法何て仰ってますけれどダンスがお上手なのは事実でしょう? 苦手だからこそ、心から尊敬いたしますわ。ユリオット様に教われば私も少しは上達出来ると信じておりますもの!」
「……あの」
「はい?」
「昨日から気になっていたんだが、何故君は僕がダンスが得意だと……?」
「え?」
「いや、確かに僕はどちらかと言えばダンスは得意な方だと自分でも思う。でも、公の場でダンスを披露する機会は今のところ無かった筈だし、昨日の御令嬢方も僕がダンスが得意だから練習相手に申し込んで来た……と言う訳ではなかった様だから」
やってしまった!
ゲームで何回もユリオット様とダンスを踊ったし、ご本人からもそう聞いていたから当然のことの様に話題にしてしまったけれど、まだその事を皆知らなかったのね。
確かに私達の年齢ではまだ夜会に参加出来ないし、上級者向けの高等ダンスレッスンは後期からしかカリキュラムに組み込まれていなかった。
普通の基礎は入学前にはもう各個人で習熟している前提だから当然授業ではやらないし。
こんな時でヘマをするなんて本当に私の馬鹿!
「あぁ、もしかしてローランドにでも聞いたのかな? ローランドなら僕がダンスが得意な事も知っていた筈だし」
「そっそうです、確かそんなお話しを以前伺った記憶がございまして!」
天の助け!
まさか窮地に追い込んだ張本人であるユリオット様自ら手を差し伸べて下さるとは……
ローランド様とそんな話しはした事なんて一度も無かったけれど、兎に角この場を切り抜けるにはこの話に乗るしかない。
嘘に嘘を塗り固めていく事に罪悪感を感じるけれど、この状況で最早綺麗事は言ってられないもの。
だって、馬鹿正直に前世にゲームの中で貴方とダンスを踊ったのでお上手だって知ってますよ、何てユリオット様に言える?
いいえ、そんなこと言った瞬間に波の様に引いていくユリオット様の御心がありありと見える様だわ。
これは仕方がない、必要悪なのよミシェル。
「何だか恥ずかしいな。ダンスが少しくらい出来るなんて大して誇れる事じゃないのに。大体踊るだけなら誰でも出来るだろう?」
「駄目ですわ、ユリオット様」
「……?」
「ユリオット様、貴方は否定される事に慣れ過ぎています」
「っ……」
「きっとこれまで貴方の周りには否定ばかりする方が沢山いらっしゃったからでしょう。それは、貴方にとって何よりの不運だったと思います。けれど、それは貴方のせいじゃない。貴方は悪くないですし、本当にただの不幸だったのだと思います。もっと認められるべき機会があった筈、もっと褒められて当たり前だった筈。そんな機会をその方達に奪われてしまっただけなのです。お辛いと思います。きっと苦しんで来たのだと思います。でも、貴方まで、当の本人である貴方まで自分を否定してしまってはいけないですわ」
ユリオット様の境遇を考えれば当然の思考回路なのかもしれない。
それでも、口を出さずにはいられなかった。
だってこのままではきっといつまでも彼は救われないままだから。
「貴方が当たり前だと卑下する事が出来ない人間は沢山います。例えば今のダンス然り、以前お話しした苦手な事に懸命に取り組む姿勢然り。先程申し上げたばかりでしょう? 私はダンスが苦手です。勿論多少踊る位なら出来ますけれど、もしもユリオット様の様にお上手に踊れたらどれだけ誇らしいか。確かに謙虚な姿勢は美しいです。でも、他の誰でもない貴方がご自分自身を褒めて差し上げないと、誰が賞賛したとしても本当の意味で貴方のお心までは届きません。まずは貴方が貴方を認めてあげなくては、誰も貴方を認められないのですよ。貴方を認めたいと、褒めて差し上げたいと思っている方はきっと沢山いる筈なのに」
「あ……ミシェル嬢……」
「はい」
「そう、かな……本当に。誰か、僕を認めてくれる人は……いるのかな」
「ええ、沢山います。まずは貴方の目の前に1人。それに貴方の大切なご友人も、きっと」
「ありがとう、ありがと……う」
泣いている様な、笑っている様な複雑な表情のユリオット様を見つめて、私は優しく微笑んだ。
ダンスの練習の話をする予定だったのに湿っぽい雰囲気になってしまいました。
でも、これで良かったのだと思います。
出来る事ならば、また一つユリオット様が前を向いて下されば良い。
そう密かに思ったのでした。




