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とある剣豪子息の心境、

 



 女は醜悪な生き物だ。

 だが、そんな女の命を食らって生き長らえた俺はもっと醜悪な生き物だ。




「フィリクス、今王立劇場で公演している歌劇の主演が素敵な男性らしいの。チケットを取ってきてくれる?」

「あら、フィリクス。暇なら肩を揉んで頂戴」

「ねぇ、フィリクス?プレゼントで頂いたこの髪飾り素敵でしょう?ちょっと褒め言葉の一つでも言ってみなさいよ」


 三者三様、口にする要求は違えど俺を顎で使おうとする心根は変わらない。

 俺の前ではまるで暴君の様に振る舞うこの姉達は、一歩家の外に踏み出せばグローバー美人三姉妹なんて呼ばれ、一見淑やかで理想的な女性像を演じている。


 そんな姉達を、曳いては女と言う生き物を父上はか弱く、繊細な存在だと言う。

 そして男である俺には姉達を守る義務があるのだ、と。

 父上の言葉を理解出来るかと聞かれれば、それは否だ。

 あの姉達のどこをどう捉えればか弱く繊細なのか教えて欲しい。


 しかし、俺は父上の言葉に従わなくてはならない理由がある。

 だから実の所、俺がその言い付けに納得出来るかどうかなんて事は二の次の話でしかなく、木偶の坊の様に言われた通り動く他、残された道はないのだった。




 俺の、そしてあの姉達の母は俺が物心着く前に死んだ。

 当時幼かった俺には記憶がないが、姉達は大層悲しみに暮れたらしい。


 皆口々に言う、俺の母と呼ばれる女性は素晴らしい人だった。

 賢く、優しく、美しく、芯の通った、賢女様の再来の様な女性だったと。


 しかし、俺はいつしかその評価に疑問を持つ様になった。

 姉達の様に母も他人には見せない醜悪な一面を持っていたかもしれない、と。

 いいや、持っていた筈だ。

 女性とは醜悪な生き物なのだから。

 だが、それが事実なのか俺の妄想なのか知る術はもう残されていない。


 母が死んだのは、父上が戦に駆り出され、家を離れている間の事だったと後に知った。

 そして、それは俺を産んだせいだったのだとも。

 母の訃報を戦さ場で知ってしまった父上は動揺から致命的な怪我を負い、結果騎士団長の立場を退く事になった。


 父上から愛しい妻を奪い、騎士団長と言う名誉を奪い。

 姉達から優しい母を奪い、享受すべき愛情の片方を奪った。


 だから俺は父上の全てを受け継ぎ、後世まで父の栄誉を伝えなくてはならない。

 だから俺は姉達の言葉に頷き、守り従い続けなくてはならない。


 そこに俺の意思などは必要無いのだ。




 スペシオーザとは俺が6歳の時、初めて顔を合わせた。

 父上からかつての部下の一人娘だと紹介された、大きな瞳にぷっくりした唇が特徴的な少女。

 俺は彼女に特に何の感情も抱かなかったけれど、彼女の方は俺の周りをうろちょろしてはニコニコと後をくっついて回っていた。

 数日後、その少女と婚約する事が決まったと父上に告げられたが、その時になってもやはり俺は特に思う事は何も無かった。

 そして、父上の後釜として騎士団長の座に就いたのがスペシオーザの父親だと知ったのは、更にその数日後の話。


 あの頃は正直幼かったから婚約者と言う物がどんな存在かを理解しきれていなかった、というのも強ち間違いではない。

 だが、数年が経った辺りで、未だに出会った頃と変わらずうろちょろと周りをくっついて回る少女が将来自分の妻になるのだと漠然と理解して、しかしその頃には妹の様な存在になりつつあった少女ならば別に不満に思う理由もなく、高位の貴族家に生まれた以上婚姻にも政略が付いて回る事も納得し、最終的にはただ父の言葉に従うだけだと判断した。


 けれども、妹の様な存在だったスペシオーザは、年を経る毎に少女から大人へと成長し、その言動の端々で女性と言う性を主張する様になり始めた。

 大きく育った胸元を強調するドレス、顔に施された華美な化粧、何を気に入って付けているのかわからない香水、ベタベタと暑苦しく身体を押し付けるボディタッチ。

 気がつけば3歩程後ろを離れてついて来ていた少女の姿は何処にもなく、代わりに腕に巻きつく様にくっついて、出張った胸をギュウギュウと押し付けてくる1人の女がそこにいた。


 ある日、偶然にも街中でスペシオーザの姿を見かけた。

 俺の姿に気がつかない彼女は、俺にするのと全く同じ様に見知らぬ男の腕に絡みつき、その身体を男に密着させていた。

 一つ、いつもの光景と違ったことと言えば、その密着された男の方が俺とは違い、だらし無く鼻の下を伸ばしてチラチラとスペシオーザの胸元を覗き込んでいた事くらいだろう。

 しかし、そんな男の視線に気がついていてもスペシオーザは嫌がる素振りも見せず、それどころか満足気に一層身体を密着させ、男と街の中に消えていった。


 実は以前から、度々彼女には他にも複数懇ろにしている男がいると言う噂を耳にした事はあったが、実際目にするまでには信じられず、根も葉もない噂だろうと思うことにしていたのだ。

 だが、どうやらそれが真実だったと言う事は街で見かけた日から2、3日彼女の行動を観察して分かってしまった。

 少なくとも、その数日間で彼女が時間を共にしていた人間は皆違う男で、共通しているのは顔の良い男ばかりだった事ぐらいだろうか。

 しかも彼女は彼らに俺についての愚痴を漏らしては体のいい言葉で慰められ、本当に愛しているのは貴方だけだと囁き、デートの末に高価なプレゼントを買い与えられていた。


 流石の俺も、この事実には衝撃を受けずにはいられなかった。

 いつからスペシオーザはこんな女になってしまったのだろうかと考え、詰まる所元より女という存在は大なり小なり醜悪な存在なのだと自分に言い聞かせる以外に納得する術は他になかった。

 今にして思えば、ただでさえ姉達からの扱いに辟易していた俺の女嫌いは、この時から急激に悪化の一途を辿り始めたのだと思う。



 そうして女嫌いに年々拍車がかかり、偏見思想に凝り固まっていた俺に、弟弟子であるローランドが、ある日面白い女に出会ったのだと楽し気に話しかけてきた。

 曰く、その女はローランドの親友である従兄弟を初対面にもかかわらず一喝したのだと。

 前々からその従兄弟の事をローランドが気にかけていた事は良く知っていて、そんな弱っている相手を突然一喝する様な真似をする女は碌でもないと俺は思った。

 けれども、ローランドが言うにはその女の言葉に当の従兄弟は励まされたらしいのだ。

 その場に居なかった俺には全く訳が分からなかったが、嬉しそうに話すローランドを見ているとそれが嘘とも思えず、それは女でも少しはマシな部類の人間だったのだろうと、その時はローランドの話を半ば聞き流していた。




 しかし、その後出会った件の女は、生意気だし、俺の腕を捻りあげるし、揚げ足は取るし、ローランドの前では猫を被り始めるし、最低最悪な女だった。

 マシな部類の女なんだろうと思った数日前の自分を、殴り倒してやりたくなる位に。

 俺は思わず父上の言い付けを守る為、女の前で被り続けてきた紳士の仮面を放り投げてその女に接してしまったが、それも致し方ない事だと今でも思う。

 何よりローランドがその事に気がついていないのか、ヘラヘラと仲よさげにその女に話しかけている事が気に入らず、更に俺のその女への暴言はエスカレートしてしまった。


 けれど、それからまた数日が経ってその女と話す機会に恵まれ、俺は自分の投げ付けた言葉を少しだけ後悔する事になる。




「ええ、父が少しばかり心配性な性格でして。自分の身は自分で守れると証明して父を安心させてあげたかったのです」


 家族の為に体を張る女に出会ったのは初めてで、ほんの少しだけ過去の自分と、その女が重なった気がした。


「もし、身近な誰かが目の前で傷つきそうになった時、私の手が届けば助けられるかもしれませんから」


 こんな事を考えている女がいるとは思わなかった。

 俺だって最初は誰かを助けられる人間になりたくて、父上に剣術を習い始めた事をふと思い出した。



 いいや、俺は今迄目を逸らして気がつこうとしてこなかっただけなのかもしれない。

 ただ女というだけで、生意気だというだけで、気に入らなかった、醜悪だと思いたかった、何も知ろうと思えなかったのだ。

 でも、言われなくては分からないじゃないか。



 もしかしたらあの姉達も俺が知ろうとしていないだけで、何か考えがあるのかもしれない。

 スペシオーザも何か悩みがあったのかもしれない。


 でも、俺には今更彼女達と向き合う勇気が持てなくて。





 だが、まだ出会って日の浅いあの女なら。


 少しだけ自分の考えを見つめ直す機会を与えたあの女なら、何かキッカケをくれるかもしれない。


 でも、まだ素直に向き合う事は難しから。


 とりあえず、得意だと言っていた体術で挑んでみようか。


 腕に負った怪我が治る頃、今度は怪我をさせてしまわない様に。


 もしかすると、あの女を大切そうに見つめていたローランドには怒られてしまうかも知れないけれど。









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