一難去ってまた一難です。
「貴方一体全体どう言うつもりかしら?」
ダン‼︎ーー
耳の真横で大きな音を立てた壁。
全く、か弱い筈のご令嬢が何て力強い壁ドンをするんですか、なんて私は場違いにも笑いそうになってしまった。
数分前、声をかけてきた見知らぬご令嬢に連れられて訪れたのは数ある空き教室の内の一つ。
声を掛けられた時点でこの後何が起こるかを瞬時に理解した私は、その教室の中に複数のご令嬢が集まっていても何ら驚きはしなかった。
ただ、前世で良く漫画やドラマなどで見かけたテンプレート的状況に些か興奮した、と言うのは否定出来ないけれども。
さてこの状況に驚いていないと言う事は、御察しの通りこれが次のイベントへの布石だから。
むしろ平凡フィルターが働いて、目の前のご令嬢方からスルーされなかった事に感謝しなければならない。
だってヒロインみたいな可愛い子なら脅威に感じるけど、私ごとき平凡女がちょっと良い目を見たからって歯牙にも掛けられない可能性は有ったんだもの。
「ちょっと、聞いているの?」
「……ええ、勿論」
怯みもせず返事をした私に何故か詰め寄ってきたご令嬢の方がたじろいでいる姿を見ると、やはり勝気な態度を取っていても中身はか弱いご令嬢なんだなぁ、何て場違いにも思ってしまう。
そうは言っても、ここで引かれてしまっては困るのだ。
ここにこれから現れるのは、残る最後の攻略対象の方々。
方々という事は複数なのは分かるわよね。
そう、このイベントはお二人同時に発生する少しばかり特殊なイベントになる。
と言うか、これから暫くはこのお二人、セットでイベントが進行し続けるのだ。
攻略対象、お一人目はセドリック様。
彼は歴としたこの国の王子様である。
現国王陛下の第二子にして次男、王位継承権第ニ位と言う仰々しい肩書きにしては少々軽薄な印象を受ける態度で周囲の人々に接するセドリック様。
その実、非常に優秀な頭脳を持ち、身体能力も優れているのだが実力を隠し、敢えてその様な態度を装っているのだった。
それは兄であるハイリッヒ様の王位継承を揺るぎないものにする為。
幼い時分、まだ複雑な王国内の事情を理解していなかったセドリック様は遺憾無くその才覚を露わにしてしまった。
神童と呼ばれ、セドリック様こそ時期国王に相応しいと騒ぐ輩が出るほどに。
兄であるハイリッヒ様も出来が悪かった訳では無いが、セドリック様には到底及ばなかった事が災いしたのだろう。
そうして騒ぎが大きくなり始めた頃に優秀なセドリック様は気がついたのよ、このままでは自分も大好きな兄も危険だと。
そうよね、お互いの支持者が対立すれば何れ邪魔者を亡き者にしようと考える者が出てくる事は必至。
それにセドリック様は兄であるハイリッヒ様こそが誰よりも次の国王に相応しいと考えていた。
心優しく、常に国民の事を考え、思慮深く、誰よりも思いやりに溢れる兄こそが。
そしてセドリック様は将来国王陛下となられたハイリッヒ様を近くで支えたい、と。
だから、それ以降はセドリック様は意図的に軽薄で、出来が悪い、いわゆるちゃらんぽらんな風を装い、過ごす事に決めたのだった。
そして、それに心を痛めているのがもう一人の攻略対象であるマルクス様。
彼は現宰相様の御子息。
セドリック様とは生まれた時からのお付き合いで、大親友。
マルクス様はハイリッヒ様の事もよく知っているからセドリック様がお兄様を時期国王陛下に、と言う考えには勿論賛同されているけれど、優秀で尊敬出来るセドリック様がちゃらんぽらんだと揶揄される事がどうしても受け入れられずにいるのよ。
だから常にセドリック様に付き従って、陰でセドリック様を馬鹿にしている人々を片っ端から粛清していってるのよね。
まぁ気持ちも分からないでもないわよ、自分の大切な人が馬鹿にされるのって辛いもの。
もしも私がローランド様が馬鹿にされているのを見かけたら……うん、きっと秒で首を締め落とすわね。
そう言った訳で初期の好感度状態だと、君たち付き合ってるのかな?って疑いたくなる位には、必ずと言っていい程お二人一緒に現れてイベントが発生する。
各々のルートに入れるのも王国を救って好感度がMAX近くまで上がり切ってから。
正直強敵だけど、お二人同時にイベントを熟していれば各ルートに入る前に王国が救えちゃうのだから、お得って言えば、お得かもしれない。
「何か反論してみなさいよ!」
あ、今は目の前のご令嬢に詰め寄られている真っ最中なの忘れてました。
「あの、大体何故私はこんな目にあっているのでしょうか?」
「はぁ⁉︎なんで?なんでって自分の胸に手を当てて考えてみればすぐに分かるでしょう‼︎」
言われたので、私は大人しく自分の手を若干物悲しいボリュームしかないお胸に当てて考えてみた。
うん、検討はついているけど理解はしたくないよね。
だから分かりませーん。
「どうしてでしょうか?」
キョトンと首を傾げる私の姿を見て、目の前の激昂お嬢様はわなわなと体を震わせた。
うーん、ちょっとやり過ぎたかしら?
「貴方が、私達の、フィリクス様に手を出したからでしょうが‼︎」
おおう、渾身の叫びですね。
私達のって、フィリクス様は誰のものでもないですよって言う正論は聞いてくれないんだろうなぁ。
後、誓って言うけれど手は出してない、ローランド様以外に出したくない。
逆ハーには加えるけどね(矛盾)
「婚約者であられるスペシオーザ様だってあんな事された事ないって言ってらしたわ‼︎それなのに、貴方色仕掛け紛いのあんなはしたない真似をして恥ずかしくない訳?一度ご自分のお顔を鏡で見直した方が良いですわよ‼︎」
「はぁ……」
いけない、思わず間抜けな返事になってしまった。
スペシオーザ様ってアレよね、フィリクス様の婚約者。
貴方フィリクス様以外の男からならお姫様抱っこ何て目じゃない様な事されてる癖に、一体何言ってるのかしらって感じ。
でも彼女裏の事情を知らない女の子からは彼女意外と人気があるのよね、ぱっと見美人だし、誰にでも気さくだし、次期公爵夫人だし?
少なくともド平凡な私がフィリクス様に近づくよりも彼女達に取ってはスペシオーザ様の方が何百倍もマシなんだろう。
鏡を見直せですって、毎日見直してはため息吐いてるわよ。
ド平凡?そんな事一番自分がよく分かってるに決まってるでしょ‼︎
て言うかね、怪我してたのよ私?
いきなり私がフィリクス様にお姫様抱っこしろって迫った訳でも無ければ、嫌々されるが儘にしていた私が色仕掛けで迫ったってどんな理屈になるのだか。
お姫様抱っこの下りを見ていたなら、その前の私の流血沙汰も知っているでしょうが。
たしかに怪我をするのは狙ってした事だけれども、喜んで怪我をした訳じゃないのよ。
私だって痛いのは嫌だし、ドMじゃないんだから。
全く揃いも揃って都合の悪い事実は頭から抜け落ちちゃうお馬鹿さん達なの?ん?そうなのかしら?
「何よ、その反抗的な目は。貴方ご自分の立場を分かっているの⁉︎」
貴方達こそ自分の立場分かってるのかしら、私が動かなければこの王国滅亡しちゃうのよ?
そうなればフィリクス様がどうのこうの何て言ってる場合じゃないの。
って、そんな事言っても分かる訳ないか。
「フィリクス様は私の怪我を心配して手当をしに医務室まで連れて行って下さっただけですわ。先程の事はそれ以上でもそれ以下でもありません。貴方のそれはただの言い掛かりですわよ」
「まぁ‼︎いけしゃあしゃあと‼︎」
うーん、事実を述べただけなんですけどね。
そりゃ疚しい気持ちの一つもないんだからいけしゃあしゃあとしますよ、悪いかしら?
「それでは私、怪我が痛むのでこれで失礼させて頂きますわね」
言い残すと、私は慌てるご令嬢達をヒラリと躱して唯一の出入口となるドアに向かって歩き出した。
けれど……
「待ちなさいよ‼︎」
「………っ‼︎」
先頭に立っていたご令嬢に運悪くも怪我を負った腕を掴まれてしまい、その歩みを拒まれてしまった。
其処は本当に痛いんだから、勘弁して欲しいわ。
「いい加減にしなさいよ‼︎調子に乗っていると痛い目を見ることになるからね‼︎」
まさに小物の捨て台詞と言った感じの言葉を吐き捨てたご令嬢は、私の腕を掴んだ手と逆の手を高く上げ、勢いよく振り下ろした。
流石の私もこれはダメかも、なんて諦めて目を固く瞑ったけれど、待てども頰に衝撃が走る事はなかった。
「ん……な、なんで……」
「はいはい、ストーップ。可憐なご令嬢がそんなに目を釣り上げてたら可愛い顔が台無しだよ?」
はは…は、乾いた笑いが漏れそうだ。
何というか、またお約束なタイミングで登場するものだ。
ヒーローは遅れてくるってやつですかね。
ウェーブがかった綺麗な黄金色の髪の毛を靡かせた、丸で物語から飛び出してきた王子様の様な風体の男性が一人、私に向けて振り下ろされていたご令嬢の腕を見事着地寸前でキャッチしていた。
王子様の様なっていうか、実際本物の王子様なんだけど。
「せっせせせせ、セドリック様⁉︎」
彼の名前を呼ぶご令嬢方の声にヘラリと軽薄な笑みを返したセドリック様は、それでも瞳の奥までは笑っていなかった。
「………随分遅い登場ですこと」
「ん?何か言ったかい?」
「いいえ、ありがとうございますわ。セドリック様」
耳聡く私の呟きに反応したセドリック様に、私は顔に満面の笑みを貼り付けて御礼を口にした。
これだから、隠れ有能キャラはやりづらいのよね。
さて、いよいよ次のイベントの幕開けです。
このイベントは、一体どうなるんしょうかね?




