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近代魔法と古代魔法の境界線  作者: 加賀美彗
第一章・笑う死神
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二度目の完全敗北

 あまりにも険悪なムードで歩き続ける二人にアリアまで暗くなっていた。二人の口論に加えタクトから本当の気持ちを聞き、何とかして改善しようとしたものの全く効果がなかったためだ。このままでは気持ちがバラバラになってしまうと考えるが、思い付く限りやったがアイディアは枯れ果て具体的な現状の打開策が思い付かなかった。

 近代魔法の発明者がタクトを陥れた相手と同名。更に彼はストルド帝国――叔父の何らかの思惑に気付いた。これらの出来事に対し、流石のアリアでも時期が近いこれら二つが偶然とは思えなかった。近代魔法をばら撒いたローゼンバーグが全て糸を引いていると考えるものの、彼が元凶で現在も生きているという決定的な証拠が何一つ存在しない。もしかすれば叔父がそう思い込ませるために仕組んだのか。あるいは両方なのかとアリアは考えるが答えは未だに出ない。

 目指す橋跡を一度引き返したためか、三人にとって目的地までの距離が更に遠く感じられた。加えて今の状況が徒歩での疲労を悪化させている。インフェクトが破壊して廃墟と化した町を通り過ぎ、再び旅人のセーフハウスとしての小屋まで辿り着いたのは夕方だった。

「今日は休むか」

 タクトが力なく小屋の前でポツリと呟く。アリアとクリフは無言で彼に賛成すると中に入っていくが、二人は内部を一瞥すると何事もなかったかの様に外へ出てドアを閉める。

「どうした、休まないのか?」

「今日はここに泊まるのは止めようよタクト」

「正直今はここで寝たくはない」

 タクトがそうかとだけ呟き、アリアとクリフの意見を聞き入れたのか小屋を去っていく。すると、小屋から破砕音が発生し辺りに木片が飛び散る。タクトが思わず振り向くと、小屋の床部分から結晶状の針が幾つも生えていた。いや、正確には針ではなくステンドグラス状の甲殻類の脚が八本生えている。それらは一本一本が人の横幅より太く、先端と思われる二本がハサミ状になっている。

 新たなインフェクトを前にタクト達は息を呑む。港で戦った天使型でもここまで大きくはなかったハズだとタクトは考えるが大体の状況は理解出来た。目の前の怪物は小屋の中で旅人を襲い喰らった。どうやらパウダーによる汚染はアリアとクリフでも予想外だったらしく戸惑っている。

 しかし、相手のインフェクトはこちらに気付いていないのか脚をばたつかせているだけだ。タクト達は気付かれないようにそっと去っていった。インフェクトから離れしばらく歩くと全員顔を見合わせる。

「何なんだあいつは?」

「解らないわよ。あんなサイズのインフェクト見た事ないし」

「少なくとも、私達がいた時はいなかったよ」

「ほう、あれから逃げてきたのか」

 急に第三者による“ある言語”が聞こえたためタクトは銃を構えつつ一気に振り向く。

 そこには一人の男がいた。タクト達と同年代で、ぼさぼさの金髪と汚れ一つのない白衣が特徴的だ。二つの蒼眼は優しくタクト達を見ており、全体的に穏やかな雰囲気を纏いつつ立っている。

 しかし、タクトは目の前の男に明確な警戒心と敵意を向けていた。少なくとも道中には何もいなかったハズなのに気配もなくいきなり現れた男が、とても普通の人間だとは思えなかったからだ。更には話していた言葉が元いた世界にある言葉の一つである事。この世界の言葉で話すならともかく、今話したという事はタクトが異世界人だと知って話しているという事だ。男からは立っているだけにもかかわらず生物特有の気配すら存在せず、まるで鮮明な絵か立体映像を見ているかの様だ。

「まずはその物騒な物をしまってくれタクト君」

 男は余裕の表情でタクトを見るが応じなかった。銃の存在だけでなく名前まで知っているという事は彼はこことは違う世界出身で、元の世界で会ったか何らかのコンタクトを取ったという事。少なくとも殺し屋になる前の友達でない事は間違いない。ならば敵か依頼者のどちらかだろうと考える。

「お前は誰だ?」

 タクトも元の世界の言語で応じると、男が嘲笑ではなく心から愉快そうに笑う。

「私と直接出会ってはいないけど君は知っているハズだよ?」

 確かに聞いた事がある声だとタクトは思い出す。記憶が間違いなければ最近の出来事だ。ある会社の社長暗殺依頼をした男の――そこまで考えた瞬間、タクトは迷わず男の心臓に向けて発砲していた。アリアは悲鳴をあげるが、彼は更に五発急所へと追撃していく。異変に気が付いたのかクリフがタクトを後ろから押さえる。

「よすんだタクト君!」

「まさか相手からのこのこと現れるとは思わなかったぜ。なあ、アルバート・ローゼンバーグ」

 タクトが嬉しそうに相手の名前を呼ぶと、アリア達は信じられないといった表情で撃たれた男を見つめていた。

 アルバート・ローゼンバーグは近代魔法の発明家としてこの世界で知らない者などいない。彼が目の前にいる事も驚きだが、聞いた外見的特徴の一致はともかく発明した当時から歳を取っているとはとても思えなかった。魔法ですら不老不死は不可能とされているため二人は余計に信じられなかった。

「やれやれ、普通の人間だったら六回は死んでいたところだよ」

 男――ローゼンバーグが恐ろしいまでに穏やかな声で話す。タクトは間違いなく男を殺したハズだったが、あまりの不気味さに撃ち殺した本人ですら驚いてしまう。ローゼンバーグが撃たれた箇所から電気に似た青白い光を放ちながら立ち上がり、更には時間を巻き戻したかの様に傷口が再生していく。

「動作なしで魔法を使った!?」

「嘘でしょ……」

 アリアとクリフはローゼンバーグの技に驚きを隠せなかった。古代魔法は口や頭の中で呪文(ワード)を唱え、記号や動作を加える事で発動する。近代魔法で使われるパウダーですら投げつつイメージをする事で初めて使える。

 しかし、アリアとクリフが見た限りではローゼンバーグがそれらの動作を行った様子はまるでなかった。倒れたまま動作もなく魔法を使い再生を行う事自体ありえないと考える。そもそも、回復魔法自体が莫大な魔力があれば誰でも使えるという代物ではない。人体の構造を知らなければ使えないだけでなく、使い方を間違えれば命を失う高度な魔法だからだ。だからこそ、アリア達王族やクリフの様にストルド帝国の名門貴族でなければ取り扱えない。

 更にアリア達古代魔法使いは生まれつき魔力を視たり感じたり出来るが、ローゼンバーグからは魔力が何も感じられない。未知なる技術に対し二人は恐怖心を抱いた。

「あなた何者なの?」

「アルバート・ローゼンバーグ。全てが始まった地、星神町(ほしがみちょう)の元住人さ」

 ローゼンバーグの言葉に今度はタクトが驚く。

 星神町――知る限りでは、元の世界の何処かに存在するとされている町の名前だ。そこは技術が発達しているらしく、タクトが扱う銃のブランドであるカナタシリーズもそこで作られたとされている。更には二丁のカナタシリーズを使う化け物が住んでいるとまで言われている。裏世界の人間ですら存在しない町として認識しており、タクトもある種の都市伝説と考えていた。

 しかし、目の前のローゼンバーグは存在しないとされている町出身だという。未知なる技術に加え存在自体が異質。そんな相手にタクトは本当に奴を倒せるのかと疑ってしまった。

「異世界と同じくらいかび臭い都市伝説が実在すると?」

「現にここにいる。更に言えば、この世界の近代魔法や元いた世界のコードという技術を発明した一人が私だ。君が暗殺依頼で戦った化け物を覚えているだろう?」

 ローゼンバーグが歌う様に話し出す。確かにタクトは元いた世界で戦った化け物を覚えている。黒い竜や魚を人型にした奴だ。それすらも彼が作り上げた物ならば、ローゼンバーグという男のテクノロジーは双方の世界を既に凌駕している事になってしまう。

 確かに気に入らないという理由もあるが、こいつだけは絶対に生かしてはいけないとタクトは強く考えた。双方の世界で二回も彼の作品と戦った事がある彼は、ローゼンバーグの発明はかなり危険だという事を誰よりも知っているからだ。

「正確には親友の理論に書き加えたんだけどね。それでも簡単に世界規模の争いとなった。愚かな人間達は自分達でも知らないうちに、コードという構成要素とパウダーという滋養を勝手にばら撒いてくれたのさ。お陰で“生命の樹(セフィロト)”完成は手が届く所まで来た」

 ローゼンバーグが拳を握りつつ子供の様に何かを待ちわびる表情をしているが、タクト達はそんな彼が余計不気味に見えた。

 同時にアリアは憤りを感じていた。近代魔法は最初から魔法が使えない者を救済するための物ではなく、争いを促すための道具だという事実を聞きローゼンバーグがこの世界の敵だと認識する。近代魔法は格差を埋めるための物ではなく戦争の道具。もしかすればインフェクトの発生自体も掌の内かも知れないと考えただけで悔しかった。

「生命の樹――か。どうせろくな事には使わないな」

 三人がローゼンバーグに向かい構える。今までいがみ合っていた三人が、共通の敵を倒すために共闘を開始した。当の本人は訳が解らないと言わんばかりに見ているだけだ。

「お前は生命の樹を創って何をする気だ? 神にでもなるのか?」

 タクトの疑問に対しローゼンバーグが嘲笑する。本当に愚かな奴だと考えているらしく、完全に下位の存在としか見ていない。

「神なんて人の想像の産物さ。人の理解の届く範囲でしか出来ない存在になったところで何の価値がある。私はただ世界が知りた――」

「いかれるなら一人でやってろ」

 言い終わる前に、タクトがローゼンバーグの眉間に一発撃ち込む。当然再生しようとしているが、三人は彼に構わず走り去った。勝てないのならば逃げるしかない。アリアとクリフは互いにタクトの片手を握りつつ、何かを唱え一気に加速していく。風を利用した加速の魔法を二人で重ね掛けし、ローゼンバーグから距離を一気に離していく。

「何なのよあいつ!?」

「少なくとも私達の手に負える相手ではない事は確かだね」

 タクトも二人とは同意見だが正直なところ悔しかった。ハメた相手に出会ったにもかかわらず、勝てないどころか殺せないという事実を認めたくなかったからだ。魔法以外にも何か別の力を隠し持っている事は理解しているが、それでもプライドが今回の敗北を認めてくれない。攻撃手段を見ていないため、今は戦わない方が良いと言い聞かせてもだめだった。タクトは対抗手段がない現状に対し、ただ叫ぶ事しか出来なかった。

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