掛けられた情け
タクトは敗北の悔しさを内に秘めつつ目的地の光景をただ見ていた。かつては橋だった様だが殆ど急流へ落ちており、風と水による風化が激しく道とは呼べないほどになっている。瓦礫は雑草やツタが好き放題に生えているうえに、空には鳥に似た巨大な怪物が埋め尽くさんばかりに飛び交っている。
「なるほど、確かに危険なルートだ」
タクトが目の前の景色に納得する。港や別ルートで行きたかった理由が橋を渡りたくなかったからだと知ってはいたものの、まさかここまでだとは思っていなかったからだ。地上は雑草と瓦礫で足場が悪く、足を踏み外せば河へと流されていく。水の勢いを見る限り自力での復帰は不可能だろうとタクトは考える。
更には上空の化け物達。銃で一羽ずつ撃ち殺すには弾の数が全く足りない。貫通狙いでも一割すら殺せないとタクトは判断する。素通り出来る事を望んではいるものの、相手は久々の獲物なのか不気味な鳴き声で次々とわめいている。どうやら入ったら生かす気などないらしい。
「それでも行くしかないか。ローゼンバーグが来たら厄介だ」
「そうね。もう、ここしか行く方法がないわ」
「結局タクト君の言う事は間違ってなかった。すまない」
「気にするな。お前達は迷わず行動しただけだ。だから後悔だけは絶対にするな。俺もある男にそう教えられた」
タクトが懐かしそうな表情で目を閉じる。かつて元いた世界で一緒に旅をした男。裏世界では名の知れたヒットマンで、猫を相棒にしているという変わった奴だ。殺す殺されるという日々を送っていたタクトと違い、社交的でなおかつ生きる術や実践的な技を教えてくれた恩人。数か月ではあるが、彼と世界を旅してきた事は今でも忘れない。彼の最期を目の当たりにした事も覚えている。
目の前の光景と同じく。いや、それ以上に勝てる見込みのない戦いだった。三つ巴――彼を含めれば四つ巴の戦い。戦場を二丁の拳銃で駆け抜けた彼は、三つの勢力に一人で戦いを挑み勝利し争いを止めた。自らの命と引き換えに。彼は迷いと後悔はしない男だったが、最期までそれを鋼の精神で実践し続けた。タクトにとって羨ましい生き方であると同時に、今でも目指している物でもある。
かつての事を思い出し笑う。相手はたったの数百。あいつが戦った数より少ないと考えただけで、戦力差に立ち止まっていた自分がバカだと思ったからだ。
ならば、もう迷いはない。戦う意志は燃え上がっている。ただ勝つのではなく勝たなくてはいけない。タクトはそれだけを意識する。
「あんたと同じく俺は進むぜ。ローゼンバーグの依頼とはいえあの会社の社長を殺せず弔えなかったが、もしあの世があるのならば見守ってくれ」
タクトが地獄に近い場所へと自ら進んでいく。銃を両手で構えつつ、アリアとクリフの道を作るべく先導も兼ねて特攻するために。タクトは瓦礫となった橋を次々と跳んで渡り、二人にとって安全なルートを示す。それを理解したアリア達も続けて進んでいく。
「魔法なしでここまでの身体能力は恐れ入ったよ」
「念のためタクトにこれを渡しておくね」
アリアが空間に黒い穴を開け、手探りで何かを探し引っ張り出す。彼女がタクトに見せたのは白い粉末――パウダーが入った袋を縛ってまとめた物だ。近代魔法の源である、魔力というエネルギーを粉末状に変化させた物。イメージ一つであらゆる現象へと変化する強力な力にもなる。生と死のやり取りを好むタクトへ渡すと特に危険になるであろう技術。
「良いのか?」
「良いわ。その代わり――あれを潰しなさい」
アリアが上空で飛んでいる怪物の大群を指差すと、タクトが嘘だろと言わんばかりに苦笑いする。確かに銃では勝てないと考えてはいたが、まだ近代魔法を実戦で使った事がないため難題だった。イメージで使えるらしいが、いきなり使えと言われタクトでも困ってしまう。
「タクトが強い、勝てると思う方法で使えば良いわ。近代魔法はどんな力にもなるから。だから――自分の感覚を信じて!」
強くて勝てる力。タクトはアリアの言葉で吹っ切れた。飛んでいる相手を一掃する力のイメージ。簡単な話だ。飛んでいる相手を倒すには、こちらも飛ぶか遠距離から粉砕すれば良い。遠距離からの攻撃はかわされる可能性もあるため、タクトはまず近代魔法を飛行の方面で使いそれから倒す事にした。
進む度に空の敵が激しく鳴き始め、一斉に獲物を狙い降下してくる。タクトは向かってくる漆黒の怪鳥に向かってジャンプし、パウダーを撒くと同時に自身の周囲を守りつつ高速で上空へと跳び上がる。反発力のイメージを反映させたパウダーは鳥の群れを一気に通り過ぎ、そこから更に二つ掴みばら撒く。すると、パウダーが激しく輝く熱エネルギーへと変化し鳥を上空からまとめて焼き尽くしていく。あまりの強烈な光に地上が照らされ、雑草の生えた橋跡にも燃え広がる。
タクトは再度パウダーを撒きゆっくり地上へと帰還する。降りてみると地獄絵図の光景だ。鳥の怪物達は体が崩れてパウダーの山とクリスタルだけになり、元々崩れていた橋は紅蓮の火に焼かれ更に悪化している。
アリアとクリフは、タクトを見るなり恐怖の表情を浮かべていた。パウダーを使ったとはいえ、既存の炎の魔法とは比べ物にならない力だったからだ。イメージが強すぎる。まさかここまで強いとは思わなかった。怪物の群れを一瞬で焼き払う炎――いや、熱その物を利用したとアリアは理解する。タクトの魔法使いとしての才能は天才レベルではなくもはや天災だと考える。
「倒してきたぞ」
「タクト君。君はいったい――」
「殺し屋だ。あれ……?」
そう言いつつタクトの体が一瞬揺れてから倒れる。全身から黒い粒子を出し煙の様に漂わせており、まるで燃え尽きている風にも見える。
「参ったな、体が動かない」
「タクト!?」
アリアがタクトに駆け寄り治癒魔法をかける。白く暖かな光が身を包んでいくがそれでも立ち上がる気配はなかった。クリフも異変に気が付き魔法を重ね掛けするが効果が見られない。
おかしいとアリアは考える。近代魔法およびパウダーは、人体に取り込まない限り悪影響は出ない代物のハズだと。タクトから出るパウダーに似た黒い粒子を見ても、魔法使いという視点から魔力由来の物ではない事だけは理解出来る。何故彼が不調になったのか考えるが答えが出なかった。
「まずい、こんな所で寝てたら奴が――」
「呼んだかい?」
背後から聞こえる招かれざる客の声でアリアとクリフが恐怖で凍り付く。タクトは舌打ちしつつ体を動かそうとするがやはり無意味だ。三人の心臓の鼓動が高鳴り緊張が走る。元々気配のない追跡者がすぐ近くにいるという事実が、タクト達の脳が体感する時間をあまりにも遅く感じさせていた。
「なるほど、君の持つコードがパウダーに耐え切れずショートしたのか」
「ショートだと?」
タクトがより長く生き延びるためにローゼンバーグから言葉を聞き出そうとする。ショートという嫌な言葉を聞いたものの、未だに何もしてこない事からどうやら今すぐ始末する気はないらしい。余裕の表れなのかと考えただけで、タクトの心の中ではローゼンバーグに対する怒りが静かに再燃していく。
「君の中にあるコードが不完全だからだ。君が戦い負けたリッドのバハムートコードの毒素が少なすぎた故の現象さ。まあ、パウダーを使う事は想定範囲内だったけどね」
ローゼンバーグが悪戯っぽく笑う。全てを見越した上での行動だったという彼の言葉に対し、タクトは認めたくないと体に力を入れ立ち上がろうとする。しかし、全身がピクリとも動かない。それでも、あまりにも絶望的な現状に対しタクトは諦めようとはしなかった。
「お前は知りたいと言ったな? その果ては何だ?」
タクトがローゼンバーグに問いかけると、彼は心から哀れだと言わんばかりに嘲笑する。殺しとは無縁の科学者の考えなど理解は出来ないが、それでもタクトは一秒でも生き延びるために言葉を吐き出させたかった。答えは凡人には理解出来ない物だったらしく、ローゼンバーグは見下した笑い声を発するだけだ。
「果て? それこそ見当違いだ。私の目的はこの世の全てを解き明かす事ではないさ。探究に終焉など存在しない。人が知る事が出来る事実は偏りがあり、更に忘却や個々の価値観というつまらない物が存在する。言い換えれば、人である限り先に進む事は出来ないのさ」
「だから生命の樹を使い人である事を捨てると。ロマンチストめ」
タクトはローゼンバーグの言葉に対し嫌悪する。永遠の探究のために他者を犠牲にする事自体は、正直彼にとってどうでも良かった。やるならば勝手にやっていろとさえ思っている。
それでもあまりの狂気に対しタクトは寒気を感じている。ローゼンバーグという男が、少なくとも常人では理解しがたい思考を持っている事だけは理解出来たからだ。異常なまでの決して満たされない好奇心。言い換えれば底なしの欲望の命じるまま、あらゆる物を貪るためだけに世界を混乱させる。そんなローゼンバーグの本性にタクトは嫌悪以外に底知れない恐怖も感じていた。殺し屋やテロリスト、マフィアと出会った時とも違う感情。彼等を黒だとすればローゼンバーグは白。そもそも彼自身が悪意を全く持っていない事にタクトはようやく気が付いた。
思想はともかく、最初から行動に悪意や感情が存在しない人間が存在するのかと考える。やっている事――好奇心は彼にとって呼吸とほぼ同じ。相手は好奇心で人を殺す事が出来る。こいつだけは生かしてはいけないとタクトは本能的に理解した。
「アリア、クリフ。こいつを吹き飛ばして逃げろ」
「言い忘れていたが、私は元の世界にある本体が無事な限り何度でも復元が可能だ。おまけに、二〇年以上前から死亡扱いになっている。つまり、私は居ない人間と同じ。私を倒せる可能性はゼロだ」
「そんな――」
アリアとクリフがざわめくが、タクトは二人の不安を遮った。
「だが、物理法則は無視出来ないんだろ? ただでさえ崩れている橋から落とせば、急流で上がって来られないハズだ。お前は銃弾を受けた時に再生した。すり抜けたわけじゃない。やらなかったんじゃなく出来なかったんだ。幾らお前でも人間の姿をしている以上飛べないよな?」
タクトの言葉にローゼンバーグが感嘆する。追い詰めたつもりが、奇策を短期間で考えたという事実に彼を再評価したからだ。
窮鼠猫を噛む。かつての親友から教わった言葉が、まさか実現する日が来るとは思ってもいなかった。だから世界は面白い。ローゼンバーグはそう考えつつタクトの背中にそっと触れると、手から赤黒い粒子が出現し動けない彼の体内に侵入していく。
「何のつもりだ?」
「君の世界を見たくなっただけさ」
タクトの体が動き徐々に活動を再開する。殺そうとしていた相手に治されるという事実に対し、内心では腹立たしく感じていた。ついには自力で立ち上がれるようになると、タクトは銃を構えローゼンバーグに向けて発砲する。
「効かないと言ったハズだけどね」
ローゼンバーグの傷口から電気に似た光が出ると、撒き戻すかの様に再生していく。
「宣戦布告だ」
「タクト君……!」
「俺を治した事をいつか後悔させてやる」
タクトの宣言に、ローゼンバーグは困った表情で肩を竦めてすぐに手を前にかざす。すると目の前に空間の裂け目が出現し、大人一人が入れるサイズまで広がっていく。
「ああ、そうそう。水の島の首都は面白い事になっているから行ってみたらどうだい? もっとも、自力で辿り着けたらの話だけどね」
そう言うとローゼンバーグは裂け目に入り去っていく。彼が裂いた空間が閉じると、静寂を除けば元の橋跡へと戻った。




