File.3:邪神の伝承(13)
「ローズ支部長!?」
突如現れた助っ人の姿に、エルメスは驚きの声を上げた。
邪神と一体化したアンナを拘束する大量のバラのツタ。そのスキルの主はどうやらローズらしかった。
「ワ、私、ハ……村ヲ……ッ!!」
アンナはかなり苦しそうに声を絞り出している。身体中にツタが絡みつき、まったく身動きが取れないようだ。
「や、やれんのか――!?」
苦悶のうめき声を上げる邪神を見て、ジーンは驚きと希望の声を上げる。だが、スキルを発動しているローズ本人は首を横に振った。
「無理よ。私でも、邪神には勝てない」
「そんな……」
希望から絶望に落ちる一同だったが、ローズは小さく笑っていた。
「でも、勝つ必要はないわ」
ローズは指を鳴らし、その流れのまま逆手でアンナを指さした。
「すでに邪神は、崩壊寸前よ」
その言葉を裏付けるように、アンナはひどく悶え苦しんでいる。
「時間切れよ」
ローズがそう言うと同時に、アンナの身体を形作っていた黒いモヤが膨らみ始めた。
「ソンナ、マサカ、私ノ……邪神ノ力ガ……ッ!!」
膨張する黒いモヤ。それと同じように、アンナ自身も膨張していた。
「私ハ――ッ!!」
膨張し続けたアンナの身体は臨界点を迎え、激しい破裂音と共に弾け散った。黒いモヤは離散して、徐々に消えていく。
美しいバラに囲まれながら、アンナは消えていった。
「エルメス、無事みたいね」
ローズは堂々とした足取りでヒールを鳴らして、エルメスに歩み寄った。
「ローズ支部長、どうしてここに!?」
色々と疑問はあるが、エルメスは率直に口にした。
「どうしてって、あなたが鳩を寄越したんじゃない」
艶やかで黒い長髪をなびかせて、ローズは答える。
「じゃあまさか……支部長がギルドの応援なんですか!?」
エルメスは確かにギルドに伝書鳩を送った。手紙には試験の現状と疑惑、そして応援を頼んでいたのだが……まさかローズ本人が直々に現れるとは思ってもいなかった。
「――ったく、遅えよ」
アレスは後頭部を掻きながら、恨めしげにローズに言った。
「え? え?」
エルメスはアレスとローズを交互に見る。
「アレス、あなたもご苦労だったわね。半日くらいは店休んでもいいわよ」
「この鬼ババア……」
「は?」
ローズの威圧感に、さすがのアレスも目をそらした。
「……なんでもないで~す」
そう言って、アレスはエルメスの方を向いて肩に右手を置いた。
「邪神の力なんて、人間が長時間耐えられるもんじゃねえ。エルメスのきのこの機転があったからこそ、すぐに崩壊したんだ。助かったぜ」
エルメスの返事も待たず、言うだけ言ってアレスはスタスタとその場を後にした。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
アレスの背中に向かってエルメスが頭を下げると、アレスは背を向けたまま手を上げて応えた。
エルメスは再び、ローズに向き直る。
「アレスさんがここにいたのって……」
「私が頼んでおいたの」
やはりそうか。先ほどの二人のやり取りもそうだが、アレスが都合よくこんな森に来るなんて何かおかしいと思っていたのだ。
「もしかして、支部長はこうなることがわかってたんですか……?」
「まさか。ただ、一昨年まではEランクの昇格試験で死者なんて出たことなかったから保険としてアレスを送ったんだけど……まさかここまでの大事になるとはね。危険にさらして悪かったわ」
相変わらず凛としたローズの態度だが、見通しが甘かったことに対して多少の自責の念は芽生えているようだった。ちなみに後で聞いた話だが、アレスが遅れた理由は本当にきのこ採取で一日を費やしてしまったかららしい。何を呑気なとエルメスは思ったが、ローズが言う通りここまでの大事件になるとは思っていなかったのだからしかたない。もし本当に危険を認知していたのだったら、ギルド職員の中でも戦闘要員が送られていたはずだ。
「……でも、おかげで助かりました」
エルメスは素直に感謝を口にした。試験が行われる以上、誰かが同じ役目を担わなければならない。それがたまたま自分だったというだけだ。もっとも、自分だったが故に邪神復活の儀式を手伝ってしまったことは悔やまれるが。
「あなたたちも、ご苦労だったわね」
いつの間にかエルメスの背後で直立していたジーンとフィオネに、ローズは微笑みかけた。
ジーンとフィオネはぎこちなく微笑み頷く。高ランクの冒険者ならいざ知らず、Eランク冒険者の彼らにとってはギルドの支部長と対面することなど滅多にないことだろう。しかもあのスキルを見せられては、肩書き以上に緊張してしまうのも無理はなかった。
「あなたも適当なところで帰りなさい。あとの処理は他の人に任せればいいから」
ローズは踵を返した。
「エルメス、今回はお手柄だったわね」
背中越しにそう言い残して去っていくローズと入れ替わるように、10人ほどのギルド職員がぞろぞろと向かってきて現場の確認作業に入った。
「――はあ、疲れたあ……」
エルメスの背後にいたジーンが、ドスッと地面に座り込んだ。
「そうね……」
そう言いながら、フィオネも隣に腰を下ろした。ジーンもフィオネも、これまでの試験と寝不足、そして邪神との戦いで相当疲労が溜まっているようだ。かくいうエルメス自身も、すべてが終わった今、立ったまま寝てしまいそうなほどにどっと疲れが押し寄せている。
「俺は難しいことはよくわかんねえけどよ……変な噂だけで決めつけたりして、英雄なんかに憧れるもんじゃねえな……」
苦々しげに言葉を漏らすジーンに、エルメスはにっこりと微笑みかけた。
「今日のジーンさんは、間違いなく英雄でしたよ」
――――――――――――
「エルメスちゃん! 無事でよかったよ!」
「大変だったねえ〜」
一日休みをもらって、エルメスはギルドに出勤していた。そして着いて早々、リコとソフィーに囲まれていた。
「ご心配おかけしました」
そう言って小さくお辞儀するエルメスに、リコはペタペタと全身を触ってその無事を確認していた。
背後を通りかかったローズは、エルメスに小さく目配せしてから階上へ消えていく。
あの後、ギルドはリヴィの森に職員を派遣した。今なお森に残る邪神の残滓を完全に除去するためだ。作業の完了までは年単位の時間がかかると目されているが、もう二度と同じ悲劇を繰り返さないために、リヴィノ村と連携して地道に行っていくことになっている。のちに村には石碑が立てられ、今回犠牲になってしまったウィリアム、ユーリ、ルイと去年のカリムの名が刻まれた。そして、アンナとその両親も。
さらにジーンとフィオネは、無事Dランクに昇格した。昇格試験自体は中止という形になってしまったが、実力と実績を勘案して、という名目で支部長令が下っての昇格だ。ローズの目に留まったということだが、エルメスから見ても、彼らなら昇格に相応しい。
エルメスは遠い目を窓に向けて、風に流される木の葉を見つめた。
すべてが終わったあと、エルメスは村長と話す機会を得ていた。
「……あの伝承には続きがある」
「村長さん! 続きというと……」
エルメスが先を促すと、村長はゆっくりと口を開いて語りだした。
昔、愚かな男がいた。
過去の屈辱を今なお恨み続け、いつか晴らす日を臥薪嘗胆の心持ちで待ち続けた。
そして男は、ついに成し遂げた。
――妻に邪神を降臨させ、乗っ取られた妻を殺すことで邪神の力を手に入れたのだ。
だが男は邪神の力を制御しきれず、自ら爆ぜて消え、邪神の力は漂い続けた。
「これが、伝承の本当の内容です。男は最後、自らの欲によって身を滅ぼしたのです」
村長から伝承の意味を聞き、エルメスは以前の村長の言葉を思い出していた。「愚かな男の愚かな話」……そう言っていた。邪神の力に取り憑かれて妻諸共命を落とした男――確かに、村長の言う通りだ。最後にアンナ自身が爆散したところまで、まさに伝承をなぞらえていたということか。
「人の身で邪神の力を得るなど不可能です……この伝承は、何百年も前の事件を元にしたとされております。リヴィノ村では、何代にも渡って語り継いできました……戒めとして」
村長は表情に影を落として続ける。
「じゃが、それがアンナを苦しめてしまった。村人たちは邪神の伝承に過敏になっていて、生まれつき両手にアザを持ったあの子を邪神の子だ、呪われた子だと非難しだしました。この伝承になった男にも、同様のアザがあったと言われておりましたゆえ……その後、精神的に追い込まれたアンナの両親は一家心中を図りましたが、アンナだけが生き残ったのです」
アンナも似たようなことを言っていた。それが原因で両親を亡くし、その両親の死こそが今回の動機である、と。
「だとすると、アンナさんは伝承の結末を知らなかったのでしょうか……?」
「さあ……それは儂らにもわかりません……」
村長は首を振ったが、エルメスは知っていたはずだと思った。
初め、アンナは邪神の力を操るように使っていた。だが、最後には自身に邪神を憑依させて一体化していた。そうしてでも、たとえ最後に自分自身を壊してしまう結末になったとしても恨みを晴らしたい――そうした彼女の覚悟がなしたことではないかと思った。
「……でも戒めの伝承にしては、子どもたちは楽しそうにしていましたよね?」
リヴィノ村で見かけた子どもたちは、そんな暗い内容とは思えないほどポジティブな英雄伝承として受け取っているように見えた。
「アンナの両親が亡くなってから、解釈を改めたのです。邪神の力に魅入られぬようにと伝えられてきた伝承が、かえって不幸な子を生み出してしまった……もうそんなことを繰り返さないように、と」
「そうだったんですね……」
村長の話を聞いて、エルメスは腑に落ちることがあった。リヴィノ村での大人たちの反応だ。伝承で遊ぶ子どもたちを快く思ってなさそうだった母親たちは、アンナに対しても忌避感を抱いているようだった。そして無愛想だった宿の主人も。きっと村の大人たちは伝承の本当の意味を知っていて、アンナの生い立ちも知っていたのだろう。思えば、人口100人規模の小さな村出身のはずなのに、誰一人としてアンナと親しそうな人は見当たらなかった。
意識を現在に戻して、エルメスはそっと自身の手に視線を落とす。
アンナは事件の真実を突き止められる存在が必要だと言っていたが、はたしてそれだけだろうか? 伝承にある妻がどういった存在なのかは不明だが、少なくともエルメスには《冷視》という相手のスキルを視るスキルがある。意図的に起こされた事件の真相を突き止めるより、よほど『すべてを見透す器』という語意に適している気がした。そう考えると、このスキルの存在が少し怖くもある。
「そういえば、エルメスちゃんに荷物が届いてたよ」
リコに呼びかけられ、エルメスは反射的に振り返った。
リコは床に置いてある大きな木箱を指さしている。
「荷物? なんでしょう?」
エルメスが木箱の蓋を開けてみると、中には大量のきのこと手紙が入っていた。リヴィの森に自生していたあのきのこだ。そして手紙には、こう記されている。
食いしん坊の受付嬢へ
これ食って元気出せ
アレス
アレスなりの励ましだろうか。その気持ちは大変ありがたいのだが、
「こんなにいっぱい食べられませんよ……!」
すでに調理済みらしいきのこの山は、一体何日分か数えられないほど大量に詰まっていた。
リコとソフィーにも手伝ってもらってなんとか、エルメスは腐ってしまう前に数日ですべて食べきった。もちろん味は大変美味であったのだが……向こう一年はきのこなんて見たくもない。
お読みいただき、ありがとうございます。
冒険者ギルド受付嬢事件簿File.4は現在準備中です。




