第20話 涙の味
格納庫にキール達が帰還した時、露骨に苛立たしげな顔をした【聖女】達が彼らを出迎えた。
「よう。 お前ら、また出撃しなかったんだな?」
先に口火を切ったのは、誰よりも先に搭乗エレベーターから降りたケレミアだった。
「ガチのニートだ、ニート聖女! 働けよ!」
『ブフェッ! ニート聖女……ニート聖女ねえ……? ねえキール、童貞男とどっちが酷いのかしら?』
レベッカが吹き出した上に下品なことを言ったので、まだコックピットにいたキールは黙って操縦桿を叩いた。
「う、うるさい! 年増ババアの癖に!」
【聖女】の誰かが叫んだ。
そこでキールの考えを先に読んだかのように、レベッカが呆れた声を出す。
『……あのねえ、キール。 「俺より20歳も若い女の子をババアって呼んで良いのか?」って考え自体がセクハラよ? そもそもね、おっさんなんて女の子について考えるだけでセクハラなのよ? それをよく弁えて理解しておきなさい!
おっさんなんて吐く息吸う息の全部がクサくてキモくてセクハラなんだからね!』
「……マジで頼むからセクハラって連呼しないでくれ……」
おっさんに対して最強最悪の切り札なのである。
一方。
ケレミアは年増ババアと呼ばれて大人しくしているような殊勝な女ではない。
「おーおー、お尻の青い赤ちゃんが何か言っているな? おしめが濡れちゃったのか? べろべろばー! あばばばばばばー!」
「このクソブス! ぶっ殺してやる!」
続いてエレベーターを降りたクラウスが、青い顔をして止めに入った。
「ケ、ケレミア様!」
振り返った彼女は独眼で少年を見下ろし、その頭をぽんと撫でて告げた。
「良いんだよ、クラ坊。 私は特別教官として【聖女委員会】に招かれたんだ。 来たからにはコイツらの根性を叩き直さなきゃならない。 それについちゃ、ルリアナにだってデカい顔はさせないさ」
◆
その日の夕食。
同じ食卓を囲むシルバーにも焼き目はサクサク、中身はとろとろのミートパイのお代わりを切り分けてやりながら、キールは言った。
「なあ、マリ。 ……どうしたんだ?」
彼の娘が、戦いから帰還してからずっと様子がおかしいのだ。
今も野菜ジュースしか飲んでいない。
大好物のミートパイを作ったのに。
「……ねえ、パパ」
マリはミートパイを食べようとして、止めた。
「怖かった」
ミートパイを頬張っていたシルバーの手が止まった。
「あのね、戦わなきゃいけないって凄く焦っていたの。 戦わないと駄目だってあたしの中の何かが叫んでいたのに……いざとなったら何も出来なかった。 それでも【機鋼魔兵】に乗っている内は大丈夫だった。 多分、『ナイチンゲール』がいたからだと思う。 でも、『トワイライト』から降りた瞬間、どうしようもなく怖いって思って……」
ケレミア様は戦わない聖女はニートだって言っていたけれど、あたしもニートと変わらない。
「……マリ」
キールは、うつむいて震えだしたマリを抱きしめた。
「あんな化け物と戦わされて、怖いって思うのは当然なんだ。 パパだって最初に【機鋼魔兵】に乗って戦った時は怖いって気持ちがあった。 それで良いんだ。 恐怖が恐怖で無くなる時、人は大人になるけれど、それは子供の心を失うってことでもある……」
彼は少なくとも、たった15歳と14歳の子供に、強くなることを無理強いして自分だけ安全圏にいようとは思っていない。
「ねえ、パパ。 あたし、もう少しだけ子供でいても良いの……?」
「勿論だ。 マリは大事な大事な娘だからな。 ゆっくり大人になれば良いんだ」
その二人を見つめながら、シルバーは突然、思い出していた。
彼女を育てた【悪魔】……ユリア・バロユも、全く同じことを言っていたのを。
『貴女は私の大事な娘よ。 世界にたった一人だけの、大事な――』
――ぽろりと銀色の瞳から涙がこぼれた。
今までどんな怪我を負っても、虐められても、孤独でも一度も泣かなかったのに。
シルバーは咄嗟にミートパイを口いっぱいに頬張って噛みしめた。
とても美味しいのに、ほんのわずかにしょっぱい――。
ああ。
しょっぱい。
涙のこの味を。
わたしは、ずっと忘れてしまっていた。




