どたばた校外学習③
追いかけてくる『ジェムクロウ』に気付いたアルナは、髪飾りを制服のポケットに入れると、眠らせた『ジェムクロウ』を片手に抱えて、あわてて飛行魔法で逃げる。
(魔物を保全してるわけだから、あの『ジェムクロウ』は退治しちゃ駄目なのよね?となると、攻撃魔法は使えないか…。このまま逃げ切れたらいいけど…)
アルナは逃げながらどうしようか悩んでいると、突然頭上に水でできた大きな鳥が現れた。
水の鳥はアルナを追いかける『ジェムクロウ』達に突撃していき、『ジェムクロウ』達はおびえて逃げて行った。
(助かった!あの水の鳥の魔法は一体どこから…?)
「アルナー!大丈夫?こっちに降りといで!」
声のする方を見ると、男子生徒用のテントが設営されたエリアでルイスが手を振っていた。
「ルイス!さっきの水の鳥の魔法はルイスがだしたの?おかげて助かったわ!」
アルナは地上に降り立つとほっと息を吐いた。
「無事で良かったよ。女子のテントの方が騒がしいと思ってテントから出てきたら、空から鳥の鳴き声して見上げたら、アルナが鳥達に追いかけられててさ。びっくりしたよ」
「私、いつの間にか男子のテントのエリアまで飛んできてたのね。逃げることに必死で気がつかなかったわ」
「一体何があったの?」
「『ジェムクロウ』の群れが光り物を狙って、女子テントを襲ってるのよ。私はシェリーの髪飾りを取り返したところをまた狙われて逃げてたの」
「『ジェムクロウ』か…。保全してるから、退治できないし厄介だね。俺の魔法なら追い払うことはできるから助けにいってあげたほうがいいか」
「そうしてもらえるとありがたいかな。あ!そういえば、この子眠らせたまま連れてきちゃった!」
アルナはそう言うと、抱えた『ジェムクロウ』を地上に置き、睡眠魔法を解除した。
すると、『ジェムクロウ』が起きて大きい鳴き声をだしたかと思うと、空に飛び立っていった。
鳴き声で周囲のテントから、男子生徒が何事かとゾロゾロと出てきた。
ロナウドとリオ、ジュラルドもテントから出てくると、アルナを見つけて近づいてきた。
「アルナ嬢がなんでこんなところにいるの?ルイス、もしかして逢引?」
「ジュラルド、こんな男子テントの真ん中で逢引なんてするわけないでしょ?」
「冗談だよ。さっきの鳥の鳴き声といい、女子テントの方が騒がしいことと関係してる?」
「アルナ、もう一回説明お願いできる?」
アルナはロナウド達に事情を説明すると、ロナウド達は目を合わせ頷いた。
「事情は分かった。シェリーも心配だし、動けるメンバーで女子テントの方に助けに行ってみるよ」
「私も一緒に付いて行きます!」
アルナがロナウド達に付いて行こうとすると、ロナウドが止めた。
「ちょっと待って。アルナ嬢には他に1つお願いしたいことがあるんだけど…」
「何ですか?」
「エドガーがちょっとしんどそうでさ、テントのベットにずっと寝転んだままなんだよ。ちょっと体調診てやってくれない?」
「え?エドガーを私が?」
「ラミレス先生にお願いしようかと思ったんだけど、なんかラミレス先生とエドガー相性悪そうだからさ」
「ロナウド殿下も気が付いてたんですね…。分かりました。テントまで案内してください」
アルナはロナウドに案内されて、ロナウド達のテントの中に入った。
「僕とリオは女子テントに行ってくるから、その間エドガーをよろしくね」
「分かりました。あ、ロナウド殿下!さっき取り返したこの髪飾り、ロナウド様からシェリーに返してあげてください。その方がシェリーは喜ぶと思うので」
「これ…僕があげたやつだ。分かった。渡しておくよ」
アルナから髪飾りを受け取り、嬉しそうに微笑んだロナウドはリオと一緒にテントを出て行った。
アルナがベットの方を見ると、エドガーが寝ていた。
時折苦しげな表情をみせ、息が荒くなる様子が確認でき、ロナウドがしんどそうと言っていた意味が分かった。
(瘴気が結構な量溜まってるわ…。これは身体がつらいはずね。眠りが深そうだし、起こすのも可哀そうだからこのまま浄化しようかな)
アルナはエドガーの額に手をあてると、浄化魔法をかけた。
浄化が終わるころには、エドガーの表情も和らいでいた。
(浄化も終わったし、このまま寝かしておこう)
エドガーの額から手を離すと、はなちゃんがポケットから顔をだして、エドガーをじっと見ていた。
【このひと けがれてる のろい?】
「はなちゃんにも分かるのね。邪竜っていう魔物から呪いを受けちゃったのよ」
【このしょうき やっかい にがて】
そう言うとはなちゃんはエドガーを避けるように、アルナのポケットに顔を埋めた。
「はなちゃんも瘴気苦手なんだ。妖精はけがれを拒むって何かの文献で読んだことあるけど、本当なのね」
「...お前、さっきから誰と喋ってんの?」
「うわ!起きてたの?」
エドガーは上半身をゆっくり起こすと、目をこすった。
「お前の声で今起きたんだよ…。なんでここにいるんだよ?不法侵入か?」
「なわけないでしょ!ロナウド殿下に言われてエドガーの体調を診にきたのよ!」
「ロナウドに?そういえばロナウドとリオは?」
アルナはため息をつくと経緯をロナウドに話した。
「なるほどね。だから身体の痛みがなくなったのか」
「浄化してあげたのに、不法侵入だの言って…。本当に失礼だわ。ねえ?はなちゃん?」
「そのはなちゃんっていうのは、前言ってた妖精か?本当にここに存在すんの?お前の妄想じゃなくて?」
「…はなちゃん、エドガーに姿見せてあげてくれる?じゃないとこの人に私馬鹿にされるわ」
【いいよ アルナ まりょく ちょうだい】
そういうとはなちゃんはポケットから飛び出てアルナの指先にキスをして、呪文をつぶやいた。
すると、はなちゃんの体が一瞬光り、エドガーは驚いた表情をして、はなちゃんを見つめた。
「本当にいたんだな…。お前ってこの妖精に限らずどんな妖精でも見えたり話せるのか?」
「大抵の妖精は見えることが多いよ。というより、妖精から話しかけて来ることが多いかな?可愛いんだけど、妙なお願いしてきて大変なこともあるのよ」
「……」
「いきなり黙ってどうしたの?」
「やっぱりそうなのか…?だか決め手に欠けるし…」
顎に手をあてて俯き呟くエドガーをアルナは怪訝そうな顔で見た。
「何言ってるの?それよりなんでそんなに瘴気溜まったの?今日は魔法を使うタイミングなんて無かったから…苛立ちのせい?」
「ああ…そうだよ。お前の幼馴染が主な原因。あいつに苛ついて仕方ねえの」
「ノエルに何かされたの?内容によっては私から注意するけど…」
エドガーは呆れた表情でアルナを見てため息をついた。
「そうだよな…。がさつで鈍いお前は何にも気が付かねえよな…」
「失礼な言い方ね!苛つくなら、私があげた飴を舐めてみたら?」
「寮の部屋に忘れてきたんだよ」
「私も予備は持ってきてないしな…。何か私に出来ることで苛立ちを緩和できそうなことある?ほら、このブレザー貸してくれたお礼代わりに、何かしてあげてもいいよ」
そう言うと、アルナは袖をまくったぶかぶかのエドガーのブレザーを見せた。
エドガーはアルナをじっと見つめて考え込むと、口を開いた。
「そうだな…。1つあるけどいいのか?」
「何?内容によるけど…」
「キスマークつけさせろよ。前俺がつけたやつ、すぐに消しただろ?あれじゃあ意味ねえから消すのも禁止」
アルナは一瞬固まって顔を赤くした。
「き…却下!そんなお願いは却下よ!しかも消しちゃ駄目ってみんなに見られるじゃない!」
「見えないと、キスマークの意味ねえだろ。お礼してくれるんだろ?言ったことには責任もたないとな」
近づいてくるエドガーに慌ててアルナは立ち上がり、テントの出口に逃げようとしたが、エドガーに後ろから抱きしめられた。
アルナの肩と細い腰はエドガーに強く抱きしめられ、アルナが暴れても逃げられなかった。
「エドガー、離して!前言撤回するから!」
「駄目だ。お前隙ありすぎるから、マーキングするぐらいがちょうどいいだろ。あと、あんまり大きい声出さない方がいいんじゃねえの?ここテントだから声漏れするぞ」
耳元で囁かれ、びくりとアルナは震えて固まった。
声を誰かに聞かれるかもと思うと、アルナは変な緊張感を感じ、黙ってしまった。
エドガーはその隙にアルナの肩に顔を埋め、アルナの首元に吸い付いた。
「っ!…ひゃあ!ストップ!それ変な感じするから嫌…」
「大人しくしろよ。そうじゃないと、キスマークつけれねえだろ。仕方ねえな…」
「また暴走して…あう…!」
エドガーはまた暴れだしたアルナの耳にキスをすると、甘噛みし始め、アルナは段々と力が抜けてゆき、エドガーのされるがままになっていく。
「ひゃあ!…ん!…もうやだぁ…」
「前よりも耳弱くなってねえ?そろそろいいか…」
そういうと、エドガーは首元に唇を移動させて強く吸い付いた。
何度かピリッとした痛みを感じたアルナは顔を赤くし、でそうになった声を我慢して、エドガーを涙目で睨んだ。
エドガーはアルナの首元から顔をあげると、アルナの顔を見つめるとニヤリと笑った。
「本当にキスマークつけるなんて最低…」
「前から思ってたけど、その顔いいな…。もっと続けたいが、時間切れだな」
「…時間切れって?」
テントの外から男子生徒の足音と話声が聞こえてきた。
「いやー『ジェムクロウ』の群れってあんだけいると厄介なんだな」
「まあ、4大公爵家の子息だっけ?あの子息たちの水と風魔法すごかったよな。群れが一気に逃げていったよな」
(『ジェムクロウ』の群れ、追い払えたんだ!ロナウド殿下達もそのうちここに戻ってきそうね。どうなったか気になるし、私も早く女子テントに戻ろう)
アルナが首元に手をあてて、つけられたキスマークを消そうとすると、アルナの手はエドガーに捕まれた。
「俺の言ったこと、忘れてるだろ?そのキスマーク、あいつがいる校外学習中は絶対消すなよ。もし消したらまた捕まえてつけるから」
「なっ…さっきの本気で言ってたの?そんなの恥ずかしくて無理!」
「普通の奴はただの虫刺されって思うだけだろ。目ざといあいつなら気が付くだろうけど、それはそれで狙い通りだからな。まあ、お前がもう1回さっきのして欲しいなら、キスマーク消せば?」
そう言うとエドガーはキスマークの場所にキスを落とした。
「ひゃい!もう無理…分かったよ!消さなければいいんでしょ…。ほんと横暴すぎる…」
アルナがキスマークを消すのを諦めたのを確認してエドガーはアルナを離した。
アルナはエドガーから距離をとり、エドガーに乱された服を直した。
「浄化は終わったし、私はテントに戻るわ。はなちゃん、みんなに見えないようになってくれる?」
はなちゃんは頷くと呪文を唱え、アルナのポケットに飛び込むと、顔だけだしてポケットに収まった。
アルナはテントから出ようとテントのドアに手を掛けようとした時、思い出したように、エドガーのブレザーを脱ぐと、ブレザーをエドガーに向けて放り投げた。
エドガーはブレザーを受け取ると、顔をしかめた。
「お前、人の服投げんなよ」
「キスマークを無理矢理つけられたんだもの。これぐらいいいでしょ?じゃあね!」
アルナはそのままテントを飛び出た。
後ろからエドガーの声が聞こえた気もしたが、無視して女子テントに急いだ。
女子テントに着くと、『ジェムクロウ』の群れはいなくなっており、先生や『ルーチェの森』のガイドのチャーリーが集まっていた。
ロナウドとルイス、シェリー達が話しているところを見つけてアルナは近づいた。
「ロナウド殿下、ルイス、無事群れを追い払えたんですね!」
「まあね。追い払えたのはいいんだけど、ちょっと問題は残っててね…」
ロナウドとルイスはリナに目線を移した。
いつもポニーテールにしているリナの髪はおろされており、リナの表情は少し暗かった。
シェリーはリナを励ましているようで、何かあったのは明らかだった。
「リナ、どうしたの?何かあったの?」
「それがアルナが『ジェムクロウ』から逃げた後、みんな困ってたから、私魔法で『ジェムクロウ』の群れを追い払おうとしたんだけど、その時に私の髪飾りが盗られちゃったの。」
「ちょうどその時にロナウド様達が駆けつけてくれて、鳥の群れを追い払ってくれたのだけど、『ジェムクロウ』がそのままリナの髪飾りを持っていったのよ。リナみたいな子がまだいて、みんな気落ちしててね」
そう言うとシェリーがリナの頭を撫でた。
その時、ジュラルドとリオが空から下りてきた。
「ごめん…。盗んだものは巣に持ち帰るだろうと思って、巣を見つけるために『ジェムクロウ』の群れを追ってたんだけど、見失っちまった…。」
「ジュラルドとリオから逃げ切るってあの鳥達なかなかやるね。」
「逃げ切るというか、いきなり群れが向きを変えて俺らに突撃してきて、黒い煙を体から噴き出したんだ。煙で前が見えなくなって、急いで俺が煙を風魔法で払った時には、群れが消えててさ」
「けどさ、煙で足止めくらったのはほんの数十秒だぜ?そんな短時間であの鳥の群れがどうやって姿を消したんだ?」
ジュラルドとリオは首を傾げていると、ガイドのチャーリーが近づいてきた。
「君達、うちの『ジェムクロウ』が迷惑をかけてごめんね。少し聞きたいんだけど、君たちが『ジェムクロウ』を追いかけてくれたんだよね?巣の場所は特定できたかな?」
ジュラルドとリオが目を合わせ首を振ると、チャーリーは肩を落とした。
「君たちも無理だったか…。私達も『ジェムクロウ』の大量発生を食い止めるために、巣の場所を探してるんだけど、あいつら鳥のわりに賢くてね。黒い煙を上手く使って逃げおおせるのさ。今回盗まれた、君たち学園の生徒の私物は、ここのスタッフで巣の場所を特定して絶対取り返して見せるから、少し時間をくれるかい?」
物を盗られた生徒たちは、頷くものの気を落としていた。
結局、その場は先生と『ルーチェの森』のスタッフが場を収め、夜ご飯の時間になった。
「アルナとリナ、夜ご飯食べに行きましょう!」
「そうね…落ち込んででも仕方ないもんね!今はご飯よね。」
リナは軽く頬を叩くとシェリーの後に続いた。
「2人とも先に行っていくれる?私少しすることがあって…」
「そう?場所取っとくから、早くアルナも来るのよ」
テントから出ていく2人を見送ると、アルナは鏡の前に立ち、首元を見た。
(さっきまで『ジェムクロウ』の騒動で、みんな私の首元なんて見る余裕なかったからバレなかったけど、騒動が落ち着いた今は見られる可能性はあるのよね…。消しちゃ駄目ならこれならいいよね?)
アルナが自分の鞄から絆創膏をだし、キスマークの上に貼った。
(これは隠してるからいいでしょ!逆に目立ってる気もするけど、隠さないと私が落ち着かないのよね)
鞄を片付けようと思った時、鞄の中に青く光る『結界石』が目に入った。
(明日、魔物との戦闘訓練があるから、エドガーには今日中に『結界石』を渡しとこうと思ってたんだけど、無理やりキスマークをつけた人に渡すのはなんか腹が立つなあ…。今はできれば話したくないしな)
アルナは『結界石』を捨てたくなったが、依頼を受けた以上は渡すのが義務だと思い、『結界石』を手に取った。
(エドガーが夜ご飯を食べてる時にさっさと渡しちゃお。食事中ならそんな話をせずに済むだろうし)
アルナは『結界石』を手に持ち、テントをでた。
食事の会場に向かうと、シェリーがアルナに手を振ってきた。
「アルナ、ここの席取ってるわよー!」
「ありがとう!今行くね!」
アルナがシェリーに『結界石』を持った手で振り返した時だった。
頭上から鳥の声が聞こえたかと思うと、手元から『結界石』が消えた。
上を見上げると、『ジェムクロウ』が『結界石』をくちばしにくわえて、飛んでいく。
「またあの泥棒鳥…!その『結界石』は私が夜中に頑張って作ったんだから!絶対捕まえてやる!」
アルナは飛行魔法で『ジェムクロウ』を追いかけた。




