1-20 観測が始まる時
常夜の国の空に浮かぶ雲の中に密度が高くより真っ白な雲があった。
その雲の中に入れば視界はホワイトアウトのように方向感覚を失うほどになる。
そして雲の中に浮かぶのが砕晶ら八十八鬼衆が根城とする空中要塞であった。
空中要塞司令部。
空間母艦のブリッジのように広く開けたこの空間がこの要塞の司令部だった。
いくつものモニターがありその中で一番大きなモニターには常夜の国の全体図が映し出されており、地図上には印のつけられた場所が点在していた。
司令部の中ではモニターを見つめる砕晶と椅子に腰掛ける猪幡がいる。
扉が開くと三上が入ってきた。
「戻りました」
三上は猪幡に締め上げられた右腕を左腕で抱えながら砕晶の方へ向かう。
「造り物のわりに痛覚まであるんだな」
三上は悪びれることもない猪幡の言葉に応えなかった。
「三上、お前がやるよりも俺の方が早い。手を出せ」
砕晶が三上に近づき三上の右腕に手をかざした。
三上の右腕の肘を中心にした空間が現れて翡翠色に輝く。
逆進性空間だった。
逆進性空間はその空間が生成された時間まで空間内での時間を逆行できる。
その作用から人体や物品の回復術として使われているが、あくまでもその物質を逆進性の時間で戻せる作用であり物質が伴わなければ治すことはできない。
「またすぐに仕掛けるぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
「お前が逆進性空間を逆行させるよりも俺がやる方が早いだけだ」
「今度はどうやってあの物部を?」
猪幡が腰を持ち上げて言った。
「こいつを使ってやつをその気にさせられなかっただろ?」
「もう一人の人質がいる。そいつを使う」
「そいつはどこに?」
「地上にいる。
三上、3時間後にあの女を回収しに行くぞ」
「……わかりました」
三上の右腕に力が入るようになっていった。
「砕晶様! 空間内へ空間母艦並みの質量の突入が観測されました!」
司令部内の観測員が報告した。
「どこからだ?!」
「まだ姿が現れませんが根の堅洲国からと思われます!」
「まさか人間たちが?」
「来たところでここを捉えなければこちらが袋叩きにするまでだ。
引き続き観測。砲撃の用意をしろ!」
砕晶は横目で三上を見ると痛みが消えても表情は曇っていた。
武たちが乗る飛行艇のコックピット。
西澤が貨物室の方から戻ってきて操縦席に座った。
「報告か?」
岩本が戻ってきた西澤に聞いた。
「ええ。すみませんが」
「別にいい。それが君らの仕事だろう」
「まもなく着きます。
物部学生と来栖学生は貨物室にある装甲肉弾兵の装具を身につけて下さい」
「あれは潜入のためだったんですね」
「要塞への攻撃はすぐに始まるので要塞内は混乱状態になると思いますが、我々は着き次第司令部を目指します」
「わかりました!」
「大尉。俺が二人に着け方を教えよう」
「お願いします」
3人はコックピットを出て貨物室に行った。
貨物室には西澤が部下から受け取った装甲肉弾兵の装具がある。
「物部学生は呼び辛いから武と呼ぶぞ」
「え……、はい!」
「少佐! 自分もジョーと呼んでください!」
「ああ、わかった」
岩本が少し笑って見せると二人は少し肩の力が緩んだ。
用意された装甲肉弾兵の装具は特殊潜行班が工作活動用に用意していた模造品であったが、精巧に作られており本物そっくりだった。
「こんなに硬いからヒイロガネの刃も銃弾も防げるのか……」
「こいつらは厄介な敵だが、結局は個人差がある。
その猪幡というのはなかなか強いが」
「岩本少佐は先程顔面を攻撃していましたよね?」
「的は小さいが結局のところ装甲で覆えないからな。
だが、面金のような仕込みがあるやつは気をつけるんだ」
3人が着用し終えると西澤が入ってきた。
「まもなく到着します」
貨物室の窓は白い雲に覆われていった。
慣れたように素早く西澤は装具を身に付ける。
「黄泉軍の要塞設計の仕様から要塞の司令部への動線はおおよそ見当がつきます。
降りたら私が先頭で行きます。
後ろに物部学生、来栖学生が続いてください。
最後尾を少佐にお願いします」
「了解」
自動操縦のまま誘導された場所へ飛行艇は着陸態勢に入った。
着陸による振動の後、飛行艇は自動的に停止していく。
──武君、ジョー君……!!
「ジョー。今のは」
「瑛美ちゃんの呼びかけだ」
「イワイヌシが到着しました」
「作戦開始だな」
「ではハッチを開きます」
飛行艇のハッチが開いていく。
西澤を先頭に武たちが降りていくと要塞は慌ただしい空気だった。
空を見上げると地上で見た時よりも鮮明に反対の地表が見える。
一郎が創った世界から葦原の国を見た時と同じような景色が頭上に広がっていた。




