2-3 おのごろ島の休日
授業のない土曜日。
武、錠、赤松の三人を乗せたバスは、海岸線をなぞるように走っていた。
窓の外に広がる海は、白く反射しながら輝いている。
「いい天気いい天気!」
武の隣に座る錠が、上機嫌に言った。
案内役を務める気満々の錠は、街を紹介する情報誌を広げている。
武はその様子を見て自分も楽しくなった。
━━こうして出かけるのは、いつぶりだろう。
高天原から戻って以来、課業に加えて補習もあった。
ヤマト機関の公表。掃討作戦の後方支援。そして、一郎との戦い。
通路を挟んだ隣の席では、赤松が腕を組み、内陸側の景色を眺めている。
武の視線に気づき、赤松は歯を見せないまま笑みを返した。
「昼はスサの国の有名店に行こう!」
「そんなお店があるの?」
「そうとも! おのごろ島はいわばスサの国の出島さ」
「どんな料理?」
錠は情報誌を武に見せながら説明した。
鬼の話でも、戦いの話でもない。
ただの食べ物の話。
それが武にはどこか新鮮に思えた。
バスは車の通りが少ない海岸沿いの道路を軽やかに進み、やがて市街地へと入って行った。
整然と区画された通り。
いくつも点在する建設現場。
見慣れない装飾と白壁の建物。
「きれいだな」
武は思わず呟いた。
次に目に入ったのは、街を歩く人々だった。
袖の広い装い。
見慣れない肌の色。
東京の街とは明らかに違う。
ここは葦原の国でありながら、根の堅洲国の匂いを帯びた異国の港町のようだった。
バスが止まり、三人はロータリーに降り立った。
外から来た人々が、あちこちを見回しながら歩いている。
ヤマト機関の案内で訪れた訪問者たちだ。
まるで別世界に迷い込んだような顔をしていた。
武も同じ顔をしていないかと思い、一瞬目を強く閉じた。
「こっちだよ!」
錠が学校を案内する時と同じ調子で歩き出す。
その背中を追って歩きながら、武は思わず振り返った。
━━あれは、影康さんと同じ……。
すれ違ったのは、猫の顔をした二足歩行の人間。
獣人だった。
武は前を向き直り、もう一度目を閉じた。
錠に連れられて入った店は、情報誌にも載っていた人気店だった。
席に着くと、錠は手際よく注文する。
ほどなくして、料理が運ばれてきた。
香草と肉団子が浮かぶスープ。箸を入れると、透き通る春雨のような麺が現れた。
「さあ食べてみて」
錠に勧められ、武は口に運んだ。
「美味しい……!」
思わず声が漏れる。
「でしょ?! 美味しいんだよこれ!」
「口に合ったようだな」
赤松は安心したように言った。
三人の箸は止まずあっという間に食べ終え、店を後にした。
続いて錠が案内したのは、スイーツとコーヒーの店だった。
店内には香ばしい香りが広がっている。
砂の中に埋められたポットで、コーヒーが加熱されていた。
武がその様子を見ているうちに、錠はもう注文を終えていた。
やがて、スイーツとコーヒーが運ばれてくる。
「これもスサの国では有名なの?」
「そうさ。赤松も好きだろ」
「ああ、スサの国のお菓子で一番好きかも」
スイーツは、クレープのような薄い皮で巻かれていた。
武が食べてみると中にはココナッツの細切りなどの甘い具と黒ごまが入っていた。
「うわ、美味い!」
頭へ直に来るような美味しさに武は反射的に言った。
「そして、そのままこの砂コーヒーを飲むのさ」
錠に言われるまま武はコーヒーを口に運ぶ。
とろみのあるコーヒーは甘苦く、その濃厚さが口いっぱいに広がった。
「こんな濃いコーヒーは初めて飲んだよ。でも美味しい」
錠は自慢げな顔をした。
三人がのんびりし始めた頃、武がふと話を切り出した。
「このおのごろ島に、外部の人は入れるのかな?」
赤松が答える。
「島全体がヤマト機関の管轄扱いだから、基本的に出入りは自由じゃないな」
「俺が外の人と会う場合って、俺が外に出た方がいいかな?」
「それって武の友達?」
錠が聞いた。
武の頭には、三上と伊藤の顔が浮かんでいた。
「まあ外出許可が出ればな。ただ相変わらず世間の注目もあるし」
赤松が現実的な状況を言う。
「動画とかSNSでは、ヤマト機関や超人、鬼の話題ばっかりらしいよ。
島を出た瞬間、記者とか待ってるんじゃない?」
錠はスマホを見ながら言った。
「一度、松岡教官に相談してみたらどうだ」
「確かに!」
錠が勢いよく言う。
「松岡教官、厳しいけどちゃんと俺たちのこと考えてくれてるし!」
「わかった。そうしてみるよ」
━━俺が二人に会うことで、迷惑をかけてしまうかもしれない。
武は今でも、九鬼神に狙われている事を考えた。
武の勾玉が沈黙していることを九鬼神は知らないはずであった。
「うわ! 何これ!」
錠が突然声を上げる。
「これ異世界に行ける方法だって。こんなのデタラメじゃん!」
錠がスマホを武と赤松に差し出した。
休日を楽しむ三人の姿は、どこから見ても普通の十代の少年達だった。




