1-33 帰還 ― 第一章 完 ―
世界中の誰もが見上げていた空の景色に浮かぶ地上の様子は、
雲が空に溶けていくように、静かに消えていった。
武と一郎の戦いが終わったことが、誰の目にも明らかだった。
空間母艦タケミカヅチの艦上作戦室では、確認されていた情報が感知できなくなっていた。
野澤がディスプレイに映し出される情報を確認した。
「もう一つの葦原の国が無くなった……」
「先生! では武は!?」
錠が質問した。
「あの世界から、還って来られるかどうかです」
野澤は正確に錠に答えた。
この場にいる者たちは知っている。
この葦原の国━━世界の危機に立ち向かった勇者が誰であったのかを。
そして、その勇者の帰還を待ち望んでいる。
落ち着かない錠や赤松と対照的に、瑛美と瑛理子は目を閉じてじっと手を合わせていた。
「南婆羅軍、黄泉路へ向けて後退します!」
艦橋の観測員が報告する。
艦上作戦室内には安堵の声が溢れた。
「物部 武の生体反応を確認せよ!」
富樫の指示が響いてからそれに続いて声を出す者はいなかった。
「物部……無事なのか……?」
熱くなりやすい松岡も、静かにその姿が現れるのを待っていた。
瑛理子が、目を開いてはっきりと言った。
「還ってきたわ……!」
続いて瑛美も目を開いて安心した表情が溢れた。
二人は、外へ出る出入り口に駆け出した。
それに続いて錠と赤松、早奈美が走り出す。
松岡がそれに反応すると、冨樫と目が合って追うことをしなかった。
瑛美と瑛理子が空に飛び上がると、空の中に点が見えた。
その点は次第に大きくなってくる。
落下してくるものだった。
徐々によく見えてくると、黄褐色の外衣を身にまとっている人間だとわかった。
「武君!」
「武!!!」
瑛美と瑛理子に続いて錠が叫んだ。
二人に続いて錠たちも空へ飛び上がっていった。
「あ、あれ?
武は意識がないのか!?」
「受け止めないと!」
全身の力が抜けた武の体は、頭から真っ逆さまに落ちていく。
落下してくる武の体を、錠と赤松が急いで受け止めた。
武が意識を覚ますと、錠たち五人に抱きかかえられていた。
「み、みんな……。
それじゃあここはもう」
「そうよ。
あなたは帰って来たのよ」
「おかえりなさい、武君!」
瑛美と瑛理子の嬉し涙が瞳に溢れていた。
「武!やったね!
世界を救ったんだ!」
「すごいよ! お前は!」
「武君が世界を救ったんだよ!」
錠と赤松、
早奈美は、笑顔で武に言葉を送った。
武は帰ってこられたことを確認でき、その表情にやっと緩みが生まれた。
「……ありがとう」
空の中にいる少年少女たちには、温かな陽の光が照らされていた。
太陽さえも少年の帰還を祝福しているようだった。
艦上作戦室から見ていた影康は、号泣していた。
冨樫、野澤、松岡ら大人たちは子供たちの様子を見届け、
それぞれの役目に戻っていく。
その様子を高天原から、康彦と白狼も祝福していた。
「やってくれたな、武坊は」
「武よ。よく我の意志を受け継いでくれた」
「良かった、良かった」
「神業による危機から救われた。
これは紛れもなく、芦原の国で起こった奇跡なのだ」
空間母艦タケミカヅチの艦上作戦室が情報をリンクする先は、
新夢の島━━おのごろ島にあるヤマト機関の中央作戦室だけではなかった。
葦原の国、アララト平野━━。
以前に新夢の島━━おのごろ島で用いられていた技術によって、
外部から隠蔽された施設が、この地にも存在していた。
ヤマト機関の中央作戦室から発せられた情報は、
ここへもまた、静かに集約されていた。
宮殿のような造りをしたホールの内側には、
曲線を描く壁に沿うように、八つの席が設えられている。
その中央の席に、ひとりの男が腰を下ろしていた。
この場所でも、
葦原の国で起きた出来事のすべてが見届けられていた。
別の席から、女が男のもとへ歩み寄る。
「あの男の子はやり遂げたわね。ノア」
男は拳で頬杖をついたまま、
視線を向けることなく応えた。
「やり切るとは思っていたよ。
あの傲慢な男の子孫であり、面構えもよく似ているからな」
「一郎が託した子だものね」
「一郎の選択は、因果による結果に過ぎない」
ノアと呼ばれている男は席を立ち、
外の景色が見える位置まで歩み出た。
東の方角を見据えながら、静かに言葉を続ける。
「あの少年が、我々と相対するというのなら受けて立つまでだ。
愛とまごころの姉妹神の転生を待ちわびる原始超人──者としてな」
ノアはそう言って、視線を外へ向けた。
その先には、葦原の国の地平線が静かに広がっている。
原始超人と呼ばれる彼らが依拠する施設は、
アララト平野の奥深く、
天を衝くようにそびえ立つ高層施設だった。
幾度となく言語の誕生を観測し、
その文明の興亡を見届け、
人々が神を忘れようとも、
常にその世界を見下ろしてきた場所。
その名は、バベルの塔と呼ばれていた。
ヤマトコノカタ ― 第一章 完 ―




