1-32 全身全霊
誰もいないもう一つの葦原の国━━世界では二人の怒号が響き渡っていた。
両者は飛行状態で宙を裂くように抜け殻の東京を駆けながら莫大なククリの力を存分に使い相対する最大の敵にぶつけている。
両脚で大地を踏みしめ、高速で空を駆け、戦い絡み合う翡翠と漆黒の色は鮮やかな光線であり天空を迸る龍のように見えた。
武は一郎にめがけて何本もの稲妻を撃ち放つ。
一郎は幾つもの防御空間を創りだし稲妻を弾き、武を押しつぶすための攻撃空間を創って武を襲う。
一進一退の戦いの中で一郎はあるものを確実に意識し始めていた。
距離を詰めてから繰り出される武の手にした剣の太刀筋だった。
一郎はその一振りに次第に恐怖を覚え始めていた。
━━あれば高天原から持ち込まれた剣に違いない!
「その程度の攻撃でこのわたしを屠れると思うか!!!」
一郎は高い位置を取ってから武に怒鳴りつけた。
「何をー!!!」
武が空に向かって稲妻を撃ち放って飛び上がった。
距離を詰めてから一郎の横顔に向かって剣を打ち込んだが一郎が引き抜いた剣がそれを打ち止める。
「ぐうッ!!!」
つば競り合いを嫌った一郎が剣を弾かせる。
剣同士が離れるとすぐ一郎の右脚が武の首筋を目掛けて突っ込んできた。
武はすぐさま剣をしまって突っ込んでくる脚を両腕で掴み上げた。
「しまった!」
「掴んだぞ!」
一郎の右脚を大きく上方に振り上げてから一挙に地上に降下して一郎の体を地面に叩きつけた。
鉄くずの煙が上がり地面の下のコンクリートまで砕ける音がしたが一郎の体は健在だった。
起き上がって体制を整えた一郎が迫ってくる武の顔面に右拳を打ち込んだ。
「ぐあ!!!」
撃ち抜かれた武の顔面は崩れる事なく武はすぐに応戦した。
武は右腕から一郎の顔面に横打を打ち込み一郎の顔面を揺さぶった。
互いに剣を抜くこと無く格闘戦になった。
二人は殴る蹴るの応酬で両者の顔面が腫れることもなく骨も砕けることがなく、そして退くことなく打撃し続ける。
その打撃を打ちつけるたびに血ではなくククリの力の光が飛び散っていた。
武の突き蹴りが一郎のみぞおちを捉えて突き飛ばした。
一郎は撃力がまだ身体に残るのを悟られないようにしっかりと両足で着地した。
間合いのできた両者は相手の出かたを伺うように構える。
その一瞬の静寂を破るように武が口を開いた。
「一郎を返してもらう事はできないんですか……?」
「ならばこのまま葦原の国にこの世界をぶつけて良いか?」
一郎は質問を質問で返した。
武は答えようとしなかった。
天上の街の景色はますます迫っているように見える。
その時はもう迫っていた。
この世界ではこの二人が発する以外に音はなく、一瞬の静寂となった。
一郎は口を結んだまま笑みを浮かべて後方へ後ずさりして武との距離をとると一挙に両手を天に挙げて叫ぶ。
「滅びろ!
イザナギの人間たち!
わたしの復活のために死ね!!!」
一郎の体から漆黒のククリの力が放射される。
「待て!
やめるんだ!!!」
一郎の耳には武の声は入ってはこない。
「やめろー!!!」
武が収納空間から剣を抜くとその刃はククリの力を帯びた斬撃となって一郎の元に届くように振り抜かれた。
一郎は咄嗟に防御空間を創る。
エメラルドに光り稲光を迸りながら一郎に迫る刃は一郎の防御空間を切り裂く。
「なに!?」
一郎はその胸を横一線に切り裂かれた。
一郎の意識は飛んだ。
そしてその痛みから目を閉じてしまって両脚で立つことができなくなった。
体は前に倒れようとする。
「一郎!!!」
武は駆け出した。
武は両手で一郎のその倒れる体を支えながらゆっくりと一郎の体を仰向けに寝かせた。
「一郎!」
目を閉じていた一郎は声に反応してゆっくり目を開けた。
「……勝ったんだな、武……」
「一郎……!
一郎なのか……?」
一郎はしっかりと瞬きをした。
武の目には涙が込み上げてきた。
「よく俺の気持ちに応えてくれた」
「だけど!!!
お前がこうなってしまった!」
「九鬼神が復活した以上、俺たち原始超人の誰かはこうなったはずだ……」
地鳴りのような轟音が響き始めた。
「……もうこの世界が消えて無くなる」
「……」
武は涙を流し始めていた。
今からこの世界が消えることをわかっていた。
「武……。お前が先祖の意志を受け継ぐ事はわかった」
一郎は残された力を振り絞って話続けた。
「俺以外の原始超人は九鬼神との対決の準備を始めるだろう……。
俺は……お前の選択を支持する。
お前は自分の信じる道を行くんだ……」
「一郎……。
わかった」
一郎の顔には安堵が現れた。
「最後に頼みがある」
「……なんだ?」
「俺の体を禊してくれ」
「そんな……!」
「複製されたイザナミノミコトの魂を宿していた体だ……。
葦原の国に持ち込んだら九鬼神が何をするかわからない。
お前にやって欲しいんだ……」
武が反論することはなかった。
「……わかった」
「……頼んだぞ」
一郎は最後の力を振り絞って言った。
「来世でもまたお前の友人でありたいな……」
「……一郎」
一郎は息を引き取った。
堪えていても溢れていた武の涙は力尽きた一郎のまぶたが閉じると、どんどんと溢れてていった。
やがて一郎の体からエメラルドの雫が溢れていって武の涙と一緒に落ちていった。
この世界は創造者を失って消えていき始めていた。
世界を覆い尽くしていたククリの力の光は消えていた。
武の首に掛けられていた勾玉と携えていた剣は、翡翠色の輝きは保ちながら元の姿に戻っていた。




