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1-28 黄泉の国から来た者たち


 東京湾、新夢の島沖合──。


 雲が、海上へとなだれ落ちるように集まり、暗雲へと変じていく。

 渦を巻く雲の中心から、稲光が走り始めた。


 渦の中から、巨大な龍が姿を現す。

 その瞬間、渦へ向かって砲弾と誘導弾が一斉に降り注いだ。


 だが、龍は意にも介さず、雲の中から身を乗り出す。

 その瞳に生気はない。


 この龍と暗雲は、黄泉軍の展開する防護装置だった。


 龍の装甲の内側には、ムカデの体のように強襲揚陸艦が連結し連なっている。

 艦上には武装した鬼たちが所狭しと並び、列の中の船には、この軍勢を率いる幹部たちの本陣があった。


「この装甲があるとはいえ、転移直後に敵艦隊とぶつからないよう遅延作戦は上手くいったな。

 して、人間共はどう動いている?」


 問いかけたのは、南婆羅族の大将、南婆羅なんばら濔玄でいげんだった。


「敵艦隊は新夢の島──おのごろ島へ集結しています。

 そこで我らを迎え撃つ構えのようです」


 報告を受け、濔玄は歯を見せて笑った。


「よおおし!

 我らは天が落ちるのを待つ。

 落ちてきたなら、一斉に叩きかけるぞ!!」


「おう!!!」と幹部たちは大将の命令に力強く返事をした。


 南婆羅(なんばら)族。鬼の種族においても、一勢力をなす家系であった。

 幹部は一族の鬼たち、構成員は生命の(やしろ)で作られたクローン兵だった。


 一族の伝統と武威に揺るぎない誇りを持ち、百鬼連合国家においても最大級の軍事力を誇る勢力である。


 龍の頭上──暗雲を貫く空に、いくつもの十字の光が灯った。


 それは南婆羅族が戦場で放つ、伝統の信号であり、侵攻の象徴だった。



 その空を仰ぎながら、白い巨体が建設現場の陰に身を潜めていた。


 先日、摩鬼と共に物部武たちを襲撃した鬼──猪幡である。


「……猪幡」


 名を呼ばれ、巨体がゆっくりと振り向いた。


砕晶(くだあき)

 言われた通り来たぞ。

 ……すげえことになっちまったな」


「ああ。

 これで、この世界の人間は終わりだ。

 全部、ぶっ壊れる」


 淡々と告げる砕晶は、先ほど鬼塚一郎と共にヘリへ乗り込んでいた鬼の一人だった。


「……この前、物部武を襲って失敗したよな」


「ああ。

 篭鬼は死んだ。

 今度は摩鬼だ」


「まあ、気にするな」

 

 砕晶は肩をすくめる。


「なあ砕晶、お前はあの鬼塚一郎と一緒に行動してんたんだよな」


「ああ」


「じゃあ、あの空の世界は……」


「そう。鬼塚一郎が作った」


 即答だった。


 猪幡は息を呑む。


「……なあ。

 鬼塚一郎と人狩八十八鬼衆の関係は何なんだ?

 あのガキは、一体何者なんだ」


 砕晶は猪幡の前に歩み寄り、ゆっくりと腰を下ろした。


「猪幡。

 お前も、厄介な時に踏み込んじまったな」


 猪幡の顔が引きつる。


「……どういうことだ」


「五年前、この世界にでかい黄泉路を創ろうとした計画があっただろ。

 首謀者は篭鬼だ」


「何だと?

 南婆羅族の仕業じゃなかったのか」


「表向きはな。

 だが結局、大した黄泉路は作れず、送り込んだ島も奪われた」


 砕晶は続ける。


「それでも軍勢を送れる入り口は残った。

 だから南婆羅の連中は、資金と人材を篭鬼に差し出した」


「……それで人狩八十八鬼衆か」


「だが、裏がある。

 それを指示したのは鬼塚一郎だ」


「……は?」


 猪幡の口が開いたままになる。


「人狩八十八鬼衆は、スサへの正面侵攻のための組織じゃない。

 この葦原の国━━世界に繋がる黄泉路へ転移して活動する目的で作られた。

 お前ら百鬼連合国家はスサの人間たちとの戦争に忙しいらしいよな?」


「く、砕晶……?」


「勝手に生まれて、勝手やってる連中とは違うんだよ。

 俺たちはな」


 声が低くなる。


「南婆羅軍は囮だ。

 この世界の超人どもを、ここに釘付けにするためのな」


猪幡は、言葉を失った。


「世界が衝突したあと、生き残った人間を一人残らず殺す。

 だから“人狩”なんだ」


 砕晶は静かに言い切る。


「全部、鬼塚一郎の手の内だ」


 猪幡の顔は、みるみる青ざめていく。

 巨体が、恐怖に押し潰されるように小さく見えた。


「……待て。

 どうして俺に、こんなことを教える」


「使い道があるからだ、猪幡」


「……五年前って言ったな。

 一郎は、ただのガキだろ……。

 こんなこと、考えられるのかよ」


 砕晶は、不敵に笑う。


「頭の上にある世界を創ったのは、十六のガキだ」


 そして、付け加える。


「それにな。

 俺も、そこらの千年万年生きた連中とは違うんだよ。ガキ共が」


 砕晶は、腰を上げて体格で勝る猪幡の額を軽く小突いた。


 猪幡は、呆然としたまま顎を上げ落ちてくる空を仰いだ。

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