1-25 再会
新宿区の大久保通りを、ヤマト機関の車両の車列が走っていた。
上空には、空間母艦を主軸とする艦艇の艦隊が展開している。
ヤマト機関は、首都圏に潜伏する鬼たち──人狩八十八鬼衆の存在を確認し、
掃討作戦に決を与えるべく新宿に部隊を展開していた。
鬼たちが潜伏していたのは、工事・建設現場だった。
その現場は、大手ゼネコン・高橋組が管理する現場であり、
本作戦の目的は、高橋組の本社ビルを強襲占拠することにあった。
車列の中には学生隊の車両も含まれている。
休養を終えた武たちは、再び掃討作戦に復帰していた。
現在、学生隊の最小編成の組は五人一組。
そのため、学生隊の組においては
車両は二台編成となっている。
武の乗る一号車の車両では、
運転席に武、助手席に赤松、後部座席に早奈美が座っていた。
二号車の車両には、
運転席に瑛理子、助手席に瑛美が乗っている。
「瑛美……思い出したわ」
「どうしたの? 瑛理子」
「武君が話していた幼なじみの名前だけど……
私、根の堅洲国に行った時、
黄泉比良坂で鬼塚一郎さんに会ってる」
「え? それって昔の話?」
「ええ。たぶん十歳くらいの頃。
でも……妙に大人びていたのよ。
鬼塚さんという人は」
「瑛理子。
ずっと思い出せなかったのに、どうして今?」
「……」
瑛理子は少しの間を置いてから答えた。
「今、彼がいるんだわ。
葦原の国──この世界に」
車列が高橋組本社ビルの正面に停車する。
すでにビルでは、屋上からエントランスにかけて
空間戦闘団が突入を開始していた。
オフィスビル内に鬼が潜伏している可能性を想定し、
空間戦闘団は強襲占拠を敢行している。
後方支援として、学生隊もビル内部へと続いた。
すでに社員たちの避難誘導は始まっている。
武たちがビルのエントランスに入りその支援に加わろうとした、その瞬間だった。
視界から、人の姿がすべて消えた。
──境界線空間?!
武は即座に周囲を見渡した。
確かに人影は消えている。
だが、空気が切り替わる感覚がない。
空間そのものは、直前と何も変わっていなかった。
──境界線空間に、転移させられたのか……?
そう判断するしかなかった。
エレベーターホールの方から、視線を感じる。
武が振り向いた瞬間、息が詰まるような衝撃が走った。
エレベーターの中にいた。
鬼たちに囲まれた、鬼塚一郎が。
扉が閉まり、エレベーターは上昇を始める。
武は反射的に駆け出していたが、
本部へ無線を飛ばした。
「区隊本部へ! 物部です!
境界線空間に転移させられました!
鬼が民間人を連れてエレベーターで移動しています!
向かう先は──」
応答は、即座に返ってきた。
──追え!物部!
松岡の声だった。
━━繰り返す。本部から物部学生へ!
民間人を拉致した鬼が乗るエレベーターは
屋上へ向かっている。
奴らを追え!
意外な返答に武は驚きつつ了解した。
それにその命令は武が本能的に期待していたものだった。
だが、武の背筋に、言語化しづらい違和感が走る。
声色ではない。
言い回しでもない。
ただ、その指示は迷いがなかった。
武はエレベーターで屋上へ向かった。
一方その頃。
一階エントランスでは、武を除く組員たちが鬼の襲撃を受けていた。
火器による撃ち合い。
防御空間の展開。
学生たちは訓練の成果で応戦できていたが、
武が消失したことによる混乱があった。
赤松は無線で本部に報告する。
「区隊本部へ! 赤松です!
物部学生が消失しました!
境界線空間に転移させられた可能性があります!」
──赤松学生へ、区隊本部より!
境界線空間の現出は観測されていない!
その場で拘束された可能性はないか?!
松岡の無線が、赤松の羽張背に入る。
「そんな……!
では武は──」
赤松が無線で本部と連絡を取ろうとした、その瞬間だった。
鬼たちのさらなる猛攻が襲いかかり、赤松たちは防戦を強いられる。
そこへ、強力な攻撃空間が割り込み、鬼の群れを薙ぎ払った。
続いてロケット弾が撃ち込まれる。
爆炎は、操作されたかのように正確に鬼だけを包み込み、
赤松たちを避けるようにうずまいた。
ヤマト機関の援軍によって攻撃が畳み込まれ、
鬼たちは完全に沈黙する。
「全員、無事か!?」
「赤松!」
松岡が、そして松岡に続いて錠がその場に駆けつけた。
「隊長!
武はどこに?!」
松岡は、すぐには答えなかった。
それから瑛美と瑛理子の前に立つ。
「来栖。橘」
二人は、その呼びかけだけで察していた。
瑛理子が、静かに口を開く。
「武君は……。
葦原の国──この世界にはいません」
「橘も、同じか?」
「はい……」
瑛美は、ゆっくりと頷いた。
「具体的な場所はわかるか?」
「それが……
根の堅洲国でもありません。
おそらく、高天原でも……」
瑛理子が言葉を選びながら続ける。
「……まさか」
「いえ!」
瑛美が、はっきりと言い切った。
「黄泉の国でもありません!」
一瞬の沈黙。
「武君は……。
私たちが、今まで感じたことのない場所にいます」
その頃。
武は屋上へ到達し、ヘリポートに駆け出した。
そこには、ヘリポートいっぱいに陣取る黄泉軍の飛行艇があった。
「隊長!
拘束された民間人が運ばれたと思われる黄泉軍の機体があります!」
無線に呼びかける。
だが、返答はない。
さっきまで即座に返ってきていた声が、
痕跡もなく途絶えていた。
思わずヘリポートに足を踏み入れ、武は立ち止まった。
武の到着を見越したように黄泉軍の機体から人影が降りてくる。
まっすぐ武を見て堂々とした足取りで歩いてきた。
鬼塚一郎だった。
「一郎……なのか?」
「ようやく会えたな。
物部 武」
その直後、
武の目の前に巨大な空間が出現した。
武は咄嗟に防御空間を展開する。
圧力が、まるで違った。
押し込まれた防御空間が目前まで迫り、
武は両手で支えるが、足が滑り後退する。
「無駄だ。
お前の力では抑えられまい」
一郎の声が、冷たく響いた。
──こいつは一郎じゃない!!!
武がそう確信した瞬間、
防御空間は砕け散った。
一郎の作り出した空間が、
そのまま武を飲み込んでいった。
一郎は武を飲み込んだ空間を引き連れながら、
そのまま飛行艇に乗り込んでいった。
飛行艇の艦橋には、先ほど一郎と共にエレベーターにいた鬼たちがいた。
「本部より挺身隊へ。
目的は達成した、離脱せよ」
黄泉軍は無線の呼び出しは、先に自分を名乗り相手に呼びかける。
ヤマト機関の呼び出し要領とは逆だった。
作戦行動を慣熟していない学生の武は、
それを違和感としてしか捉えられなかった。
飛行艇から無線を送った鬼は、先ほど武に松岡に偽装して無線を送った者であった。




