1-23 稲妻返し
猪幡の背後に見える二個分隊━━二十名ほどの鬼たちが飛行状態から次々と猪幡の位置へ着地してきた。
鬼の空挺部隊がこの境界線空間へ突入してきたのだ。
猪幡は振り返ることなくそれを迎え入れる。
鬼たちの空挺部隊は武たちに向けて火器による一斉攻撃に打って出た。
空中での戦闘を得意とする空挺部隊の鬼の兵士たち。
三人は先ほど倒した並の一兵卒よりも明らかに格上の鬼であることを理解していた。
三人は防御空間を展開して攻撃を防いでいたが次の手を考えなければならない。
その時だった。
━━学生隊!! よく持ち堪えた!
三人に向かって無線が入るのと同時に風を切り裂く轟音が響いた。
超人が飛ぶ速度をも上回る誘導弾が鬼たちを襲う。
誘導弾が飛来した方向へ目を向けると新たにこの境界線空間へ突入してきた勢力が見える。
ヤマト機関の戦闘機動隊だった。
「戦闘機動隊だ!」
その援軍を確認し錠が声を上げる。
続けて誘導弾とは別軌道で鏑矢のように空へ打ち上げられた複数の物体があった。
それらが空中で炸裂すると、
「1」「一」「壱」などの文字の形をしたスモークが浮かび上がる。
「第1空間戦闘団だ…!」
赤松が視認情報を口にする。
そのスモークは空間戦闘団の識別信号であると同時にあえて敵味方双方に視認させ心理的圧迫を与えるためのものだった。
現れた戦闘機動隊の人数は八名ほど。
しかしそれを目にした鬼たちは精鋭部隊━━第1空間戦闘団の登場に明らかに狼狽える。
その戦闘機動隊を率いているのは岩本少佐だった。
「このまま突入するぞ」
岩本が隣に並ぶ副長へ指示を出す。
それを受けた副長の藤井が即座に各員へ伝達する。
「敵勢力の詳細は未判定だが、学生隊を救援する!
このまま突っ込むぞ!」
━━了解!!
各員の返答が一斉に返ってくる。
戦闘機動隊は携行火器と攻撃空間の一斉射撃を行いながら鬼たちの上空を通過した。
鬼たちはそれぞれ防御空間を展開するが、完全には防ぎきれず陣形が崩れる。
猪幡はその攻撃を防ぎながらも敵の戦闘機動隊の中に撃墜王━━岩本の姿を見つけた。
━━冗談じゃあねえ……!
「おい! 逆襲対処の空挺隊はまだ来るんだよな!?」
猪幡は手下の鬼に問いただす。
その間にも戦闘機動隊は折り返して再び攻撃を仕掛ける態勢を整えていた。
岩本は別方向から接近してくる五名ほどの鬼の空挺部隊の増援を確認する。
岩本は隊列を離れ単独でその方向へ向かった。
高く上昇し太陽を背にした位置を取る。
その位置取りを武たちが確認した次の瞬間。
稲妻のような閃光が走った。
光が通り過ぎると一鬼の鬼が空中から落下していく。
稲妻のような光は急降下する岩本だった。
岩本は急降下の勢いのまま攻撃を叩き込み瞬時に反転。
そのまま減速することなく急降下と同等の速度で急上昇する。
この反復運動は岩本自身の行動を加速させる能力で成立させていた。
標的となった鬼がその攻撃を辛うじて防いでも再び上下から襲いかかる次の一撃を防ぐことはできない。
稲妻が走るたび、また一鬼、また一鬼と撃墜されていく。
「すごい……! あれが稲妻返し!」
錠が思わず声を上げた。
「上昇が、急降下の速度と変わらない……」
武は、その異常な速度に息を呑む。
急降下と自身の加速能力を利用した一撃離脱。
そして能力を利用した急速反転からの急上昇。
この攻撃方法は岩本の能力と天才的な空戦技術によって成立していた。
岩本が加速する際に放つ光が稲妻が往復するように見えることから、
「稲妻返し」と呼ばれている。
鬼の陣形は完全に崩壊した。
その混乱の中で猪幡の姿はすでに消えていた。
鬼たちの陣形の乱れに紛れて自ら建物を破壊して作った退路を使い撤退していたのだ。
魔鬼が倒れ装甲肉弾兵━━猪幡の撤退。
勝機を見出せないことを察した鬼たちも次々と引いていく。
武たちは戦闘の収束を確認し防御空間の展開を解いた。
錠と赤松は改めて武の体の心配をする。
「おい、大丈夫か?」
「うん。
けど、二回も腹を蹴られた。痛すぎる」
「バーンって吹っ飛んでたもんね。
あれは良い蹴りだよ」
「気が飛ぶほど痛かった。
赤松の能力が羨ましくなったよ」
「はは、だろうな」
突然、全壊状態だった喫茶店が壊れる前の姿と重なるように戻っていく。
道路上には車は無いが景色の向こうで通行止めをされているのがわかる。
「境界線空間が無くなったんだ」
景色が戻っていくとあたりにはヤマト機関の者たちが周囲には大勢いた。
そして警察が設けた規制線の向こうでは現れた鬼の死体の姿に人々は驚愕している。
「あ、あれが……鬼なのか」
「会見で見た写真と、同じだ……」
ざわめきが、規制線の外からかすかに聞こえてくる。
摩鬼の骸は道路の反対側に横たわっていた。
武たちの元に空から岩本が降りてくる。
岩本は着地するとしっかり武を見て言った。
「あの鬼を倒したのは君だな?」
「はい、そうです」
「自分で倒した相手だ。
自分の手で禊を行うか?
やり方はわかるな?」
武は少しの間を置いてから答えた。
「やります」
魔鬼の亡骸へ岩本と共に向かう。
その亡骸の前に立ち武は無言のまま鬼の骸へ片手をかざした。
意識を静かに集中させていく。
すると掌から細かなエメラルド色の雫が溢れ出した。
雫は零れ落ち摩鬼の骸へと静かに降り注ぐ。
血ではない。
液体とも言い切れない淡い光を帯びた雫。
ククリの力、そのものだった。
魂を失った肉体はもはやククリの力を維持できない。
それはこの世界━━空間のつながりからの離脱を意味していた。
鬼の肉体の輪郭が次第に透けていくように見えた。
皮膚、筋肉、頭髪。
生体としての物質━━肉体を成り立たせていた要素そのものが内側からほどけるように崩れはじめる。
生体としての形。
生体としての性質。
生体としての情報。
それらが順に失われ、肉体は細かな粒子となって空気中へと拡散していった。
魂は、魂の還る場所へ行く。
肉体は、この世界の循環の一部へと還っていく。
ククリの力による禊は、破壊ではない。
穢れをククリの力へと還し、世界の循環へ戻す行為だった。
肉も骨格も失われ最後に残ったのは、身につけていた服と武器だけだった。
エメラルド色の雫も消え風だけが静かに通り抜ける。
「……終わった」
武が、小さく呟く。
高天原を後にする前タケミカヅチの屋敷を参拝した時。
あの時は、手のひらに付いた汚れや埃を穢れとして禊を行った。
今回は死体という“肉体の跡”そのものを穢れとして禊を行った。
それは戦いの延長にある行為であり岩本はそれをあえて学生である武に担わせたのだった。
「いいククリの力の制御だ」
岩本の声が背後から聞こえた。
武は振り返る。
「……敵の装具は回収して本部に提出するように」
「了解しました」
松岡などの教官と面と向かって接してきたが最前線の人間への返答は緊張があった。
ましては相手はエースの岩本であった。
岩本はしっかりと頷いてその場を後にした。
周りの鬼たちの死体の禊も他の戦闘機動隊の者たちが行っていた。
武は、手のじっと見てからしっかりと握った。




