1-10 空間
康彦による武への指導は、高天原の日没まで。
葦原の国における十日間の時間計画として行われていた。
二十四時間が経っても、太陽は頭上に留まり続ける。
それが高天原の環境である。
武は一日の指導を終えると眠りにつき、英気を養ってから、再び康彦の教えを受ける。
そんな日々が繰り返されていた。
「本日」という言葉は、この世界では正確ではない。
だが、この日に行われる指導は、空間を操ることだった。
神々が持つ能力として代表的なのが、カゴーの操作である。
世界そのものも、ひとつの巨大なカゴーだ。
かつてイザナギとイザナミが想像し、創り出した葦原の国もまた、ひとつの空間だった。
「超人が人間と決定的に違う点は、肉体の強靭さだけではない」
康彦はそう言って、胸の前で両手を向かい合わせた。
その瞬間、両手の間にエメラルド色の球体が生まれる。
「神と同じく、カゴーを操れるという点だ。
これを用いれば、お前は身を守り、黄泉軍に打ち勝つことができる」
「これが……カゴーですか?」
「いかにも」
球体は落ちることなく、康彦の胸の高さで静かに浮かんでいた。
「重力に逆らっているように見えるかもしれん。
だが、カゴーはこの世界。
このカゴーそのものに縛られない。
ここに在るのだ」
武は思わず息をのんだ。
「慣れぬうちは、こうして手を合わせて意識するとよい。
体内のククリの力を感じ、ここに空間を作ると、イメージする」
促されるまま、武も両手を構える。
康彦が作り出したカゴーを思い描く。
やがて、両手の間に小さな緑の点が生まれ、ゆっくりと膨らみ始めた。
「……できた」
「それでいい」
康彦は表情を変えぬまま、手を構えずに、もうひとつのカゴーを自身の傍に作り出した。
「超人の基本戦術は、このカゴーを用いる。
攻撃用を攻撃空間。
防御用を防衛空間という」
康彦の視線の先には、木製の的が置かれていた。
次の瞬間、カイルカゴーが輝いた。
エメラルド色の光がビームとなって放たれ、的を粉砕する。
「すごい……!」
「これがカイルカゴーだ。
充満させたククリの力を、目標へ解放する」
続いて、シャマリカゴーが的の方向へ移動する。
放たれた光は、もう一方のビームを受け止め、弾き返した。
「弾いた……!」
「これが防御だ。
攻防を自在に切り替える。
それが超人の戦い方だ」
康彦は、さらに続けた。
「だが、カゴーは戦いのためだけのものではない。
カゴーを操る力こそが、神業なのだ」
葦原の国も、ひとつのカゴーだ。
収納空間も、同じ原理に基づいている。
そして、康彦は静かに言った。
「鬼もまた、カゴーから造られた存在だ」
その言葉に、武は思わず息をのんだ。
「鬼は、イザナミノミコトの神業によって生まれた。
人間を殺すために創られた生物だ」
「……創られた?」
「最初の鬼は、黄泉の国へ去ったイザナミノミコトに仕える従者だった。
人の女性の姿をしていたとも伝えられている」
だが、と康彦は続ける。
「イザナギノミコトと決別して以降、イザナミノミコトは、人間を殺す戦力として鬼を造るようになった。
より強靭な力を求め、男性の形をした鬼も生まれた」
そして。
「根の堅洲国に、鬼を生み出す施設。
生命の社が設けられた」
イザナミノミコトのみで創られた鬼は、イザナギと共に創られた人間とは違う。
「生殖本能も、母性も持たない。
生命の社では、鬼はクローニングとして生成されていた」
「……それは、クローンの生物、ですか」
「その理解でいい」
康彦は静かに頷いた。
「イザナミノミコトは、鬼の遺伝子情報を込めたカゴーを作り、生命の社で肉体を生成し、魂の転生によって、その器に魂を宿らせた」
こうして、鬼は生まれた。
武は、あの時の光景を思い出していた。
無機質な無表情で、仲間の傷すら気に留めない鬼たち。
「鬼の兵士たちは、無機質な心しか持たなかった。
だが、人間から超人が現れるとイザナミノミコトは、超人に対抗できる強力な鬼を創り始めた」
その過程で、鬼にも個性が生まれたのだ」
篭鬼の顔が、武の脳裏に浮かんだ。
「それが……鬼の正体」
「……話が過ぎたな」
康彦は武を見据えた。
「鬼の生態について詳しいことは、稽古の後に話そう。
今は、カゴーの制御を続ける」
武は再び両手を構えた。
生まれたカゴーは、以前よりも鮮やかに輝いている。
その姿を見つめながら、武はふと思った。
まるで、小さな惑星のようだった。




