1-1 兆し
高校一年生、物部武は、
リビングのドアノブに触れる前、わずかに呼吸を整えた。
彼の周囲では妙に静電気が起きやすい。
特に金属に触れた瞬間、
指先を弾くような電撃が走ることが増えていた。
案の定だった。
ドアノブに触れた瞬間、鋭い刺激が走り、
武の手は反射的に跳ね上がる。
舌打ちをひとつして洗面所へ向かい、顔を洗う。
目覚めの電撃と冷水で、頭は嫌でも冴えた。
朝食の席には、いつも通りの光景があった。
父と母の前にはコーヒー。
武の前には紅茶。
季節に関係なく、
夏以外は必ず温かい飲み物が出るのが、
この家の決まりだった。
武は紅茶に氷を入れ、
一気に飲み干した。
変わらない朝。
だが最近は、
そこにひとつ、馴染みたくない話題が混ざる。
「観て、またこのニュースよ」
母に促され、テレビへ視線を向ける。
画面には、事件現場を中継するリポーター。
強張った表情。
落ち着かない視線。
──またか。
武は、次に出る言葉を予想していた。
「今回も、容疑者は不明です。
遺体の損壊が激しく、
人間の犯行とは考えにくい状況で──」
最近、こうした事件ばかりだった。
数日おきに起こる無差別殺人。
犯人は捕まらず、
被害者は決まって原形を留めない姿で発見される。
遺体は、真っ二つに裂かれている──
そんな噂まで広がっていた。
「最近多いわね、こういう事件。
失踪も増えてるし」
「報道されるってことは、
それだけ起きてるってことだろ」
武は淡々と答え、話題を切り上げた。
ニュースが現実味を持たない年頃のはずなのに、
なぜか胸の奥がざわつく。
理由は分かっていた。
最近、帰宅途中に、
背後から視線を感じることがある。
父がリビングに入ってくると、
事件の話題は自然と消えた。
武の通う学校は中高一貫校で、
この日は全校集会が開かれていた。
相次ぐ事件を受けての注意喚起。
体育館の床に座らされ、
長い説明を聞かされる。
武は窓際の席から、
ぼんやりと空を眺めていた。
「いろいろ大変なことになってるな」
休み時間、声をかけてきたのは同級生の三上だった。
「中等部は部活も休止らしい。
明るいうちに一斉下校だってさ」
「モノレール、混みそうだな」
「結局、一人になる瞬間はあるだろ?
だったら犯人捕まるまで休みにしてほしいよ」
「それは無理だろ」
「超人タケルはいいよな」
それは武のあだ名だった。
成績、体力、運。
何かと揃っていることを、
同級生は半ば冗談混じりにそう呼ぶ。
「そういえばさ」
三上が言いかけたところで、
女子生徒の伊藤が口を挟んだ。
「物部君、
五年前の地殻変動の事故に巻き込まれたんだよね?」
三上が顔をしかめる。
「おい、それ簡単に聞いていいことじゃ」
「いいよ」
武は静かに言った。
五年前、東京湾に突如として巨大な島が出現した。
未曾有の地殻変動。
各地で被害が出た。
その日、武は小学校の移動教室で奥多摩にいた。
バスが崩落に巻き込まれ、
炎と瓦礫に包まれた。
助かったのは、武ひとりだった。
なぜ生き残れたのか。
理由は分からない。
ただ「奇跡」だと、
そう扱われた。
「ごめん……」
「もう昔のことだから」
武はそう言って、席を立った。
次の授業へ向かう武が、
教室の照明を消そうとスイッチに手を伸ばした瞬間だった。
腕を通って、熱が走る。
──違う。
これは、いつもの静電気じゃない。
弾ける音がした。
次の瞬間、
教室中の蛍光灯が一斉に閃光を放ち、破裂する。
ガラス片が雨のように降り注ぎ、
悲鳴が上がった。
皆が身を伏せる中、
武だけが立ち尽くしていた。
直感的に、理解してしまった。
──自分が、起こしたのだ、と。




