67・ 覚めない夢
「ええ、今ここで使われている言葉の発音はイストニアのものですが、昔は違いましたから。あなたの名前はレイモンドール王朝ではこう、読みます」
男は宙に指で字を書きながら言う。
「クロードと」
そう言って話し出した男の話に、いつしか引き込まれていったのだ。
朝日が昇りきると自分が思った以上に古い建物にいることが分かってきた。
壁も石積みで部屋は驚くほど天井が高い。 床も黒曜石と大理石が模様を組むようにはめ込まれている。 縦に長く切ってある窓から朝日が長い光を部屋の奥まで通している大きな部屋。 天井にも壁に刻まれているのは何かの模様なのか、釘で引っかいて描いたような文字。 そして床の模様は円の中に複雑に外国の言葉や記号が描き込まれている。
「ここは、一体どこなんです? 魔道教に関する物は何一つとして残ってないはずですよね?」
見回したカルーディは、お茶の用意をして盆に載せて入って来た男に問う。
「いいえ、残っていますよ魔道教は」
驚くカルーディに、にっこりと男は笑いかける。
「イストニアをはじめ、この大陸で信仰されているイールアイ教ですが、さきほどのレイモンドール王朝の読み方ではイーヴァルアイと読みます。そして教祖の名前ですが」
「ドノアン……って、もしかしてそれじゃあ、話に出てきた、ダニアンって魔道師のことじゃあ」
「ええ、彼は百二十歳まで生きましたからねえ。そうそう、お祈りの最後に言う言葉の意味を知っていますか?」
噴出しそうな男を前にカルーディは厳かに答える。
「エオー ウルズ ハガル」
「意味は?」
「神の祝福あれ、そうでしょう?」
男は笑いながらカルーディを見た。
「古代レーン文字では、とっとと逃げろ、です」
「何でそんな……」
引きつるカルーディに、にっこりと笑う男はそれに答えかけたが、微かな物音にそれも中断する。
「あ、お戻りになりました。少し、失礼します」
お茶のポットもそのままに、男は嬉しそうにそそくさと部屋を出て行く。
勝手にお茶を飲んでもいいのかと聞こうにも、彼はまだ名乗ってもいないことに気づいた。
そうっと部屋を出てホールにつながる階段から下をうかがうが、朝の光もここまでは届かないのか薄暗くて入り口に立っているのが誰なのかまではわからない。
しんとした中に聞こえるのは階段を軽快に降りていく足音。
耳をすませばホールで反響して聞こえてくる声。
「お帰りなさいませ。お疲れでしょう」
「ああ、サウンティトゥーダに無理をさせてしまった。汚れてしまったから外で待たしてある。水を多めにやって休ませてやれ」
「はい」
体を手すりから乗り出すように見ると階下のホールで何かが光った。
髪が光に反射したのだと分かったのは暫くしてから。
カルーディは自分が何の中に足を踏み入れたのか、分かっていなかった。
それは、後戻りの出来ない魔術の結界の中。
何百年もの消えない夢の中……かもしれない。
――そして彼の物語がはじまるのかも――。
完
最後までお読みくださいました事、感謝します。
一応これでレイモンドール王国の話は終わりです。
旅立ったクロードの結末は外伝として出すつもりです。
ありがとうございました。
1・レイモンドール綺譚
2・レイモンドール綺譚(転成の章)・・この小説です。
3・外伝 レイモンドール綺譚(創成の章)・・レイモンドール国ができた頃の話です。
4・外伝 クロード冒険譚・・時期としては、本編の1と2の間の話です。
(一話、一話独立した話になってます。)