第十四章 初めての魔法
「それじゃあ、まずは一番簡単な魔法から始めよう」
アレフはそう言うと、右手の人差し指を静かに立てた。
「よく見ていて」
穏やかな声とともに、ゆっくりと詠唱を紡ぐ。
「――理よ」
空気がわずかに震えた気がした。
「――我が道を照らせ」
フィオナには何が起きているのか分からない。
だが、アレフの指先へ、何か見えないものが集まっていくような感覚だけはあった。
「――集光せよ」
その瞬間。
ぽっ。
人差し指の先に、小さな光が灯った。
ろうそくほどもない、指先ほどの淡い光。
しかし、それだけで周囲は優しく照らされる。
「わぁ……」
フィオナは思わず息を呑んだ。
「これが《篝火》だ。一般魔法だから、誰でも習得できる」
アレフは微笑みながら光を消した。
「さあ、次は君の番だ」
「……はい!」
胸が高鳴る。
魔法。
自分も使えるかもしれない。
その期待だけで胸がいっぱいだった。
フィオナはアレフと同じように人差し指を立てる。
深く息を吸い、詠唱を始めた。
「――理よ」
緊張で喉が少し震える。
「――我が道を照らせ」
(間違えちゃだめ……)
(ちゃんと言わないと……)
「――集光せよ」
静寂。
何も起こらない。
指先には何も灯らず、部屋には沈黙だけが流れた。
「……できませんでした」
肩を落とすフィオナ。
しかしアレフは責めることなく、小さく頷いた。
「フィオナ」
「はい」
「今、何を考えていた?」
「えっと……」
少し考え、素直に答える。
「詠唱を間違えないようにって、そればかり考えていました」
「なるほど」
アレフは優しく笑う。
「それが原因だ」
「え?」
「魔法は言葉だけでは発動しない。詠唱は魔法を形作るための手助けに過ぎないんだ」
そう言って、自分の胸に手を当てた。
「大切なのは、自分の中の魔素と、この世界に満ちる魔素を感じること。そして、その二つを調和させることなんだ」
「調和……」
「最初は難しい。でも焦る必要はない。言葉ではなく、流れを感じるんだ」
フィオナは目を閉じる。
呼吸を整える。
さっきのように言葉だけを追わない。
静かに、自分の中へ意識を向ける。
そして周囲へ。
何かが、ある。
暖かくも冷たくもない、不思議な存在。
それが自分の近くを漂っている気がした。
「そのままでいい」
アレフの声が聞こえる。
「ゆっくり詠唱してごらん」
フィオナは目を開いた。
「――理よ」
今度は焦らない。
「――我が道を照らせ」
言葉に合わせるように、見えない何かを指先へ集める。
「――集光せよ」
……ぽっ。
一瞬だけ。
小さな光が灯った。
しかし次の瞬間には消えてしまう。
「あ……」
悔しそうにフィオナが声を漏らす。
だがアレフは穏やかに笑った。
「今のは良かった」
「え?」
「ちゃんと魔素を集められていた。あと少しだったよ」
その一言だけで、胸が熱くなる。
「もう一度、やってみます!」
自然と言葉が出た。
アレフは静かに頷く。
「うん。今度はきっとできる」
フィオナはもう一度、人差し指を立てた。
呼吸を整える。
世界を感じる。
自分を感じる。
そして二つを重ね合わせる。
「――理よ」
魔素が流れる。
「――我が道を照らせ」
指先へ集まっていく。
「――集光せよ」
ぽっ。
今度は消えなかった。
指先に、小さな光が静かに灯る。
部屋を優しく照らす淡い輝き。
「……できた」
信じられないように呟く。
アレフは満足そうに微笑んだ。
「おめでとう、フィオナ」
その言葉に、フィオナは顔を上げる。
「それが、君が初めて使った魔法だ」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
誰かに認められた。
褒められた。
それだけのことが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。
「今日は、この調子で一般魔法をもう少し覚えていこう」
アレフは本を閉じながら続ける。
「基本の一般魔法を使えるようになったら、明日は君の属性適性を調べよう」
「属性……?」
聞き慣れない言葉に、フィオナは首をかしげる。
アレフは少しだけ意味深に笑った。
「それは明日のお楽しみだ」
フィオナは返事をする代わりに、自分の指先へ視線を落とした。
そこには、小さな光が今も静かに揺れている。
初めて自分の力で灯した、小さな光。
まるで宝物を見つけた子どものように、フィオナは嬉しそうに、その光をいつまでも見つめていた。




