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第六章 一歩の勇気


 夜の街に雨の名残が漂い、街灯が濡れた石畳を柔らかく照らしていた。

ライブ後の余韻を胸に、サチは少しずつ歩を進める。

胸の奥で、まだ彼の笑顔やギターの旋律が温かく鳴り続けている。


 「……声をかけたい」


 小さくつぶやく。心臓は早鐘のように打ち、手はほんの少し震えていた。

でも、遠くで仲間たちと楽しそうに話す彼を見て、サチは決意する。


 「今なら……きっと大丈夫」


 人混みをかき分け、ステージ脇の彼に向かって一歩ずつ近づく。

仲間たちと笑い合う彼の姿は眩しくて、足が止まりそうになるけれど、サチは視線を逸らさなかった。


 「……あの、今日のライブ、とてもよかったです」


 声は小さく震えたけれど、彼はふと立ち止まり、振り向く。

その瞳にサチを見つけると、すっと微笑んでくれた。


 「ありがとう。来てくれたんだね」


 その一言で、サチの胸は甘く高鳴る。

ただの観客として来ただけの自分を、彼は特別に認めてくれた気がした。


 「もっと……聴きたくて」


 少し勇気を振り絞って言うと、彼はにっこり笑い、近くのベンチに誘うように手を動かした。

その仕草に、サチは自然と頬を赤くする。


 ベンチに座り、二人だけの静かな時間。そして彼は持っていたギターでサチだけの為に音の旋律を奏で始めた。


 「そういえば、まだ名前ちゃんと聞いてなかったね」

 「私、五十谷幸いそたにさちサチって呼んで下さい」

 青年は目を瞬かせ、照れたように笑った。

「……あ、そうか。俺、宮村浩司みやむらひろじ


「ひろし? ひろじ?」


「ひろじ、だよ」


 その響きを口の中で転がすように、サチはふっと笑った。

「じゃあ……ひろくん、って呼んでいい?」


 青年は一瞬きょとんとしたあと、頬を赤らめ、照れくさそうにうなずいた。

「……うん」


 ライブの興奮も少しずつ落ち着き、雨の残る夜風が二人を包み込む。

言葉は少ないけれど、目と目のやり取りだけで、心の距離は確かに縮まっていた。


 ――やっと、少しだけ、彼に近づけた。


 サチの胸には、甘くて温かい余韻が広がる。

そして、これからの二人の時間に、どんな音楽が重なっていくのか。

静かに期待を膨らませながら、サチは小さく笑った

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