第五章 遠くからの眼差し
ライブが終わり、熱気を残したままのライブハウス。
観客たちは余韻に浸りながら出口へと向かい、会場のざわめきは少しずつ落ち着いていく。サチもその流れに身を任せながら、胸の奥でまだ響いている音を抱きしめていた。
――夢を見ているみたいだった。
あの人がこんなにも輝いているなんて。
出口へ向かう途中、ふと視線の先に彼の姿が見えた。
ステージ衣装のまま、仲間たちと肩を並べて笑っている。
ステージ上で見せた真剣な眼差しとは違い、無邪気に笑うその横顔は年相応の青年で、どこか幼さすら残していた。
「今日のギター、最高だったよ!」
「いやいや、ドラムが引っ張ってくれたんだろ」
仲間と冗談を交わし合い、ハイタッチする彼の姿。
隣では、バンド仲間の一人が肩を組み、冗談まじりに笑いながら彼をからかっていた。
サチの胸は甘く揺れ、視線を外すことができなかった。
――こんな顔もするんだ。
その笑顔は、観客に向けたものでも、ステージに立つ時のものでもない。
心を許した仲間だけに見せる表情。
その姿を遠くから眺めながら、サチはそっと胸の奥にしまい込む。
その瞬間、背後で小さな声が聞こえた。
「サチ、大丈夫?楽しめてる?」
振り返ると、学校の友達が心配そうに肩を寄せている。
彼女の存在に、サチは少しだけ安心しながらも、視線はすぐに彼へ戻る。
近づいて声をかけたい気持ちはあった。
けれど、今この瞬間は彼の世界を壊したくない。
だからただ、少し離れた場所から見つめるだけで満足だった。
さらに視界の隅には、CDショップで見かけた店長の姿もあった。小さく手を振りながら、「また来てね」と声をかけてくる。
その声に、サチは胸の奥でくすぐったいような温かさを感じた。
外に出ると、夜の街に雨の匂いがまだ残っていた。
街灯が濡れた石畳に映り、きらきらと揺れている。
サチの胸の奥には、ライブの音と彼の笑顔がまだ温かく灯っていた。
――また会いたい。
その想いだけが、静かに膨らんでいった。




