ゆとりディストピア
D太は平成生まれのゆとり世代だった。体育の授業も順番がつかない。みんな手を繋いでゴール。学芸会も主役がいない。モブも一瞬出てくるお爺さんもお婆さんも「みんな違ってみんないい。全員主役」という設定で行われた。
人類みな平等。差別は良くない。好きな事をしていれば成功する。音楽や美術の時間も長くやらされた。
そんなユートピアなような教育を受けたD太は社会人一年目で早々と挫折した。営業職についたが、熾烈な競争があり、ランキングがつけられ、中には不正しながら出世争いを勝ち抜くものもいて、弱肉強食。コネも幅をきかせていて、ゆとり教育のように全然平等じゃない。
南国から冷たい北国に突然やってきたような状態だった。いや、正確にいえば元々北国に住んでいるのに、暖房ガンガンつけた個室に隔離され、現実が見えないようにされていた。大人になった途端に突然暖房が切られ、過酷な現実を目の当たりにさせられたという。
実際、医者にも適応障害と診断名をつけられたD太は、仕事も退職し、好きな事で生きていこうと決めた。また個室に逃げて暖房ガンガンつけようと試みたのだ。幼い頃からの教育の刷り込みは深刻のようで、なかなか消せなかったのだ。
売れないミュージシャンと彼女のヒモになりながら、どうにか生活していた。彼女との結婚話もでているが、おそらく専業主夫になるだろう。うっかり妊娠もさせてしまったし、結局D太の予想通りになった。
今や毎日家事や育児に追われ、売れないミュージシャンすら続けられていない。
赤ん坊のおむつを替えながら、育児ノイローゼになりそうだが、仕事をしている時のように北風にあたるよりマシだ。ぬるま湯に浸かったような日常を送りながら、こんな生活も悪くはないと思い込もう。決して順位もつかないし、誰もが平等だと思い込もう。
それでも子供には北国の冷たさをきちんと教えるつもりだ。この土地は、弱肉強食。いつか暖房も切られて、厳しい世界で生きていかなければならないと。きっとその方が子供も幸せになれそうだから。
可愛い子には旅をさせろという事か。甘さや優しさも時には、毒になるのかもしれない。D太が洗脳されたこの世代のように。
「はいはい、ミルクでちゅねー! いないないバァ!」
子供が泣き始めたので、D太は急いでミルクを与えていた。




