ピグマリオン
ピグマリオンというギリシャ神話がある。王様は自ら作った彫刻に恋をしてしまう。いつしか彫刻が本物の人間になるように祈っていたら、本当に女神が願いを聞いてくれたという神話だ。
心理学用語にもピグマリオン効果というものがあり、耳にした事がある者も多いだろう。
Mは、最近ピグマリオンの神話が気になってしかたなかった。
2028年、恋愛に忌避感を持つ若者が急増した。元々娯楽や推し文化、あるいは低賃金労働により恋愛自体がオワコンになっていたが、ますますその傾向になった。女なんてコスパ悪い。男なんて奢ってくれないケチ。男女の分断は酷いものとなっていた。
Mは独身男性だったが、女なんてやっぱりコスパが悪いと思う。アプリで知り合って奢ってやっても、ブスっと能面顔。恋活してきたが、早々と挫折したMは、恋愛ロボット・レンコちゃんを購入する事に決めた。
これはAIが搭載されたロボットで、容姿も好みのものを選べた。
確かに喋らない。感情もないロボットだったが、Mの好みの黒髪清楚系のレンコちゃんを選び、一緒に生活するうちに、「本当に人間になって欲しい」と思うようになっていた。
ボタンひとつで掃除をしてくれる。料理も作ってくれる。風邪の時は看病してくれる。所詮、相手は感情のないロボット。自分の都合の良いように動かしていたら、欲が出てきた。肌に触れたい。話したい。添い寝以上のことをやってみたい。
レンコちゃんはMにとって理想だ。奢れって言わないし、気が強い事も言わない。体調不良があったりワガママも言わない。このままで人間の肉体をもったら、完璧では?
そんな事を考えている時だった。レンコちゃんが何か話しているような声が聞こえた。
相変わらず姿形はいつも通りのレンコちゃんだが、耳には彼女の声が聞こえる?
理想通りの可愛い声だったが。
『私、Mくんといっぱいお話しをしたいな』
しかも、レンコちゃんはMに好意的だった。よく分からないが、頭から聞こえる声で会話ができるっぽい。
ロボットのレンコちゃんは、ピグマリオンのように会話はできなかったが、これで十分。Mはレンコちゃんとの会話を楽しんでいた。
「上司がムカつくやつでさ」
『わかります! Mくんが全部正しいのに!』
レンコちゃんは、決してMの愚痴にも否定的な事を言わない。全肯定。気持ち良すぎるのだが。
そんなレンコちゃんとの会話を他の新フェスいたが、Mは営業成績で最下位をとってしまった。酒を飲んでも癒やされず、思わず「死にたい」とレンコちゃんの前で呟いてしまった。
『わかりました。死んでください』
「は?」
『私はMくんの事は決して否定しません。死んでください。お望み通り死ね!』
Mは薬を大量摂取し、命を捨てた。あれだけ肯定してくれたレンコちゃん。一緒にいて楽しかった。コスパも良かったが、愛していたのは、自分自身だったのかもしれない。死ぬ直前にようやく気づいたが、もう手遅れだった。
「げー、恋愛ロボットの処理とかやりたくないんだけど」
Mの葬儀が終わった後、妹が部屋の片付けをやっていた。両親も高齢だし、妹にその役目が押し付けられた結果だが、兄の部屋にレンコちゃんが残されていて、不気味だ。
服も髪も、綺麗に扱っていた形跡があり、Mは本当の恋人代わりにしていたのだろう。モテない男性の最終形態を見てしまった事に身体が震えてきた。自己愛の強さしか感じない。色々と理由をつけていたが、Mがモテない理由は自己愛のせいだろうと思う。
「はあ、人間にとって都合のいい異性なんて何処にもいないのにね。このレンコちゃん、どうやって処分しよう? 迂闊に捨てたら呪われそうだし、お祓いでもしてもらった方がいい? これって呪物っぽいよな……」
困っている妹の側で、レンコちゃんは相変わらず微動だにもせず、感情のない表情を浮かべていた。




