ビーガン女優、肉を食う
汁だくのご飯に、しっとりと柔らかな肉。三種類にチーズの表面は半分溶けかけていたが、真ん中に温泉玉子を落とす。
プルプルな温泉玉子とチーズ牛丼の相性は最高だった。
「あぁ、チーズ牛丼最高!」
私、櫻井美咲は女優。CMやドラマ出演も絶えない女優だが、こうして深夜の牛丼屋でチーズ牛丼を食べるのは、至福だ。
「美味しい。やっぱり肉は最高!」
正直、体重が少しでも太ると事務所の人に怒られるので、こんな夜食は厳禁なわけだが、やめられない。
それに私はナチュラルなビーガン女優として売っていた。肉も卵もチーズも食べず、野菜と果物で生活するヘルシーなキャラで売っていたが、全部嘘だった。
事務所の人に言われて、そんなキャラクターを作っていただけ。なんでも事務所社長と大豆ミートメーカーが懇意だとか。他にも色々思惑があるらしい。
昆虫食を押している女優仲間もいたが、プライベートでは「あんなもん絶対食べないから!」と言っていた。
精神疾患を公表した俳優仲間もいたが、あれも事務所に命令されたから。本人のキャラクターは図太い神経で、とてもメンタルを病むタイプではない。
癌を公表した先輩女優もいたが、これも事務所から命令されたからだろう。だいたい先輩はフツーに元気だったし、病気になったなんて公表したら一般的に仕事に影響がある。オファーが来ないリスクだってあるのに、なぜ公表するか? さあ、みんなで考えてみよう。
一つヒント。女優も俳優もモデルもアナウンサーもアイドルもみんな嘘つき。画像も全部修正しているし、SNSも事務所の人間が運営している。「クリスマスは歯医者に行きます☆」なんていうアイドルも全部嘘だからね?
「ああ、肉美味しい。チーズ牛丼素晴らしい」
そんな事を考えながら食べている時、シャッター音がした。
しまった!
記者に撮られたっぽい。追いかけようとしたが、相手は足が早く無理だった。
「ビーガン女優、実は肉食だった」という記事が出るかもしれない。まあ、いいか。たまにはガス抜きもいいだろう。
どうせ私のいる世界は全部嘘でできている。会見でも開いて涙の一つも見せれば視聴者も騙されるだろう。事務所がうまく政治力を発揮し、もみ消せる可能性だって高い。写真を撮られても蚊に刺されたようなもの。
私は再びチーズ牛丼を食べ続ける。嘘で出来たこの世界でも、この味だけはリアリ流であって欲しいと願いながら、強く噛み続けるのだった。