子は親を選べない
U子は親ガチャを失敗してしまったらしい。母親はスピリチュアルに傾倒し、占いで何でも決める。U子の進学先も勝手に決められそうになり、今度担任と面談する事になった。
一方、父親は陰謀論に傾倒。「目覚めた」と言っているが、ネットの情報を検索しているだけ。浅い厨二病知識を娘のU子にも披露してきて困ったものだ。
親ガチャ大失敗。クラスの友達は、こんな親はいない。大学も奨学金なしで行けるものが多く、この差って何?
参考書を買うために、書店に向かったが、目立つところにスピリチュアルコーヒーもある。「子供が親を選んで生まれてきた」というスピリチュアル風の絵本があり、ズタボロに引き裂いてやりたくなる。
こんな戯言は、育児ノイローゼにかかった母親ぐらいにしか効果はないだろう。あるいは親ガチャ成功者。著者はU子のような親ガチャ失敗者や虐待、貧困、ネグレクト、毒親、教育ママ、宗教二世の子供やヤングケアラーにも読ませて貰いたいものだ。きっと誰もがこの絵本を破り、踏みつけるだろう。焚書にしたいぐらいだ。
親は子供を選べない。古くからある日本の言葉だが、全くその通りだ。こんな苦しみまで自分で選んだ自己責任にされたら堪らないものだ。何か運命とか神様とか、そういった見えない存在を甘い言葉で歪めて隠蔽しているような気もする。それに生まれつきの事を自分で選んできた設定にしてしまえば人種差別なども正当化できる。弱者も助けなくていいし、全部が自業自得の因果応報で自己責任にもなってしまう。インドのカースト制度等も弱者は泣き寝入りする事も多かったらしい。
ただ、こんな絵本を眺めがら思う。確かに親は選べないが、その後の人生は全部レールの上というわけでもない。少しぐらいは選べる余地はある。
このままずっと親ガチャを嘆き、親を憎む人生か。
それとも、この経験を活かす人生か。U子のような育ちだからこそ、同じような子供の支援や励ましも出来るかもしれない。これは親ガチャ成功者には絶対に出来ない事だ。U子の担任も毒親育ちだが、いつも親身になって話を聞いてくれる事を思い出す。
「そうか、私でもできる事があるかもしれない……」
U子はもう親ガチャを嘆くのは辞めた。嘆いていても仕方ない。所詮、子は親を選べない。とりあえず今はちゃんと勉強して、進学しよう。そうすれば少しは、未来への選択肢も増えるかもしれない。




