甘い言葉を捨てる
どうも最近鬱っぽい。変な幻聴も聞こえるし、J子はメンタルクリニックへ予約を入れた。
しかし予約がいっぱいで半年先。困ったが、仕方ない。
それにしても。
ネットには精神疾患は絶対治らない不治の病ともある。一方で鬱は風邪ともある。
インフルエンサーは「鬱は甘えという奴は差別主義者。真面目な人がなるんです!」と言っていたが、J子は特に真面目でもない。というか、真面目に見せるのが上手いだけ。外見を地味にし、上司や親の言うことは深く考えずにYESというタイプ。これって本当に真面目なのか?
J子はネットの情報を見るのをやめ、今までの人生を考えていた。
確かに成績も優秀だった。事務の仕事も上司の言う事をきちんと守り、大きなミスもしていない。
でも、これって本当に真面目か? 言われた事を鵜呑みにして、何も考えずに生きていただけではないか?
人は特に特徴のない地味な人間を、真面目とか繊細とか、責任感があるという。ブスとか根暗そうとか本音は言えやしない。本音と建前というものだ。
インフルエンサーのいう「鬱は甘えという奴は差別主義者。真面目な人がなるんです!」という言葉は大変バズっていたが、綺麗な建前だったのかもしれない。今はこういう綺麗で甘い言葉の方が愛されるのか。嫌な時代だ。
ぐるりと自分の部屋の様子も見回す。最近、掃除をサボっていたので、散らかり始めていた。これの何処が真面目なのか? むしろ怠惰な方ではないか?
日本人も真面目と言われているが、駅前にパチンコ屋があり、宝くじ売り場に長蛇の列ができる。楽して痩せるダイエット本、数週間で話せるという英会話教室も人気だったりする。江戸時代は日本人ものんびり暮らしていたという見方もある。本当に真面目なのかは疑問だ。
「こんなインフレエンサーの甘い言葉に騙されちゃダメじゃん。こんな言葉を鵜呑みにする事こそ、不真面目な人間じゃんか……」
J子はとりあえず掃除を始めた。ダイエットや英会話など挫折していた事も復活させていた。仕事も愚痴や文句を言わず、疑問点はちゃんとその場で上司に報告した。運動や食事にも気を使うようにしていた。一発逆転狙って神社に願掛けするのをやめた。占いを見るのも辞めた。宝くじを買うのも辞めた。インフルエンサーの甘い言葉も全部捨てた。
そうしているうちに、鬱っぽい症状も不思議と消えていた。いつの間にか、周囲から本当に真面目でコツコツ頑張れる人という評価にも変わっていて、驚く。
メンタルクリニックに入れていた予約もすっかり忘れた。もう二度と行く事もないだろう。本当の真面目に生きる事は、さほど悪く事でもないかもしれない。




