転と結
”信頼ほど有益で薄っぺらい物はない”
「とりあえず、良かった。」
その言葉に紺木梗の瞳が一度、大きく開かれる。
月の光に照らされたことにより、彼女の穢れの無い純白さはより一層美しさを増している。
しかし、それもつかの間。
はっ、とローブを深くかぶって顔を隠してしまう。
その行為に少し、残念な思いを抱きながらも、それでいいと心に叱咤を掛ける。
レイの行動の根底にあるのは、死に飾られた結末。
――自分が犯した罪を忘れるな。
「大丈夫だ。俺が面倒ごとは全部片づけてくるからよ。」
引きずる思いを断ち切るように彼女に背を向ける。
「待って、」
縛り付けられるような感覚に襲われて、表情が強張る。
歯を噛みしめてその衝動に耐える。
――逃げたい。
正直な心の気持ちがレイにそう認識させられる。
あの恐ろしい死神、アズ・ギフトから何もかも投げやって逃げ出したい。
しかし、それは“詰み直し”が許してはくれない。
どこまでも中途半端。
既に逃げられない所に居るのに。
一体、決意を幾つ固めればいいというのか。
「ねえ、」
服が軽く引っ張られる。
「貴方は何で辛そうなの?」
その感覚に思わず振り向く。
そこには真っすぐにレイを見つめる彼女が居た。
「どういう、意味……」
「あら、幸運。今日は巡りがいい日ね。」
タイミング最悪。
返事をそっちのけにして振り返る。
声の主が身に着けている黒のドレスは薄暗い夜道では途方も無く気味が悪い。
まるで避ける事の出来ない運命のようにその声は妖艶に告げる。
「高原の悪魔、貴方の命を頂戴するわ。」
今回、レイの犯したペナルティによって“詰み直し”された世界は僅かに時を早め、
そのわずかな狂いが、想定などできようがない今へと導いた。
レイとあの子、そしてアズ・ギフト。
この時間軸の攻略のカギを握る三人が今、一堂に会した。
「おいおい、大量殺戮犯のアンタがこの子に何の用だよ。」
レイは腕を広げて彼女を背後へと匿う。
その様子をアズは何も思っていない、むしろ興味深いといった表情だ。
「ふふ、お兄さんまるで私の事知ってるかのような口ぶりね?」
「知ってるぜ、何せ殺されたからな。」
首元を摩りながら噴き出す冷や汗を無視して強がった。
「違う、間違いね。」
「そうだろうな。」
暫く記憶を漁るように頭を働かせると、レイに向って知らないと告げる。
それもそのはず、“詰み直し”に起った事は全てレイだけが知っている。
「で、お兄さんは私の味方なのかしら?それとも敵?」
右手から交互に手のひらをてこのように上に向け、笑みを浮かべる。
その答え如何でどちらにでも転ぶ。そんな問い。
片方は死で間違いない。
「この子をむざむざと殺させるわけにはいかないからな。」
「敵だよ。」
思いっ切り目つきを悪くし、人差指で後者を指さした。
「、残念。でもまあ。」
アズはそう言いながら左手をゆっくりと下した。
それに従ってドレスの裾から、何かが手の平に滑り落ちるように握られる。
――毒!
三度目にその内用液をぶちまけられ、地獄のような痛みに襲われたそれを
忘れられるはずがない。
すんなり殺してくれない辺りがこの毒の胸糞悪いセールスポイント。
背後にいるこの子が居なければ間違いなく死んでいた。
「どちらにしろ、生かして返すつもりはなかったんだけど。」
アズはそう言うと体を回転させるようにそれを投擲。
相変らずコントロールは完璧、なおかつ速い。
決断を渋っている暇はない。
ここで死んだとしてもペナルティを食らうだけ。
「迷ってんじゃねえ!!」
自分を叱咤し、迫る毒瓶をその身で防ごうと手を広げ、目を瞑る。
「終わりよ。」
その痛みを知っているレイにとっては死刑宣告と相違ない。
――??
しかし、いつまでたっても焼けただれるような痛みは感じない。
恐る恐る、薄目を開けて前を見ると目の前に毒瓶が。
レイを襲うはずだった毒瓶は、青みを帯びた壁に阻まれていた。
「うおっ、これって、魔法ってやつか?」
寸での所で留められた毒瓶に驚いていると後方から声がする。
「そんないかにもってもの、落とさせるわけないでしょ。」
目の前で起こった事をレイは何度も目を擦って確かめる。
レイにその内用液をぶちまけ、灼熱の地獄を振り撒くはずだった毒瓶はゆっくりと
青い壁を伝うようにして地面にゆっくりと落ちた。
「水?」
レイは地面に落ちた毒瓶を恐る恐る指でつまんで持ち上げる。
指に伝う流動的な感覚、間違いなく水だ。
「それ、割れないように持ってて。」
その声に視線を上げると、優しく微笑む彼女が。
一瞬、氷漬けになったかのような感覚に襲われるが、それどころではない。
頭を横に強く降ってその感覚を払拭する。
「ダメだ!あいつは強い、それもえげつないくらいに!!何に例えれば……、えっと、そう!腹空かした猛獣に生身で突っ込むくらいヤバい。」
頭の整理がつかないまま、レイは彼女の背に縋りつくように言葉を並べる。
「でも、見逃してはくれないみたいよ?」
彼女のそんな言葉にレイは余裕綽綽でこちらを傍観するアズをに視線をよこした。
そうだ、と言わんばかりに一度笑みを浮かべる。
「で、でも、逃げなきゃ。逃げに徹すれば何とか……さっきの青い壁、それ使って攻撃を防ぎつつ、ってのは悪くない考えだと思うんだが、」
焦りが、レイを覆っていく。
どうにかして、上手く、上手にこの場を凌がなければ。
「大丈夫。私、こう見ても戦えるのよ?」
彼女の瞳に“守る”という確固たる意志が宿っているのを確信した。
その行動に一切、邪な思いは介入していないだろう。
真雪のように、真っ新な心根のもと自己犠牲の精神のもとでそれは成り立っている。
――情けねえ。
心に黒い物が一気に広がり、歯を噛み砕きながらレイは立ち上がった。
「俺が時間を稼ぐから全力ダッシュで逃げてくれ。多分、ほんと一瞬だけだろうと思うけど頑張ってみるからBボタン連打で頼む。」
「え?ちょっと。」
前を向く彼女の肩を掴んで前に出る。
そして鋭く目の前の障害を見やる。
「不正解、賢くないわお兄さん。つい先ほどその子に命を救われたのに。」
「ああ、そのおかげでお前をぶっ倒せるチャンスが得られたってわけだ。」
体の芯が凍り付くような感覚。それに、薄い決意や思いはあっけなく砕け散る。
が、最後に残った思いで表情と口調だけは崩さない。保ち、虚勢を張る。
「良いわ。前菜にもならないでしょうけど相手してあげる。」
「へっ、俺がお前の最後の晩餐に……」
「何だい、やけに物騒だねえ。」
してやるよ、と決め台詞を吐く前にカラン、という鐘の音と共に遮られる。
闘いの火はそれによって一時鎮火される。
双方の集中が酒場から出てきた人物に注がれる。
その姿に、嬉しさの色が濃い嘆息を一度吐く。
「俺の異世界無双物語を一時中断したことについてなんとも思わないんですか、エリさん」
「私は昔から間の悪い女でね。後で一杯サービスしてあげるから勘弁しな。」
「あら、もたつきすぎたかしら。」
これで戦況は三体一、戦力的にノーカウントなレイを除いても数的有利は勝ち取れた。
しかし、アズの言葉とは裏腹に、その表情は頬を赤らめて恍惚としている。
理由は単純明快、数的要因をものともしない力をアズは持っているから。
でも、
「これで頭数は俺らの方が有利。引くなら今だぞ。今なら引き際をわきまえてるってことで大サービス。お代は要らねえ、もってけ泥棒だ。」
ポケットに毒瓶を割れぬようにそっと入れる。
「ええ、確かに情況的には私が不利、でも。」
「私がこの程度の修羅場をくぐってきてないわけが無いでしょう?」
左足を下げて構えを取る。次の瞬間、何かに弾かれたように体は前方へ加速した。
「頭数を減らせば関係ないわ。」
速い、という言葉では些か遅すぎる。レイはそう思った。
「やっぱ、こうなるかっ。」
予測していた分、十字に腕を顔の前に気休め程度の受けの姿勢を取る。
が、しかし、そこまで。それほど瞬時にアズとの距離は一気に無くなってしまう。
「まず、一人。」
十字に組んだ腕の隙間から鋭利な刃物が水のように揺れ、加速する様子が見える。
得物は短いナイフ。普通ならば、切り付けられたとしても皮は断たれるだろうが、
骨までは断つことはかなわない。ナイフはそういう風に作られている。
がしかし。それは常人ならの話。
アズの持つスピードに乗せられれば人の首を断つ一撃と成り得る。
「させないわ!!」
声が後方から聞こえると視界が青に染まる。
ナイフがレイを絶命させるその刹那を縫って青の壁、彼女の助けが滑り込んだ。
「あら、厄介。」
目の前で攻撃を止められたアズは首をかしげてそう言った。
「拘束。」
彼女は静かな声で青の壁にそう命じる。
その意思をくみ取るように壁は流動的にナイフを伝う。
それはいくら引っ張っても抜けない。
それどころか、ずぶずぶと沼のように刀身を飲み込んでゆく。
「エリさん!!」
「あいよっと!!!」
名を一度彼女が呼ぶ。それだけで意思疎通が完了する。
途端、襲うのは物理的な破壊。
アズが動きを拘束されているその場所に衝撃は右上から現れた。
爆弾が爆発したかのように、敷かれた道路は砕け散りって激しく舞い、粉塵を引き起こした。
「エリさん、まさかの大剣使いだった……」
「息、吸っちゃぁいけないよ!!」
その声に従って瞬時に息を止める。
鈍く、艶めかしく光る大剣はレイの体長とさほど変わりは無いほどの大きさ。
見ているだけで重厚感がひしひしと伝わってくるそれを店長は片手で自在に操っている。
「腕が鈍ったかね。しかし、毒使いとはこれまた厄介な相手だねぇ。」
舌打ちと共に大剣を一振り。
風圧で一気に粉塵が散り散りに。視界が一瞬で元に戻る。
「毒は吹き飛んだよ。」
「前言撤回、お似合いだな……」
大剣を難なく使いこなす店長にまさかと付けてしまった事を撤回する。
「この壁が無かったら石礫でワンチャン、死んでたな。」
依然として、レイを守り続けてくれる青い壁に触れてそう言った。
壁を一歩外に出ようものなら、死んでいた。
それを証明するかのように外の地面は痛々しく傷ついている。
「あら、痛い。久々に傷を負ってしまったわ。さすが元、騎士団長様ね。」
「痛みも感じないのかよ、」
血がナイフを握っていた右腕から滴り落ちる。
その表情には痛みのかけらも感じられないといった表情に
本当に人間なのかと疑いたくなる。
「休ませないよっ!!」
その声と共に再び破壊がアズを襲う。
岩が砕ける音と悪化する視界。その中で絶えず刃と刃がかみ合う音が聞こえる。
「今回は屋外プラスのエリさんはメイン装備。一瞬で決着がついてくれればいいんだが、
“とっておき”を使われちゃ勝ち目がない。」
一度、店長が死ぬところを見ているレイにとって幾分か状況がマシになっただけで
勝てるなんて到底思えない。
胸に立ち込める暗雲を晴らす、誰も殺させずに勝つ方法を模索する。
「頭、回せ。一瞬でも隙を作れば仕留めてくれるか?」
「貴方、死にたいの??」
背後から僅かに怒りを孕んだ声が思考を挟んで聞こえてくる。
「いいや、死ぬのは勘弁したい。痛いのとキツイのだけは大嫌いだな。」
その声に振り向かずに答える。
僅かな沈黙の後、ため息が聞こえ、こう告げる。
「じゃあどうして……ううん。後で聞かせてもらうわ。」
「その中に居れば安全よ。死なれたら聞きたいことが聞けなくなって困るからここから出ないようにね。」
そういうと青い壁はレイを包み込むように隔てた。
「ちょっと待て、」
青い壁の外に行こうとする彼女の手を取る。
ここで引き留めなければ、その思いがそうさせた。
「大丈夫。私、強いのよ?」
「さっきも説明しただろ。ホントにあぶな……」
瞬間、全身を刺すような感覚が。
体のすべての熱が瞬く間に温度を下げ、凍り付く。
レイは恐る恐るその気配のもとに視線を送る。
「ね?」
笑って優しくレイの手を解く。
黙ってされるがままにそのまま、掴んだ手を解いた。
「信用、されてねぇか。」
刺すような気配は彼女が壁の外に出ていくや否や嘘のように消え去った。
その場でうなだれるようにして言葉を吐き出す。
「いくら築き上げても崩れやがる。」
戦力になるならない以前に信用されてないのだ。
「メロウ。」
耳に飛び込んできたその声に下がった視線が自然と上がる。
なんの違和感も、つっかえすらない。世界がワントーン明るくなるような感覚すら覚える。
「ま、魔法。」
目の前に広がる壮大な景色にレイは再びこの現象を言い表すに適した言葉を口に出す。
彼女の声によって現れたのは無数の矢。
それも半端な数ではない。
彼女を中心に夜空を埋め尽くさんとばかりに際限なく矢は出現する。
ローブの後ろ姿が矢をつがえるような構えを取ると、それに従うように手に弓が握られる。
目の前の現状の大きさにについていけないレイを置き去りに、
一本の矢を引き絞り紺木梗の瞳をすぼめて狙いを定める。
「エリさん、避けて!」
その声の直後、連続していた破壊は止まり、人影が同時にそれぞれの方向へと別れる。
「馬鹿にしないで。」
冷たい声でそう言い放つと左に逃げた人影に向かって矢を放つ。
彼女の放った矢を足掛かりにするように空中に出現し続ける矢が雨のように降り注いだ。
「あら、素敵。可愛い顔してるのね。」
風によって彼女のフードが取れ、それを見たアズがそう言いながら
迫る矢を躱して、迎え撃って、避けて、舞いながら回避する。
「減らず口を言っていられるのも今のうち。私、魔力には自信があるの。」
現れては放たれ、放たれては現れる。
まさに矢の雨の豪雨地帯へと化した。
「アタシも忘れない事ねぇ!!」
止んでいた破壊が再びうねりを上げ、標的ごと地面をえぐってゆく。
一撃一撃が死に直結するその中をすべて回避しながらアズ・ギフトは踊る。
「何も、変わっちゃいない、か。」
レイは青の壁に再度手を押し当てる。
道路が砕かれる音が心臓に響き渡る。
「部外者にこんな手厚くバリアなんか掛けて。さっきだってアズのナイフから守ってくれた。」
心が本来の目的を忘れても。
何度も繰り返すその優しい心根が思い出させてくれる。
「だあっ、切り替えだ。頭、回せ。」
邪魔な前髪を掻き上げて頬を一度叩く。
「何か、弱点。探せ。あるはずだ。やる事でもいいんだ。」
街中で絶えず響く破壊音、一発二発どころではなく、断続的に続くその音は奮戦の証であり、
まだ脅威が去ってない事を教えてくれる。
「ひねり出せっ。」
頭を悩ます主人公を一人置き去りに、意図せず始まった舞台は転から結へと。
ゆっくりと重い腰を上げるようにして進んでゆく。
:五人目 弱点を捜せ
遅れてしまい、ごめんなさい。
今回も今作を読んでいただきありがとうございます。
また、よろしくお願いします




