第二章:誘われて〜遊園地〜
五月六日、午前八時三十分。降り注ぐ日差しがとても穏やかで柔らかく、これこそ春だというような快晴の青空。吹く風も冷たすぎず暖かすぎずといったなんとも昼寝日和な温度。そんな休日の朝はゆっくりと惰眠を貪るのをポリシーとしている俺は、たった今春風駅に向かうため家を出るところ。
さて、何故にそんな俺がこんな普段なら絶対に起きないような時間に出かけようとしているかというと、その説明はまたもや回想で語られることになる。
というわけで、回想へ――
「なぁ東」
「ん? なぁに、功司君?」
件の第二次矢城功司討伐戦も過去の事となり、約一週間が過ぎた。戦いの傷が癒えるまでもなく体育の授業へと赴く度、明らかなる殺意を込めて俺にファールをしかけてくる奴ら。そんな事にも慣れてきてしまったのは果たして喜ぶべきなんだろうか、と悩んだ今日の体育も終わり、今現在三時間目と四時間目の狭間の休み時間。俺一人だけ早く着替え終わってしまい、更衣室から教室に戻るときに東に遭遇した。そこで俺は東に気になっていた事を尋ねてみることに。
「お前、この前俺に街を案内して欲しいって言ったとき、次の機会に〜みたいな事を言ってたけど、それは具体的にいつがいいんだ?」
「そうだねぇ……」
東はう〜ん、と顎に手を当てて考える仕草をした。
「じゃあ、ゴールデンウィークの……五月六日は?」
「うん。その日なら俺も暇だし大丈夫だ。親には友達の家に泊ってくるって言ってくる」
そんな事を即答したのは俺ではなく、いつの間にか現れて何故か東の手を取っている龍鵺。
「……どこから湧いた、龍鵺」
「人を虫みたいに言うな」龍鵺は俺の方を振り返ってツッコミをいれると、すぐさま東の方へと視線を戻した。「で、ご両親にはどんなお土産を持っていけばいいかな?」
「色々言いたい事がある。その内の一つを問おう。いつお前が東の家に行って親御さんに挨拶したりしなきゃいけない関係になったんだ?」
「ちょっと。さっきからうるさいよ、功司」
いやうるさいもなにも、東を見てみろ。お前のいきなりのキモ行動についていけてないぞ。というかキモがっている。
「なぁにを言うのさ功司。男の嫉妬は醜いぞ? それにキモがってなんかいないよね、浬亜ちゃ――」
東は、再度俺の方を向き、そしてまた自分に振り替えった龍鵺とあからさまに目を合わせようとせず、明後日の方向を見ている。
「氷室君……その、ごめんなさい。私には――」
宙空に向け叫んでいる龍鵺の事を飽くまで見ようとしないで、現実を見ようとしない龍鵺に向けて彼女は現実を――
「――私には、功司君という心に決めた人がいるの」
突きつけ――っておーい。なんだその誤解してくださいと言っているようなセリフはっ。
「そ、そんな……二人は、もう――」
「ええ。功司君と私はもう親同士が顔を会わせ合う仲なの」
確かに、百歩譲って、確かに俺と東の両親はよく一緒に飯を食べたりする仲だ。それは認めよう。だが、お前の言い方はまるで俺達既に婚約済み〜みたいなノリだぞ?
東の一言を聞いた龍鵺は一瞬時間停止。そしてその時間停止が切れると、ギギィー、という音を立てながら俺の方へと振り向く。変なオーラ纏って。
「コノ男、モウ殺シチャッテモイイカナ? ……カナ!!」
「……男の嫉妬は醜いぞ、龍鵺」
さて、なんとなく流れに沿ってこのセリフを言ってみたのだが……なにか、違う気がする。なんとなく、本当になんとなくね? ……俺、爆弾に火をつけてしまったのかも。
「そうは思わないか、桐垣……」
「ああ。お前は立派だったよ。……恐らく、そのセリフはいま東さんが言ったことを、お前の考えているのと違う意味で肯定している、と捉えられている」
いつの間にかに俺の右隣に立っていた桐垣に尋ねてみたところ、俺の予感は見事的中。だってさ、なんかこの辺の空気違うもん。殺伐としていて、さらにドロッとしているような感じ、するもん。龍鵺を中心に。
「まぁ頑張ることだな、矢城功司」
「死んだらお墓は海が一望できる岬に作ってあげる」
さらにいつの間にやら現れた坂上さんと天笠さんにまでそう言われた。
……俺の周りの人達って、なんでこうも神出鬼没なのだろう?
「ヨソミヲシテイテイイノカナ、矢城功司ヨ」
しかも前方になんか展開してる奴がいるし。
「フフフ、オソレテ声モデナイカ。ダガ、本当ノキョウフハコレカラダ!!」
その喋りやめぃ。せめてカタカナで統一しろ。なんで微妙に漢字のとことカタカナのところがあるんだ? 恐怖とか。
「喰ラエ! 『妄想結界』、―無限ノ妄想―!!」
「聞いちゃいねぇし……」
龍鵺を中心に渦巻いている殺伐でドロォ〜っとした空気が俺を取り囲む。その空気に体をなぞられた瞬間、まるで巨大な動物の舌で全身を舐められたような悪寒が走る。マジでキモい。
一方でそんな俺と龍鵺を華麗にスルーして話をしている他の面々。
「ところで、矢城君となんの話をしてたの?」
「えと、今度街を案内してくれるって功司君が言うから、それをいつにするか話してたの。それで、ゴールデンウィークの五月六日にしようって決まったの」
天笠さんに問われ、返答する東に少し遠慮がちに話す坂上さん。
「……なぁ、それに私もお邪魔していいか?」
「え? う〜ん……」
「あ、私も」
「(まぁ、功司君とはまた別の日にでもいけばいいか)うん、いいよ。みんなで遊びに行こう」
天笠さんも加勢に入り、東は結局二人の同行を認める。
「ほぅ、ならばここに俺が独自のルートで手に入れた遊園地のフリーパス六人分があるぞ」
「じゃあそこに行こうか」
桐垣は自分が同行するのが当然のようにそんな提案をし、東が即了承。
「あ、でも待て。六人分って事は、私、東、天笠、桐垣、矢城で行くんだから一人分余るぞ?」
一同、頭を抱える。
「ボクハココニイルヨ〜」
「う〜ん、誰か呼びたい人がいる人〜?」
無視。
「ボクハココニ――」
「いや、特にいないな」
無視。
「ボ――」
「まぁ、一人分くらいいいか」
更に無視。
「…………」
……運命は時に厳しい。
「チクショ〜〜!! モハヤコノ傷ヲイヤセルノハキサマノ血ノミ!!」
「だからその中途半端な喋りをやめろと言ってるだろう! 読みづらいんだよ!!」
こうして、矢城功司VS氷室龍鵺(怪)〜妄想の対決〜の火蓋が切られた。
「それじゃ、五月六日の九時に春風駅で」
こっちは平穏に約束された。
で、今に至る。
「ん〜……くはぁ〜」
俺は一度大きく伸びをして、暖かに降り注ぐ陽光を全身に浴びさせた。いやはや、こんなに気持ちのいい日になら早起きしてみるのも悪くないな。
さて、それではそろそろ行きますかね。
そう思い、恐らく――というか100%東が待っているであろう、矢城家と東家に挟まれた道路へ出る。
「おはよ。功司君」
そして当初の予想通り、道路へ出た途端に声をかけられた。
「おはよう、東」
挨拶をしながら一つの疑問が頭に浮かんだが……まぁ、こいつがどれくらい前からここに立っていたかはもう聞かない事にしよう。きっと途方もない時間を言われるに決まってる。そして、それを盾に様々な無理難題を言われるに違いない。
「? どうかしたの? 功司君」
「いや、なんでもない。ただ、今の考えが果たして自己中心的な考えかどうかを思考中だっただけ」
「ふぅ〜ん?」
東は俺の言いたいことがいまいち分かっていないようだった。ていうかこれだけの説明で俺の思考を読める奴はきっとエスパーだ。
「じゃ、遅れる前にそろそろ行こっか」
「そうだな」
俺は自分の考えについて思考するという行動をやめて、東の言葉にうなずき、二人一緒に歩きだした。
俺の家から現在の目的地、春風駅までは歩いて大体二十分くらい。学園とほぼ同距離だな。駅までの道も途中までは通学路と同じだし。
「なぁ、東」
「なぁに?」
そして高校生(とは言ってもこの辺りにある高校は秋葉学園だけだが)御用達の布由木通りにさしかかり、そろそろ通学路から逸れる所で一つの案を思いついた。
「今軽くこの辺説明するだけじゃ駄目か? 街案内」
そう、先ほど東が言っていたのだが、なにやらこの娘はまた別の日に俺に案内を頼むというのだ。しかも当然のように全額俺持ちで。そんな事は俺の都合(主に財政面)が良くないのでどうにかして避けたい。で、この疑問提唱を行った所以。
だが答えは分りきった事。
「だぁめ」
そう、恐らく一万円相当のスマイルで言われてしまった。そんなスマイルを見せられた男は、ほぼ100%の確率で反撃不能&戦闘不能になってしまう。くっ……女ってずるい。そして男って哀しい……。
俺は溜め息と共にがっくりと肩を落とした。
「ふふふ……安心して、功司君。また別の日にたぁ〜〜っぷり付き合ってあ・げ・るから」
さて、ここで俺になにを安心しろというのだろうか。むしろそんな甘ったるい声でそんな事を言われると、別の意味で期待をしてしまうのが漢という哀しい生き物なんだが。
俺はもう一度溜め息をつき、駅までの道程を少し早歩きで進む。
春の陽気を全身に吸収しきったと思われる頃、俺たちは春風の駅前に到着した。途中に遅れそうだと思ったので少し早く歩いてきたが、到着してみればまだ八時四十五分。約束の時間まであと十五分もある。
――今日の集合場所となっている、ここ奈津菊市にある唯一の駅、春風駅。それなりな都会にある駅なので、駅前にはバスのターミナルや喫茶店、駅ビルにファーストフード店など若者向けの施設が揃っている。そして休日の駅というのはほぼ例外なく混んでいるもので、この駅もその常識に外れずに混みあっている。休日、それも連休の真っ只中な今日。そんな天気もよく絶好の遊び日和な日柄のためか、俺たち以外にも待ち合わせをしている人が多いようだ。
「さて、この中からあいつらを探すのは少し骨が折れるかな」
それともまだ誰も来てないか?
と、周りを見回しながらそんな事を考えていると、ポケットから振動が。ポケットに手を突っ込み、振動源の携帯を取り出す。
「え〜と、電話か」ポケットから取り出した携帯のディスプレイを見てみると、知らない番号からの着信だった。「――もしもし?」
「あ、でた」
いや、普通電話がかかってきたらでるだろうよ。
「どちら様で?」
「私」
いや、私って……。でも聞いたことある声だな……誰の声だっけ?
「私は私。天笠楓」
「ああ、天笠さん」
たしかに、電話特有のくぐもった声ながら天笠さんの声だな。で、何用?
「今どの辺にいる?」
え〜と、駅前……だけじゃ曖昧すぎるか。
「駅前の喫茶マザーズキッチンの前、かな。天笠さんは?」
「あなたの後ろ」
「うわっ!?」
突如後ろからかけられた声にマジでビビる。心臓は驚きすぎて激しく暴れだす。振り向くとそこには天笠さん。いつの間に俺は後ろを取られたんだ……?
「おはよう、二人とも」
当の天笠さんは何食わぬ顔で挨拶をしてくる。
「おはよ〜天笠さん」「お、おはよう……」
俺はまだ暴れている心臓をどうにか抑えるように努めながら少し震える声で挨拶。東はまったく気にも留めずに普通に挨拶。お前の心臓はジャングルか?
「いつの間に、後ろに……?」
「あなたが電話に気をとられてる隙に」
ちょっと待て。何故に隙を伺うのだ? そんな命を狙われる事をした覚えは……あっ。もしかして龍鵺推薦した事まだ引きずってる?
「乙女心というものは男には理解できないものなのだよ、矢城」
「のわっ!?」
後ろから桐垣にいきなり話しかけられ、本日二度目の心臓タップダンス。つかマジでみんな気配消すの上手いね……。おかげで俺は寿命が縮みまくりだよ……。
ザリッ、ザリッ……。
抑制不可能な状態の心臓をどうにかしようとしていると、後ろから明らかに不自然な足音。どの辺が不自然かというと、足音を消そうとすり足気味に歩いているせいで地面をする音が余計な程大きいところ。
「お前は下手すぎるんだっ!」
「ヘブッ!!」
そんな歩き方をするのは龍鵺しかいない。そう判断した俺はタイミングを見計らい、計8回目の『ザリッ』という音が聞こえた瞬間に振り向きボディーブロー。狙いは違わず後ろに忍び寄っていた龍鵺の腹に命中。
「うわ。中々やるね、君も」
「どわっ!?」
そして振り向けばそこに坂上さん。本日三回目の心臓ブレイクダンス。息も弾みまくり。つか龍鵺は陽動だったのか。
「ハァー、ハァー……」
「うわぁ。功司君、朝から元気〜」
朝から誤解されるような発言は控えろっ。 あっ、くそ、息切れし過ぎて上手く突っ込めない。
「さて、全員+αが揃ったところでさっさと行くか」
まだ息の整えられない俺とダウンしている龍鵺を置いて、場を仕切る桐垣。
「そだね。電車何時発?」
「あと五分で出発、といったところか」
桐垣は腕時計と時刻表らしき紙とを交互に見比べて言った。
「じゃあ少し急いだほうがいいね。――走ろう」
天笠さんの提案に俺と龍鵺を除く一同頷き、走り出す。って、え? 満場一致の即決で走るの決まりですか?
「ちょ――今から走っても――」
間に合わないだろ〜という声を出す前に、すでにみんな人垣に紛れて見えなくなってしまった。ていうか、まだ八時五十分だよみなさん?
「はぁ、かったる……」
そんな声も当然届いてないだろう。そう判断して、仕方なく俺も駅の券売機を目指して走り出す。まだに倒れている龍鵺を無視して。
俺達が今日行く予定になっている遊園地『フロートアイランド』は、春風駅から4駅下った辰見沢駅から歩いておよそ十分程度の所にある、それなりに大きな遊園地だ。『Float Island』、直訳して『浮き島』という名前とは裏腹、水を使っているアトラクションはスプラッシュマウンテンぐらいというよく分からない辺りがなぜか有名で、秋葉学園でも遊園地といえばここを指すらしい。名前になんか他の意味でもあるのか?
まぁそんな疑問は置いておこう。深く追求しても意味はなさそうだし。
そんなわけで、電車に揺られること約二十分、俺達は辰見沢に到着した。
「で、こっから遊園地までどう行くんだ?」
改札から人ごみのやかましい駅前へと出て、俺は誰ともなく尋ねてみた。
「え〜と、たしか……」
「この道を真っ直ぐ行って三番目の十字路を右に曲がってそのまま200メートルくらい進んでそこにあるT字路を左の曲がっていったところ」
俺の質問に答えようと遊園地までの道を考えて言い淀んだ坂上さんを遮り、一回の息つぎもなしにかなり詳細な道順をすらすらと述べる天笠さん。
「……詳しいんだな」
「常識」
……そうなのか? 秋葉学園の生徒ならこれは常識の範疇なのか? いやでも坂上さんすらすらと答えられなかったし……。
「早く行こ」
そんな疑問について考える隙を与えてはくれず、みんなを急かす天笠さん。
「そうだね。早く行かないと混みそうだし」
東の言葉に一同頷く。
うん、確かにな。遊園地は午前十時開園。そして現在時刻午前九時三七分。駅から遊園地まで歩いてかかる時間は前述の通り。この連休真っただ中、お出かけ行楽日和の今日という日に遊園地なんていうレジャースポットが混まない訳がない。たとえ開園前に着いたって早すぎるということはないだろう。
「じゃ、走ろう」
「何故に!?」
「早いに越したことはないんでしょう?」
いや確かにそんな感じのこと言ったけどさ……。というか、先ほども走ろうと言い出したのは彼女だし……もしかして天笠さん、遊園地とか大好きな人?
「よし、遊園地まで競争だな」
ちょっと待て桐垣――
「私に敵うと思っているのか……?」
え、坂上さんまで――
「あはは。楽しそう」
あ、東……お前まで――
「は〜はっは〜。怖気づいたのか、功司〜!」
どこから湧いた、龍鵺。
「……負けない」
そしてきっかけとなった天笠さん、なんでアナタはそんなに闘志を滾らせてるの?
「それでは――よーい、ドン」
桐垣の微妙に語尾に力のない合図で走りだす、天笠さん以下俺除く五名の友人達。……みなさん周りの目とか気にならないんですか?
「それとも俺の方がネジが足りないのか?」
青空に尋ねてみた。――返事がない。ただの青空のようだ。
「やっぱ俺もズレてるのかも……」
はぁ……。俺は本日多分四回目の溜息をついて、どんどん背中が遠くなっていく愛すべきクラスメート達を追うべく地面を蹴った。