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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
初めまして
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6/31

第一章:6 呼び出しは苦労の予感

「では、この一年間の委員等はこれで行こうと思います」

 黒板に所狭しと規則的に書き並べられた文字を指し、天笠さんはそう言った(ちなみに黒板の三分の一くらいを埋めているのは最早罰ゲームとしか思えない俺の役職名)。

 やっと終わったか……。俺はそう思ってぐったりした。

 何故なら、いつまでたっても委員とか決まらないという無限に近いループに突入して、少しでもボーッとしようものなら「矢城君、聞いてる?」とか速攻で天笠さんのツッコミが入るし、その度になんか右隣の御方が(あらゆる意味で)核爆弾級の破壊力を誇る微笑みを投げかけてくるしその度に髪の毛がチリチリしたりするし、更にまたその度に殺気とか嫉妬とかが飛んでくるしで……。嗚呼、俺の平和な学園生活はどこへーって叫びたくなるような状況だったのだ。それに加えて謎の手紙ときたもんだ。

(はぁ……)

 溜め息の一つもつきたくなるよな。

 本当、早く帰って寝たい。現実から目を背けたい……がそうにもいかないのが人生。このまま帰ったら、俺はノイローゼになるだろう。ナイーヴだからな。

 という訳で体育館裏へと急ぐ俺。

 

 

 この学園の体育館は、敷地の南東の端に作られていて、こちらもグラウンド同様それなりに大きい。

 で、その体育館裏とは、説明するまでもなく学園の敷地と敷地外とを区切る壁と体育館との間のスペースの事である。普通はそんな所に呼び出されたら、思春期真っ只中の男子高校生の妄想を駆り立てるに十分なシチュエーションを期待するが、そこにそんなものを求めちゃいけない。何故なら、そこは日当たりがこれでもかというほど悪く、年中ジメジメしているような陰気さを漂わせているからであり、まるでロマンスとは無縁な雰囲気を醸しだしているからだ。


 生徒棟昇校口から靴を履き替えて噴水広場に出て、生徒棟とグラウンドとの間を歩いて行く。この学園は何気に緑が豊富で、レンガやアスファルトに舗装された道以外には芝生やら木やらが結構植えられている。

 そんな人工的な自然という言葉の意味的に微妙なものが溢れる道を歩き、体育館の正面に来た。中からは熱心に部活動に励む生徒達の声が聞こえてくる。いやー青春してるねぇ。

 なんて年寄りくさい事を思いつつ、正面入口の左側へと周りこみ、体育館裏と呼ばれている空間に足を踏み入れる。途端に影の色が強くなり、湿度が少し増したような感覚に襲われた。というか実際にここは湿度が高いだろうけど。

「さて、そんな俺を待ち構えていたのは……」

 口にだしながら辺りを伺う。

 誰もいない。

 少し奥の方へと行ってみる。

 誰もいない。

 ……どうしよう。まだ来てないだけなのかな……。

 少し待ってみる事にした。

 ……………。

 …………………。

 …………………………。

 段々不安になってきたぞ? はっ……もしやこれは俺を陥れる罠だったとか!?

「失礼」

 有り得ん話でもない。昨日からいろんな恨みを買ってそうだし。俺を亡き者にする為の作戦は、先ず絶対に気になる手紙を俺の机の中に仕込む。あの文面だ。行く以外に選択肢はない。

「おーい」

 来たらそこで待ち惚けを喰らわせる。帰ろうかと思うが文面を思い出してそこに留まる。待ち続けるのは俺の方だったというのか!?

「お――い」

 行かなかったらそれはそれで手紙が本当の物だったかも……と悩みまくるに違いない。なるほど……俺のナイーヴな心を上手く突いた作戦という訳か! これほどの策士がこの世におろうとは……。孔明も真っ青――

「無視するな、矢城功司!!」

「って、え?」

 今俺を呼ぶ声が聞こえたような……。

「やっと反応したな」

 まったく……と呆れた様子で俺の目の前に女の子が一人。どうやら空耳ではなかったらしい。

「あれ、君は……」

 どこかで見たことあるような……それもついさっき。えーと、うーんと……誰だっけ?

「……坂上(さかがみ) (かおる)だ」

 ……坂上 薫さん? あれ、どこかで聞いた事あるような……。

「ああ、同じクラスの……」

「やっと分かったのか」と呆れた様子で溜め息をする坂上さん。うん、俺も自分の記憶力に呆れてるよ。

 さて、そんな彼女の容姿だが、まず目につくのがその髪の毛。夜の闇をそのままもってきたような綺麗な黒髪は、大体腰の辺りくらいまでのばされている。体つきはスラリとしたスレンダー、身長は東よりもほんの少し高いくらい。そこから、体格は全体的に均等のとれた印象を受ける。顔立ちは凛としていて、可愛いというよりも綺麗と称されるだろう。肌の色はほんの少し白く、まるでその姿は、男なら誰もが抱くであろう大和撫子そのもの。絶対着物とか似合うだろうなぁ。

 で、そんな方が一体何の用で?

「まぁそのなんだ……」

 何故か言い淀む坂上さん。何か言いにくい事でもあるのか? はっ……これはまさか……!?

 

 

「実は……私、前から貴方のことが……」

 少しうつ向いたまま上目づかいで紡がれた言葉は、

「好き、でした」

 紛れもなく自らの想いを打ち明けるものだった。

「え、と」

 こんな所に呼び出すくらいだから用件はそんなものだろうと思ってはいたが、実際にそう言われると戸惑ってしまう。冷静に頭が働かない。

「あの、ダメ……ですか?」

 上目づかいのまま、その瞳に不安の色を現す坂上さん。

「いや、あの――」

「やっぱりダメですよね……。こんな事をいきなり言われても、困るだけで……。それに、私みたいな魅力のない女の子じゃ……」

 不安の色はやがて涙になって、彼女の瞳にたまっていく。それが溢れ落ちるのも時間の問題だろう。

 だから、その涙が溢れ落ちてしまう前に。

「そんなことないよ、坂上さん」

「えっ?」

 ゆっくりと彼女に歩みより、そっと、

「君は十分、可愛いよ」

「あっ……」

 抱き締めた。

「どうやら俺も、君の事を……」

「あの、本当に私なんかでも、いいんですか?」

 本当に、この娘はどれだけ俺のストライクゾーンをつくのだろう?

「“なんか”とか言うなよ。それと、君でいいんじゃなくて君がいいんだよ」

 その言葉に、彼女は涙を瞳の端に浮かべたまま安心したように微笑んだ。

「ん……」

 そして、ゆっくりと近付いていく、二人の――

 

「だから無視するなって!!」

「うぇい!?」

 お、俺は今何を!? 何やら龍鵺の得意技を会得してしまったような感じがするぞ!? 大丈夫なのか、俺!?

「まったく……君は何か考え事をすると周りが見えなくなるらしいな」

 そう言って、ジト目で睨んでくる坂上さん。

「あ、いや、その――ごめんなさい……」

 とりあえず無視してしまっていた事を謝る。というか、なんか想像していた喋り方と随分違うような……。

「悪かったな。外見とそぐわない喋り方で」

 そんな気持ちが伝わってしまったのか、彼女はそう言い放った。

「え〜と、その――ごめんなさい……」

 何かさっきから俺、謝ってばかりじゃないか? いや悪いことをしたっていうのは分かるけどさ。

 一方の坂上さんを見てみると、彼女は若干顔を伏せてうつむいている。長い黒髪で顔が隠れているため、表情は伺えないが……。ヤバい、傷付けちゃったかな……。なんだか気にしてるみたいだったし。うん、そうだよな。偏見で人を判断しちゃいけないよな。俺だって、あんな風になった時は……。

 他人にそんな苦しみを与えるなんて、俺は少しボケてしまっていたようだ。

 ならば、ここで人として、男としてとるべき行動はたった一つだけだ。

 大きく息を吸い、

「ごめん!!」

 推定百ホンオーバーの大きな声で謝る。坂上さんは何事かと驚いたようだったが、お構いなしに続ける。

「いや本当にごめん! そんなに気にしてるとは思わなかったんです!!」

「は、はい?」

 直もまくしたてて謝る俺に、最早呆気にとられている坂上さん。

「許してくれとは言わない! だけど、悪気がなかったことだけは分かってほしい!」

 言い切ったのち、静寂。今聞こえてくるのは、部活動中であろう運動部の声と体育館履きのゴム底と体育館の床が奏でるキュッ、キュッという音だけ。

「あー、その、なんだ……」一通り謝りとおしたそんな俺に、バツが悪そうに髪の毛をいじりながら言う。「別に怒ってもないし、傷付いてもいない。はじめから気にしていないし」

「……え?」

 なんですと? つまりそれは、君の心をそう受け止めたのに僕の勘違いという事か!?

 うわぁおい恥ずかしすぎることしちゃったよ! 絶対トラウマになるよこれ!!

「…………」

「…………」

 沈黙の時が流れる。最近、同じ様なシチュエーションが多い気がする。

「……プッ」

 沈黙の末、堪えきれなくなったのか、坂上さんは吹き出した。

「アハ、アハハハ……」

 そして一度吹き出したら止まらなくなったのか、声をたてて笑い始めた。

「わ、笑うなよ」

 凜とした笑い声を聞きながら、顔が熱くなっていくのを感じながら俺はそう言う。

「アハハ、いや、悪い悪い。クッ……アハハ……」

 坂上さんは謝りながらなんとか笑いを堪えようとして、それでも喉でクックッと笑っている。

 ……何だか首を吊りたくなってきた。

「だから笑うなって……」晴れ渡った青空とは裏腹に、この体育館裏よろしく暗く消え入りそうな気持ちのまま、俺は早く終わらせて帰ろうと思って先を促す。

「……それで、用件は?」

「いやなに。ただ仕事に関わる人間がどんな人間性をしているのかを知りたくてね」

 坂上さんは目元を拭いながらそんな事を言う。泣くほど面白いか、この俺の醜態は。つか学校の委員会ごときを仕事って……。

「……で、俺の人間性とやらはどうなの?」

「いやぁ、君はとても愉快で面白い人だ」坂上さんは先程の笑っていたときとは違う笑顔を浮かべる。「これからの仕事が、実に楽しみだ」

 ……なんというか、笑顔が綺麗、もしくは可愛い人ってずるいと思う。東然り、この人然り。そんな笑顔を見せられたら、なんだか色々許せてしまいそうだ。

(ん?)

 そんな笑顔をぼーっと眺めながら、一つの疑問が浮かんだ。

(ここに俺を呼び出したのが坂上さんとすると、あの手紙を書いたのも坂上さん……?)

 こんなサバけた印象をしてる人が、あんな俺の心の柔らかい所を突く手紙をか?

 いやでも昨日人は見た目じゃ判断できんと学んだばかりだし……。えぇい悩んでいても仕方がない。聞いてみよう。

「なぁ、その手紙書いたのって……坂上さん?」

 また笑いがぶり返してきたのか、あさっての方向を向いて笑いを堪えている坂上さんに訊ねる。

「ああ、それは私が書いた物だが、」ああやっぱり人は見かけじゃ判断できない――「桐垣に君を呼び出すにはそうするのが一番だと言われてやったものだ。私が単独で君を呼び出すのなら直接言って呼び出す」わけじゃないのね。

 つか、やっぱり桐垣か……。あの手紙の原案。

(という事は……)

 どこかで桐垣が見ている筈だ。新聞のネタにするために。

 そうと分かった以上、俺がとるべき行動は一つ。

「え〜と、とりあえず坂上さんの用件はもう大丈夫?」

 言いながら、何気なく辺りを窺う。

「ああ。貴重な放課後に時間を取らせてすまなかった」

 この辺りで身を隠しつつこの体育館裏を見渡せる場所は、体育館の屋根か体育館の正面入り口の面の壁の影だけだ。

「いや別に大した用事もなかったし、いいさ」

 体育館の屋根はまず不可能だから、いるとすれば後者。

「そう言ってもらえると助かる」

 そっと正面入り口の方を窺う。ほんの少し、学校指定の黒い手提げの鞄が壁の影からはみ出して見える。

「いいって。それじゃあ、また明日」

 やはりか。ここから奴の所まで大体五、六メートルといったところ。この距離ならば奴を捕らえられる。

「ああ。また明日」

 坂上さんの返事を聞くと同時に振り向き、一歩目を踏み出す。あちらもこちらの行動に気付いたのか、見えていた鞄がフワリと浮いた。

「逃がすかっ!」

 小さくつぶやき、正面入り口へと続く角を曲が

「それはこっちの台詞です」

 った所に、

「えっ?」

 東がいた。しかも背後に黒いオーラをみなぎらせ、極上の微笑みを携えた状態で。

「えっ? 何故にお前が――」

 ここに、と続ける前にガシッと肩を掴まれた。

「功司くん」

 そして猫撫で声。この上なく優しい声なのに、まるで地獄から響く唸り声のように聞こえるのは何故だろう?

「うふふふふ……」

 いや、今はきっとそんな事を気にしている場合ではない。この妖しく、恐ろしく笑っている東をどうにかすることが先決だ。

「な、なぁ東。お前はこんな所で一体何を――」

「功司君こそ、こんな所で何をやっているんですか?」

 とりあえず話しかけた俺の発言を遮って質問に質問で返す東。

「えっ、なにって言われても――」

「まぁ、」

 またしても俺の発言は遮られる。

「まぁ、どうせ、大した用事もない、功司君のしていた事ですから、まともな用事ではないのでしょうけど」

 ……なにか引っかかる言い方だな。

 東は段々と俯いていっている。

「あの、東――」

「どうせ、久しぶりに再会した幼馴染みとの昼食の予定なんて、取るに足らないどうでもいい大したことのない用事ですものね?」

 ――えっ? 幼馴染みとの昼食の予定……? あれ、なにか引っかかるような……?

「……あっ」

 そこで突如、俺の脳内に激動の朝の記憶がフラッシュバックされる。たしか、東に昼食を奢る約束を(強制的に)結ばせられたような気が……。

 東は俯いたまま大きく息を吸い込むと、

「どうせ! 教室で功司君が戻ってくるのを待ってたり、構内を探して回ったの私の苦労もぜ〜〜んぶどうでもよくて頭の片隅にも残らなくて全く取るに足らなくて一円の価値もないごみ屑同然の大したことのない事ですからね!!」

 一息にそう捲し立てて、プイっとそっぽを向いた。

 なにもそこまで言ってないんだが……。

 とは思ったが、言わないことにする。多分、ここでその台詞をいったら俺の生命が消滅する。この世界から。だってなんかすごいオーラ纏ってるもん、この娘。どこぞの戦闘民族みたいに。

 ともかく、俺が今しなければならない事は、謝る事だ。

「あ〜、その、東。すまん、約束の事すっかり忘れてた」

 というわけで素直に頭をさげる。こればっかりは俺が全面的に悪いからな。

 一方のそっぽを向いている東は、肩越しにこちらをちらりと見て、

「……本当に悪いと思ってる?」

 と一言。

「ああ。すまなかった。今回の事は俺がすべて悪い」

「じゃあ、」東はまだそっぽを向いたまま続ける。「今度の機会、街の案内をして」

 ああ、それくらいならお安い御用――

「功司君の全面的奢りで」

 じゃねぇ。なんだ全面的奢りって?

「主に食事代とかその日に使うお金」

 それを全面的に俺に持てと……?

「いや……それは……」

「功司君を待ってる時、すごくさびしかったなぁ……」

 無理だろ、と続ける前に東がまたもや喋りだす。

「そのあと功司君を探してる時も、すごく不安だったなぁ……」

「あの、東……?」

「まだこの学園に慣れてないから、すごく気を遣って疲れたし……」

「お〜い?」

 俺の言葉を無視して、淡々と話をする東。しかも時折鼻をずずっと啜る音まで聞こえる。

「なのに、功司君ときたら、私との約束なんて忘却の彼方で、楽しみにしてた私を弄んで……」

 あ、なんかやばい予感がする。多分この付近にいる桐垣に聞かせたら、100%俺の明日が危なくなるような――そんな、予感がするんだ。

「私の踏みにじられた純潔を――」

「ストップ! 東スト――ップ!!」

 東の口を後ろから手を回して塞ぐ。

 ヤバい。今の台詞、桐垣に聞かれてないよな? 聞かれてると非常に俺の日常が危ない。つかこいつを止めないと取り返しの付かない事になる。……よくよく考えてみると、この二人の立ち位置も大分危ない気がするが……。

「わかった、今度の日曜日、街案内してやる。金も全部俺持ちでいいから! だから、頼むからそれ以上喋らないでくれ!!」

 東の口を塞いだまま、そう懇願する。

 そして、東が頷くのを確認してから俺は口を塞いでいた手を取って離れる。

 振り返った東の表情は極上の微笑み。

「それじゃあ、お昼食べに行こ〜! あ、その前に功司君の鞄を取りに行かなくちゃね!」

 さっきのめそめそとした口調とは打って変わってめちゃくちゃ明るい声で喋る東は、さっとまた俺に背を向ける。そして「ふふふ……計画通り……」とボソッと呟いて歩き出す。

 ……やっぱり狙ってやってたのか、こいつは。俺は溜め息をして、そう思いつつ東の後を追った。

 

 

「ははは。本当に愉快な人だよ、君は」体育館裏に残っている薫は、肩を落として心底疲れた様子で浬亜にトボトボとついて行く功司を見ながらつぶやいた。「だからこそ、君も彼をネタにするのだろう?」

 そして、先程功司が立っていたすぐ横の草むらに向かって話しかける。

「ほぅ、俺に気付いていたのか」

 すると、そこからコンパクトなデジタルカメラを首から下げた桐垣がひょっこりと現れた。

「普通は気付くぞ、そんな所に隠れていたら」

「だが気付かない奴だっているぞ。矢城のようにな」

「っくく。それもそうだな」

 桐垣が隠れていたのは、先程功司が立っていた所の、一歩右に行ったところにあるすぐ近くの草むら。はっきり言って気付かないほうがおかしいくらいの近距離にいたのだ。

「鈍いな、矢城は」

「いや、それもあるがあいつは少し物事を重く考えたり深く考える癖があるんだ。恐らく俺が隠れているのは体育館の屋根か壁の影だと思っていたのだろう。よって、俺が隠れていた場所は奴の癖を読んだ上での絶対に見つからない場所だったのだよ」

 澄ましてそう言う桐垣に、薫は軽く笑った。

「よく知ってるんだな。矢城のこと」

「人間観察は得意なのだよ」桐垣は空を見上げ、明後日の方向を向く。「ま、それに一応以上でも友達というやつだからな。あいつは」

「なるほど、ね」

(結構好かれる奴なんだな。矢城は)

 緩やかな風が吹いた。

 薫はなびく長い髪を押さえ、目を細める。

(まぁ、私自身もあいつのことは嫌いじゃないし。でも、)

 自分には、やらなくちゃならない事がある。最後までやり通すと決めた事がある。

(難儀だなぁ)

 つくづく自分は不器用だ。そう再認識できた。

「それでは、俺はここらで失礼させていただくよ。貴重なネタを撮らせてくれてありがとう」

 桐垣はデジタルカメラを片手に、薫に向き直る。

「いや、こちらこそなかなかに有意義な時間だった」

 薫も考えるのをやめて、桐垣に意識を向ける。

「それでは」

「ああ」

 それだけの簡単な挨拶をして、桐垣は薫に背を向けてこの空間から去っていった。

「ふぅ……」

 一人体育館裏に残った薫は独りごちる。

「まったく、これからどうなることやら……」

 

 

 

 一方――

「ま、待て! それは流石に――」

「だって、さっき功司君いったじゃない。『全部俺持ちだから好きなだけ好きな物を食べな』って」

「言ってない! いやホント一言も言ってないからねそんな事!!」

 時はお昼時、場所はとある喫茶店兼ケーキ屋。値段は学生価格、その割には十二分な味を誇るという学園の女子には人気のお店。で、そこに俺と東。

「あ、すいませ〜ん。あとこのモンブランとチョコシフォンを下さい」

「だから待てと――!!」

 東は先ほどから本当に食べきれるのか? と疑ってやまない程のケーキを次々に頼みまくっている。たしかこのモンブランで合計8つ目だ。

「う〜ん、おいしい〜!」

 俺の目の前には幸せそうにケーキをほうばる東と、机に積まれた空の皿と、次々に足されていく伝票。

「功司君は食べないの?」

 もぐもぐと咀嚼しながら喋る東。ちゃんと飲み込んでから喋りなさい。

「じゃなくて!!」

 いったいいつになったらこいつの腹は満たされるんだ? お前の胃袋はブラックホールなのか!?

「あ、これもおいし〜」

「人の話を聞けっ!!」

 ああ、もう俺の財布の中身が東式胃袋型ブラックホールにケーキとなってどんどん吸い込まれていく! だれかこの人止めてぇ!!

「ほぉら〜。功司君も食べなよ〜。はい、ア〜ン」

 ハヴァッ! ……ここで東の誘惑だとッ!? ばかな、ありえん――!! そんな事されたら……そんな恍惚とした表情に魅せられたら……。

「すいませ〜ん。このチョコレートケーキ下さい」

「もう好きにして……」

 矢城功司、撃沈。記録、ケーキ九つ。敗因、東印の誘発式微笑み核爆弾。

 そして次の日、第二次矢城功司討伐戦勃発。

 燃え尽きたぜ……真っ白な灰に――


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