第一章:5 罰ゲーム?
ふぅ、今日もギリギリだったぜ。
いやに律義というかなんというかな俺討伐軍の皆様はチャイム着席は守るという信念をもっているそうで、体育倉庫から教室まで誰かに襲われる事はなかった。
そんなこんなで教室に到着。怠惰な室見先生はまだ来ていない。というわけで、俺は無事に自分の席に着けた。いや、今日の朝も大変だったよ。生きてるって素晴らしい。
今日の激闘をハイライトで振り返っていると、程なくして室見先生がやって来た。そして、一通りの朝の挨拶を済ませる。
「おはよう。さて、今日の予定は、委員会とか決めておしまいということで。とりあえずクラス委員長は天笠。異論がある奴は、後で天笠にでも愚痴ってくれ。じゃ、あと任せた」
室見先生は眠たげにそう言うと、あろうことか教卓に突っ伏して眠りやがった。
何て教師だ。ある意味憧れるよ。
「え〜、室見先生は眠ってしまったようなので、委員長に指名された私が進行を務めます。異論ある人は?」
そんな事にもう慣れてしまったのか、天笠さんが前に出て仕切り始めた。その事に異論はないらしく、クラスの面々はそれに従う。
それを確認した天笠さんはこう言った。
「では、先ず委員会ですが、その前に、委員長補佐兼副委員長兼庶務兼書記兼幹事を決めたいと思います」
長いよ。漢字十九文字の仕事ってどんだけだ。絶対やりたくないよな。まだ馴染んでいないクラスだけど、皆のシンクロ率は七○%を超えてるだろうな。天笠さん以外。
「完全指名制です。この人こそ、と思う人を挙げてください」
シンクロ率上昇。
つか、なにこれ? 嫌がらせを合理的にできるゲームか何か?
そんな思いを胸に、挙げる人いるのか? とか考えていたら、
「はい」
ちゃんと挙げる勇者が存在していた。その勇者の名前は桐垣 秀知。
「はい桐垣君」
「矢城に一票」
いや一票もくそもないだろう、この場合。つか俺かよ。コイツ、絶対に面白がってやがるな。ニヤニヤしてるし。
「他には?」
「はい」
俺も負けじと手を挙げる。彼奴を指し返してやる。
「指された人に指し返すのは反則です。それでもはい矢城君」
「桐が――って、何ぃ!?」
なんてピンポイントな攻撃をしてくるんだ!! まさか天笠さん、読心術を心得ているのか!?
「あ、え〜と……」
桐垣と天笠さんが仕組んでいるか、天笠さんが心眼を会得しているとしか思えない攻撃に怯んでしまう。くっ……こうなれば……仕方ない、奥の手だ。
「龍鵺を指名します」
苦し紛れのその言葉を聞いた途端、天笠さんの顔が少し嫌そうに歪んだ。そりゃそうだろう。俺も龍鵺が自分の補佐兼……え〜と……まぁそうだったらとりあえず嫌だもんな。
そんな事を思って龍鵺の方を見てみると、何故か俺に向かって親指を立てて「グッジョブ!」何て言ってきた。
何故? と思ったが、すぐにあいつは妄想のプロだということを思い出す。きっと奴は今、そういうシチュエーションでの妄想を繰り広げているんだろう。可哀想な男だ。
よし。せっかくだから俺のきっと百八個ある特殊能力の一つ、『思念具現化』を使って龍鵺の妄想を覗き見してみよう。良い子は龍鵺みたいなのにはともかく、普通の人にやるなよ。プライバシーの侵害だからな。
さて、と。
俺は少し目を細め、だらけたにやけ顔をしている龍鵺の前頭部付近に術祖をかける。そして目をつぶる。するとラジオの周波数を合わせるが如く、真っ暗な俺の視界に段々と明瞭な世界の形が具現化される。
ああ、龍鵺の妄想が見えてきた……
――時は、夕暮れ時。オレンジ色の光と黒い影が織りなす幻想的なコントラストに包まれた教室。外では部活動に勤む野球部の声や、家路を辿る男女の楽しそうに弾む声。それもあまり届かぬ空間に、とても美化された龍鵺と天笠さん。二人は、机と机を隣同士にくっつけて、何やらクラスメートに押し付けられた仕事をしているらしい。
「まったく……私達だけに仕事を押し付けて帰っちゃうなんて……」
少し紫がかった黒髪が夕陽に映える天笠さんはブツブツと文句を言う。そして、
そんな彼女の右隣に龍鵺。
「そんな事言っちゃって。本当は二人きりになるために皆に頼んだんじゃないのか?」
何て爽やかに言ったその言葉に、
「な、何で知ってるの?」
顔を夕焼け空よりも赤くして、とても可愛い反応をする天笠さん。
「ハハハ。まったく、いけない娘だ」
キラッと歯を白く輝かせて笑い、そっと天笠さんを引き寄せる龍鵺。
「そんな悪い子には、お仕置きが必要だね……」
「あっ……氷室君……」
そして、ゆっくりと、重なっていく――
――ブツ。
テレビの電源ついたままコンセント引っこ抜く感じで接続解除。
……ああもう見ていられないよ。なんていう妄想なんだ。桁が違いすぎる。もう妄想を抱いて溺死しろ、龍鵺……。
「えー……却下します」
そして、そんな全て遠き理想郷を見ている龍鵺に、現実を突きつける声が届いた。
「ハヴァッ……」
変な声をあげてくたばる龍鵺。受けた傷は互いに深い。そんな君と僕に、送れる言葉はたった一つ。
『甘えるな』
さておき、指名を却下するとは……そんなに嫌だったのか。なんか、悪いことしちゃったな……。
「矢城君、私、傷付きました」
ああやっぱり……。何か片言になってるし、相当な傷を付けちゃったんだな。
「責任、取ってくれますよね?」
取るしかないだろうな。男として。
「ああ解った。責任取って、俺がその、えーと委員長補佐兼、え〜……うん。になる、よ……?」
あれ、何だろう? 右隣からものすっごい熱量が襲ってくるよ。何でだろう? 俺、とても怖い。
恐る恐る右を見ると、
「…………(ニコッ)」
笑顔+無言で、なにか物凄い炎をオーラみたいに纏った少女が一人、こちらを向いています。
……これは死亡フラグなのか?
「はい。それでは、矢城君を委員長補佐兼副委員長兼庶務兼書記兼幹事兼文化祭委員補佐兼体育祭委員補佐兼修学旅行委員兼生徒会委員補佐兼その他諸々私が関わる事の補佐委員に命じたいと思います。反論ある方は室見先生まで」
……何か増えてない? 軽く三倍くらいに。つか途中まではまぁ許せる範疇だったけど、生徒会ってとこからなんかもうこのクラス関係ないような……。
ていうか熱っ。何か俺の右半面だけこんがり焼けそうだな。何でだろう? ――いや、分かってるさ。
「それと、矢城君には相方になる文化祭委員と体育祭委員を決められる権利が贈呈されます」
ああもう何か全てが面倒くさいな。本でも読んでよ。
そう思い机の中に手を突っ込む。まだ教科書とかが入っていないそこには、
「何だこれ?」
自分の本と、何やら手紙っぽいのがあった。
その手紙は、簡潔だけれどもさりげなく女の子が使うような可愛らしい模様が入ってたりするものだった。
これは……いわゆる一つの……いや、それは早計だ。この十六年ちょっとの人生で初めての事だ。落ち着くんだ俺。
と、とりあえず中を――
『こんにちは。いきなりこんな手紙を見て、戸惑ってるかもしれませんが、私の用件を述べます。
今日の放課後、体育館裏で待ってます。雨が降ろうと雪が降ろうと学園が火の海になろうと、貴方が来るまで待っています。』
――新手の脅迫か? そう思える文章が、とても綺麗な字で書かれていた。
これは、どう捉えるべきなんだ? そもそも、名前が書いてないって事は悪戯かもしれないし……。いや、でももしこれが本当だとしたら、この人は俺が行くまで永久に待ち続けそうだな。そんな事をしているかと思うとナイーヴな俺は夜寝れなくなってしまうしな……。
「矢城君」
どうすればいいんだ。ここは誰かに相談するべきか?
「矢城君」
するとしたら誰に? 桐垣……は駄目だ。龍鵺も却下だな。え〜、そうなると……
「矢城君!」
「えっ……あ、はい」
自分を呼ぶ声で我に返った。
「今の話、ちゃんと聞いてた?」
「あー、ごめん」
「まったく……」なんて呟きながら、天笠さんは俺をジト目で睨んできた。ヤバいヤバい。考え過ぎてて周りの事、見てなかったぜ。
「で、矢城君を生徒会副会長補佐に任命したから」
はい?
「それと、坂上さんと東さんが体育祭委員と文化祭委員になったから」
え、ちょっ……
「だから、しっかり二人を補佐してあげてね」
「いやちょっと待った」
何故にこんなにも事態が進行しているんだ? 俺は認めるとは一言も言ってないぞ?
「だって、二人でいいかって聞いたらうんうん言ってたじゃない」
それは世間一般では唸っていると言うんだっ。
「功司君」
そんな反論を試みようとした俺の右から、推定1オクターブ高いヴォイス。僕の名前を呼ぶのはだれ?
「いや、分かってるさ……」
最早髪が焦げだす程の熱量をもって、俺を見ている東。その表情は鮮やかな笑顔。
「私の補佐役は……」
主に「私の」の部分を強調して、ゆらぁっと彼女の左手が動く。
「い、や、な、の?」
そして俺の右肩に手を置いて、飽くまでも笑顔+猫撫で声な東はそう言ってきた。
――まずい。ダークサイドが広がっている。このままでは殺られてしまう。
「ぃ、いいえそんな滅相もございませんよ嫌なわけないじゃないですか光栄ですよ東さんと仕事が出来るなんて」
命の危険を機敏に感じとった俺は、とっさにそう答えた。
「そう。ならいいけど」
そしてまたゆらぁっと手を引っ込める東。その手が置いてあった所からは、何やらブスブスと煙と香ばしい香りがほとばしっていた。
今日からの教訓二:火の元には気を付けよう。
はぁ……これで今日は何回生きていられる喜びを噛み締めたんだ?
「坂上さんの方は?」
「認めますよ」
最早投げやり気味に言う俺。今日はもう早く帰りたい……。