第三章:11 裏切り予告
「さて、これからの事だが……」先ほどの教室を出た俺たちは、まだ煙が薄く立ち込める廊下を歩いていた。「とりあえず私がトランシーバーであいつらに連絡を――」
「あー、ちょっと待った」
「うん? どうした?」
「あーいや、なんというか、だな」
「なんだ? トイレか?」
「違う違う。えーっと、上手い言葉が見当たらないんだが……端的に言おうか」
俺は一つ咳払いをする。
「口調、乱暴になっても構わないか?」
「……はぁ?」
「ああいやそんな怪訝そうな顔をしないでくれ。だから言っただろう? 力を使ってる時は性格変わるって」
「確かに言っていたが……」
「だからな、急に言葉遣い変わったり、変な事を質問してびっくりさせるのもアレだと思ってなぁ」
「はぁ……」
と、急に坂上が呆れ顔になる。
「別にそんな事程度じゃ驚かないさ。自由に喋るといい」
「……そうか、なら……」まず先ほどから気になっていた事を尋ねる。「俺の正体っつーか秘密はバラしたけど、お前の秘密はみんな知ってるのか?」
「…………」
無言になる坂上。
「……坂上?」
「……言ってない」
名前を呼び掛けると、ものすごく小さな声で返される。
「言ってないって……」
「いやほら……恥ずかしいじゃないか。一人だけ年上だとか、実は『何でも屋』なんて得体のしれないものの一員だったりとか言うのはさぁ……」
…………。
「俺には強要したくせに?」
「うるさい。男と女の秘密は重みが違うんだ」
そっぽを向いて、そう吐き捨てるように言う。
「バラしていい?」
「断固拒否する」
「どうしても駄目?」
「……矢城君は……女の子の秘密を勝手にバラしちゃうの……?」
いきなりすごい女の子声でしおらしく言われてしまった。そんな風に言われたらバラせないじゃないか……。
「女ってズルいな……」
「男の自分を恨め」
俺がバラせなくなったと思うと、すぐにいつもの声で喋り始める坂上。少し悔しいのでもう少しからかってみようかな。
「坂上って、ああいう可愛い声も出せるんだな」
「……か、可愛い……」
お、意外に効果ありか?
「ああ、お前のさっきの声、めちゃくちゃ可愛かったなぁ。いつもの凛とした声とのギャップで、一際可愛く聞こえた」
「ぅ……」
おお、坂上がめっちゃ照れてる。すごい光景だ。
「ああ、もう一回聞いてみたいなぁ……」
「ぅぅ……君は、本当に性格変わるんだな……」
頬を赤く染めた坂上が恨めしそうに言ってくる。
「そう? 変わってる?」
「ああ、すごい変ってるぞ……。普段の君ならば、こんな風に女子をからかって遊んだりなんか――」
「からかってないぞ。俺は本当に坂上の事が可愛いと思ってる」
「ぁぅ……」
ヤバい、坂上をからかうの癖になりそう。普段は飄々としてるのに、褒められるのに慣れてなくて照れるなんて。
「そ、そんな冗談はいいから、さっさと先へ行くぞっ」
そう言ってスタスタと先へ行ってしまう坂上。逃げられたか。でも十分に楽しんだし別にいいか。
「はいはい。それじゃあまずどこへ向かうんだ?」
「えっと、まずはリーダーに居場所を聞く」
まだ少しぎこちなく喋る坂上は、ブレザーの内ポケットから小型のトランシーバーを取り出すと、何かボタンを押して操作しだした。
「リーダー、聞こえるか?」
一通りその操作を終えると、トランシーバーに向かって喋り出す。
『なんだ、薫?』
すると、トランシーバーからノイズ混じりの声が流れる。なかなか渋い声だ。
「そちらに合流したい。居場所を教えてくれ」
『俺は理事長室のある棟の一階にいる』
「? 何故そんなところにいる?」
『ああ、言ってなかったな。誘拐対象には、来宮梢の他に来宮桜も含まれているんだ』
「……初耳だぞ」
『だから言ってなかったと言っただろうが』
「まぁいい。それで、来宮梢はどこにいるんだ?」
『そいつは確か、お前の教室がある棟の一階の倉庫らしい』
「ふむ、了解した」
『ならいいな。もう切るぞ』
「ああ待ってくれ、最後に一つ」
坂上はそこで一拍、息を吸い込む。
「今から私、この計画を失敗させる為に動くから」
「は……?」
『は……?』
……奇しくも、トランシーバーの向こうのリーダーさんと声がハモった。
「じゃあそういう訳で」
『お、おい待てかお――』
――ブツ。
通信を切る音。そして坂上は、無言で手近にあった窓を静かに開けると、そこからそのトランシーバーを大遠投。トランシーバーは箱庭の中に消えていった。――そのトランシーバーが箱庭でプチ遭難していた男子生徒を救った、という話を後日聞いたが、それはまた別の話だ。
今はそれより。
「なぁ、坂上」
「ん? なんだ」
トランシーバーを投げ、清々した、という顔をしている坂上に尋ねる。
「なんでわざわざ裏切るって宣言したんだ……?」
「決まってるだろう。反抗期だからだ」
「…………」
恐るべし、反抗期……。
「ロリコンかと思いきや熟女もいけるとは……心底見損なった」
「…………」
……なんか、リーダーさんに同情したい気持ちになった。というかマジでロリコンだと思ってたのか……。
「さて、まず来宮梢を救出しに行くか」
「あ、ああ……」
何事もなく話を進める坂上に、俺はただ頷く事しかできなかった。