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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
五月二十二日水曜日の出来事
22/31

第三章:9 過去3―優しさ―

 その晩、俺は事の次第を両親に告げた。

「……そうか」

 父さんは俺の話を聞き終わると、一つ頷いた。

「…………」

 母さんは心配そうに、泣きそうな顔で俺を見ている。

「…………」

 俺は黙ったまま、父さんの言葉を待つ。

「功司」

「うん」

「お前は、浬亜ちゃんを守るためにその力を使ったんだよな?」

「……うん」

 それに間違いはないはずだった。東が攫われた時、あいつは多分「助けて」って言ってたんだと思う。だから、俺は東を助けようとした。

「それで、その浬亜ちゃんを誘拐しようとした奴らに追いついたら、そいつらをボコボコにしてやりたくなったんだな?」

「……うん」

 怒られるんだろうなぁ。そんな事を思いながら、俺は言葉を返し続けた。

「それで、そいつらをボコボコにした後、浬亜ちゃんの声で我に返って、浬亜ちゃんをおぶって送って行ったんだな?」

「……うん」

「そうか……」

 父さんは俺の返事を聞くと、

「よく頑張ったなぁ、功司」

 そう笑って言った。

「え?」

「浬亜ちゃんを救いだして、しっかり家まで送って行ってやったんだろう? なら大したもんだ。そこまでできるとは、お父さんは鼻が高いぞ〜」

「で、でも……俺……」

「途中から、その浬亜ちゃんを助けるより、誘拐しようとした奴らをボコボコにしたくなったんだろう?」

「う、うん……」

 父さんはやっぱり笑ったまま、言葉を続ける。

「あったりまえだろう、そう思うのは。自分の好きな女が目の前で他の男に無理矢理連れ去られそうになったんだ。キレて当然!」

「お父さん、笑ってる場合じゃないでしょ?」

 そのまま豪快に笑いだした父さんを、困ったように笑いながらなだめる母さん。

「功ちゃん、真面目な話をするとね……そんな風に乱暴な気持ちになっちゃうのは、その力のせいなの」

「……え?」

 この力のせい……?

「その力はね、大人になれば自分で制御できるんだけど……子供の時はね、怒った時の気持ちが発動条件になっちゃうの」

 怒った気持ち……。確かに、東が車に入れられた時と、公園で東の姿を見た時に、頭が真っ白になって……。

「だからね、ぜーんぶその力のせい、って訳でもないんだけど、ぜーんぶ功ちゃんが悪いって事にもならないの」

「…………」全部俺のせいにならないにしても……俺はもう……。「……ここには、いれないよ……」

 そうだろう? あんな暴力沙汰を起こして、東には嫌われて……。もう、俺の居場所なんて……。

「ああまぁ、そうだが……別にお前の居場所がない訳じゃないぞ?」

「そうだよ〜、功ちゃん」

 暗い気持ちのまま、俺は両親の顔を眺める。

「どんなに他の人が功ちゃんを嫌ったって、私たちはずっと功ちゃんの味方だよ?」

「そうそう。それに、ここいら辺にないなら、引っ越せばいいだけの話だし。お父さんはなかなか偉い人だからな。仕事には困らん」

「……え?」

 今、いい言葉の後になんか聞こえた気がするんだけど……?

「引っ越しって……」

「引っ越しは引っ越し。住所も環境も変わって心機一転! 前の住所をうっかり書いちゃう時があるのが珠にキズ」

 母さんはその言葉にうんうんと頷いている。――ていうか。

「そんな簡単に言うけど、引っ越しってすごいお金が――!」

「ばーか」

 正論を言ったら父さんに馬鹿と言われた。

「あのなぁ、子供はそんな事気にしなくていいんだよ。まぁ家が貧乏だったらそう言われても仕方ないけど」

 そう言って、父さんのごつい手で、乱暴になでられる。

「そうだよ、功ちゃん。子供は黙って親に甘えちゃいなさい♪」

 そう言って、母さんはにっこりと笑う。

「…………」

 対する俺は、言葉が出せなかった。言葉を出したら、泣いてしまいそうだった。

 だから、俺は俯いて、嗚咽が漏れないように、ゆっくりと声を絞り出す。

「……ごめん」

「ばーか」

 その謝罪の言葉は、また父さんの言葉で一蹴される。

「こういう時は、ごめんじゃないだろう? 矢城家の家訓その16『いつでもどこでも正しい言葉選び』だぞ?」

 俺は、少し迷ってから、口を開いた。

「……うん。……ありがとう……」

「よし」

 それを聞いた父さんは大きく頷いた。

「ということで、善は急げともいうし、会社の人手が足りない支社を探すとするかな」

「私も、ご近所さんにお別れを告げないとね」

 慌ただしく動きだした二人を見て、俺はまた「ごめん」と言いそうになったけど、どうにか堪えた。そして、小さくもう一度「ありがとう」と呟いた。

「ほーら功司、お前も準備しろ準備。やり残した事とかさっさと済ませろよ〜」

「う、うん」

 とは言っても、俺にやり残したことは少ない訳で、部屋の片づけをして荷物を整えるくらいで準備は済みそうだった。

「ああそうだ、功司、これ付けとけ」

 と、自分の部屋に向かおうとしたところで、父さんに何かを手渡される。

「……これ何?」

 見たところ、父さんの手首に巻けるくらいの、細長くて小さい布の帯みたいなものだった。

「そいつはプロミスリング。主に手首や足首に巻く物で、他にも呼ばれ方はあるが俺はその名前の方が気に入ってるからそう呼ぶ。そいつには特殊なお呪いがしてあってなぁ、お前のその力を抑える効力があるんだ」

「俺の力を……?」

「ああ。これから高校卒業くらいまでは、多分放っておいてもお前の力は発現しちゃうと思うんだ。だから、そいつは外しちゃいけないぜ?」

「……うん、分かった」

「まぁ高校に入学くらいにはある程度その力のコントロールはできるようになると思うがな」

(高校に入学するくらい……)

 俺にはそれが非常に遠い出来事に感じられた。

(でもいつかはなるんだよな……)

 そうすれば、東に嫌われた今日の事も忘れられるのかな……?

 とりあえず、俺はその受け取ったプロミスリングを左手首に巻いた。なんだか、そこだけ温かくなったような気がした。

「よし、あとこのメガネかけとけ」

「え、メガネ?」

「そうだ。力を思いっきり使ってからしばらくは、二日酔いみたいな症状が続いて、瞳の色が翡翠色になると思うんだが、これにはそれを抑える効力があるらしい。婆ちゃんの家でそう教わった。」

(また随分と眉唾なものが出てきたな……)

 俺はそのメガネを受け取り、かけてみる。

「うっ……」

「どうした?」

「なんか……鼻のあたりが変……」

「ああ、分かる分かる。でも我慢しな。そのうち慣れるだろうから」

 俺がメガネもかけたのを確認すると、父さんは自分の作業に戻――

「と〜し〜ひ〜こ〜さ〜ん……?」

 ――ろうとしたら、母さんの間延びした、冷たい声が聞こえてきた。

 凍りつく居間の空気。まずい、母さんが父さんを名前で呼ぶ時は、なにかしらの父さんのまずいものが見つかった時だ……。

 その声にはもはや条件反射すら覚えてしまっているのか、父さんはその声を聞いた時から直立の姿勢に硬直、顔には脂汗がびっしり。

「な、ななな、何……かな……? 和泉……?」

 そして鈍い音が聞こえてきそうなほどぎこちない動作で母さんの方へ顔を向ける。

「これぇ、ソファーの下から出てきたんだけどぉ……」

 ゆらぁ、と母さんの右手が持ち上がる。その右手には、ピンク色をした、なにか子供が知ってはいけない世界を思わせる娯楽施設の名刺。

「……どういうこと」

 母さんの声は、そこでいつもののんびりした声とはかけ離れた、まるで相手を射殺すかのような鋭い声を出す。

「あ、い、いやこれはだなぁ和泉、か、かか、会社の接待でお偉いさん方がど〜してもって――」

「あらぁ、会社の上司が増えたのね、アナタ。確か、あなたの上司って、みんな六十、七十の方ばかりだったわよねぇ……」

「あ……」

 しまった、と言わんばかりの顔をする父さん。なんて分かりやすい人なんだろう。……将来、こうはならないようにしよう。

「じゃあ母さん、俺は自分の部屋で荷物整理してるね」

「うん、ごゆっくりねぇ、功ちゃん」

「ま、待て功司! お父さんを見捨てな――あ、いやなんでもないですってあああ!! いゃぁぁぁあ!! ダ、ダメ――!! ごごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいィィィ!!! あ、ああ……!! アアァァ―――――…………」

 

 

 ――こうして、俺はこの地から引っ越す事になった。……父さんの仕事の都合という事で――


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