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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
五月二十二日水曜日の出来事
19/31

第三章:6 日常→異常→過去

 そもそも、うちの学園の形はちょっとおかしい。いや形というか、配置というか微妙な線はあるが。ともかく、中庭には謎めいた迷宮があったりする学園なのだ。常識とは一線を画しているのは明白だろう。そんな大人の事情やらなんやらなのかよく分からないが、何故か二年の教室の並びが、右から見てCADFEBとなっていたりする。ちなみに一年はAFEBDC、三年がDCFAEBとなっている。もう深く考えた方が負けというようなカオスぶりである。さらに付け加えると、渡り廊下がなぜか二階と四階に付いている。物理的に大丈夫なのかちょっと不安に思ったりするが……まぁきっと大丈夫なのだろう。

 そういう地理条件のもと、我らが2−Cから一番近くにあるトイレが、渡り廊下を渡った先にある、特別教室が多々ある棟のトイレなのだ。

「で、こっちに来たものの……」

 なんか、暗いなぁ……。

 普段から使われることが少ないこの棟。しかも四階の教室に至っては、すべてが予備室なので、この時間に人がいる事なんてほぼ皆無。しかも、凹型な我が秋葉学園校舎故に、渡り廊下を渡った先の廊下はすぐ右に折れている。まるで、こちらには来るな、と言外に圧力をかけられるような、無機質な壁がすぐに立ちふさがる。

「…………」

 ……なんというか、すこし不気味だ。

 人の気配というものが無く、渡り廊下一つを跨ぎ、こちらの棟に足を踏み入れただけでこんなにも空気が変わるあたり、なんだか別世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚える。

 少しのうすら寒さを覚えつつ、廊下を右に――

「およ?」

 折れた所で、廊下の真ん中くらいを歩く東の後ろ姿と、向かい側の廊下から歩いて来る男子生徒の姿を発見。

(東もトイレか……)

 東の姿を確認すると、なぜだか無性にほっとした。昼間とはいえ、こんな不気味空間に一人でいるのは気が滅入るもんな。

 声をかけようか少し逡巡し、俺が声を出そうとした時、東の顔が少し左を向いた。

(こっちに気付いたのかな)

 なら軽く手をあげるだけでいいか、と思い直す。

 しかし、こちらを振り返ると思われた東の顔が、横向きのまま止まる。どうやらこちらに気付いたわけではなく、ただ通りがかった教室の中を歩きながら覗いているだけのようだ。

(……ん?)

 ふと、その東の足が止まる。そして横顔から窺える彼女の左目が見開かれる。まるで、何か見てはいけないものを見てしまったような。そんな驚愕に満ちた横顔――

「なっ――」

 ――が、不意に揺れて、その場に崩れ落ちそうになる。その体を、誰かが受け止めている。

 東を受け止めた誰か――印象が薄く、すぐにでも忘れてしまうような無機質な表情をした男子生徒の左腕には、ぐったりした東。そして、空いた右手には――

(……針?)

 何で針なんか、と思うより早く、教室の扉が勢いよく、それでいて静かに開けられる。そしてその扉から、二人の男子生徒。東を抱え、右手に小さな針を持った男子生徒と同じく、印象に薄く、無機質な顔。そして、同じく、二人に抱えられるようにしてぐったりしている、小さな女子生徒――来宮梢の姿。

「…………」

 理解が追い付かない。なんで、東はぐったりしていて、同じようにぐったりしている来宮さん共々、まるで感情がないかのような男子生徒に抱えられていて、男子生徒の右手にちいさな針が握られていて、三者三様、俺の方を見ていて、その内一人がブレザーの内ポケットから、おおよそ日本社会では見ない黒光りする物々しいものを取り出して俺の方に向け――

 ――タンッ。

「うぉわ!?」

 慌てて右後方に飛び退り、直角に折れる廊下の陰に身を隠す。我ながらいい反射神経だと思った。

(って、今はそれどころじゃなく!)

 今、撃ってきたよな……。ていうか、その前になんであんなものがこんな学園にあるんだ? いやそれ以前に、東と来宮さんは? そもそもあいつら何?

 落ち着かない思考をどうにか一つにまとめようとする。

(まさか、本当に別世界に迷い込んだのか、俺!?)

 身を隠したまま、渡り廊下の向こう側を見れば、休み時間の当り前の日常。

 身を乗り出して、右に折れた廊下の先を見れば、日常からかけ離れた異常。

 (お、落ち着け……とりあえず落ち着くんだ俺……)

 ほんのちょっと顔を出して、すぐに戻す。戻した瞬間、軽い銃声。多分、俺の顔が出ていた所を銃弾が駆け抜けたんだろう。

 銃火器なんかについての知識はほとんど無いが、こんなに軽い銃声しかしないという事は恐らくモデルガンをいじった程度の物なのだろう。

(……どうするか……)

 顔を出したほんのちょっとの間に見えたのは、拳銃を持った男子生徒がこちらに銃口を向けている姿と、教室から出てきた二人の男子生徒が気を失っている東と来宮さんをそれぞれ抱えてどこかに行こうとしている姿。

「…………」

 ……どうするもなにもない。本来ならばあんな危なげな連中なんかとは関わりを持たずに、このまま何も見なかった事にして渡り廊下の向こうの日常に戻るか、さっさと教師とかに現状を報告、おって対処してもらうべきなのだろう。

(だけど……)

 ……知り合ってから全然時が経ってないとはいえども、関わりを持った、嫌いではない先輩。そして、昔から馴染みのある、大切な……友達。

(見捨てるのか?)

 ただ単なる、平凡な高校生男子ならばその選択肢しかないだろう。この場は――言い方は悪いが――あの二人を見捨てて、もっと頼れる人達に頼むという選択しか。

 だけど。

「…………」

 たった一つ、自分なら、矢城功司ならば取りえる選択肢がもう一つある。それは彼女らにとって最良な選択。けれどもそれは、自分にとっての苦渋の選択肢。

 この選択肢を選んで、得られるもの。

 この選択肢を選んで、失くすもの。

 この選択肢を選ばず、得られるもの。

 この選択肢を選ばず、失くすもの。

「……はぁ」

 溜息を一つ。何をシリアスに悩んでますかね、俺は。

 視線と右手を、左手首のプロミスリングへ。

(確か、これが自然に切れた時に願いが叶うとか、そんなロマンチックなうわさがあったなぁ……)

 ふと、半年くらい前の出来事がおぼろげに頭によぎる。それは霞んでいて、ノイズがかかった景色。辺りに、所々から血を流した人間が倒れていて、その中心に自分が立ってて、夜空の月が冷たく光ってて、寒風に吹かれた体は熱くて、妙に寂しくて。ああ、また転校かぁ、とか、諦観と自嘲と自棄をブレンドした気持ちでぼんやり考えてて。

(……また、無駄に金とかもかかるんだよなぁ)

 両親に申し訳ない気持ちで一杯になって、それでもいつもと変わらずに笑ってる姿に、また申し訳なくなって――

 

 ――いい加減、自分の回想に浸ってるヒマもないから、俺はひと思いにプロミスリングを引き千切った――

 

 ――途端。

「ぁぐっ……」

 血液と一緒に電流も流したような感覚。内臓が飛び跳ねるような感覚。ともすれば快感と紙一重の痺れ。脳髄にガンガン鳴り響く警鐘。

「う……ぁ……」

 喘ぎをどうにかかみ殺す。引き千切ったプロミスリングは右手に握りしめ、左手は自分の胸を鷲掴みにして、こんな不快な快楽の感触に耐える。

「……はぁ……」

 そのまま五、六秒頭の中で数えると、その感触は消え去った。そして、入れ替わりに視界が一瞬赤く染まり、それも去る頃には思考が鮮明に、体が軽くなった。

「……準備、完了」

 ……非常に疲れた。毎度の事ながら、この感覚には慣れない。というか、慣れてしまったらそれはそれで変態への扉がオープンしそうで嫌だった。

 そんなくだらない事を考え、それから耳を澄ます。

 ――タッ、タッ、タッ……

 静かな足音が聞こえる。一つの足音は段々近くなり、二つの足音は少しずつ離れていく。

(一人に俺の処理を任せて、残りの二人で東と来宮さんをどこかに運ぶつもりか……)

 現状は推測した。ならここは、すぐに飛び出して一人を打ち倒し、その後離れていく二人を同じく打ち倒す。そう考え、俺は廊下の角から飛び出す。

「!」

 飛び出てきた俺に驚いたのか、六メートルくらい先で拳銃を構えている男子生徒は一瞬固まる。しかし、すぐに気を取り直し俺に照準を合わせる。

 俺は飛び出した勢いのまま、身を低くして廊下を思いっきり蹴る。三メートルくらいの距離を一息で詰める。

 ――タンッ。

 軽い銃声。弾丸は俺の右肩をかすめ、背後の壁に当たる。

 残りの距離をもう一息で詰める。男子生徒の驚いた顔がすぐ目の前に迫った。なんだ、しっかり感情を持ってるじゃないか。そんな事を思いながら、少し手加減して相手の鳩尾を拳で打った。

「――っ!?」

 男子生徒は短く息を締め出すと、そのままその場に倒れる。それを待たずに俺は駆け出す。

(次――)

 前方を、こちらに背を向けて歩く男子生徒二人はこちらのやりとりに見向きもせずに、東と来宮さんを運んでいる(ちなみに来宮さんはお姫さま抱っこ、東はおんぶで)。来宮さんの体格のせいか、東をおぶった男子生徒の方が若干遅れている。

 そちらに狙いをつけて、俺は廊下を駆け続ける。ふと、左の壁に貼り付けてあるポスターに『廊下は走らないでください』という言葉を見つけたが、非常時なので目をつぶってもらう事にする。

 東を抱えた男子生徒に追いつくと、横に回り込んで、フックを打つ要領で鳩尾に拳を沈める。

 こちらの男子生徒も、先ほどの奴と同じように短く息を締め出すと、そのまま倒れそうになる。

(――っと)

 さすがに東を背負いながら倒れられると困るので、その体を受け止めてゆっくりと床にうつ伏せさせる。

(あと一人)

 次なる目標へと巡らした視線を、いきなり白い煙が遮った。

「なっ――」

 どうやら来宮さんをお姫様抱っこしている奴が、発煙筒を使ったみたいだ。両手が塞がってるくせに何て器用な。

 それはともかく、徐々に辺りを分厚い煙が覆い尽くす。そのせいで、最後の一人の姿は全く見えなくなってしまった。

「くっ……」

 見えない事にはどうしようもないので、俺は東の近くを離れず、この煙を手早く散らす方法を考える。

(窓を開けるか? いやでも窓を開けたら……)

 煙が外に漏れて、この異常を察知した教師やらやじ馬やらが来てやっかいな事になりそうだ。

「こっちだ」

「え?」

 どうするべきかを考えていると、俺へ手が差し伸べられる。煙の中にいるので、それが誰の手だかはっきりと分からない。しかし聞き憶えのある声だ。

「……坂上か?」

「ああそうだ」

 ……それならばこの手は取っても大丈夫だろう。そう判断した俺は、未だぐったりとしている東をどうにか片腕で背負うと(うわー背中になんか柔らかい物が……)、坂上の手を取った。

 坂上はそれを確認すると、迷わずに俺の手を引いて歩きだした。

 そのまま無言で、十二歩歩いたところで坂上は立ち止まる。次に、扉を開ける音が聞こえ、そしてまた俺の手が引かれた。

「ふぅ……ようやく普通に喋れるな」

 手が引かれるままについていくと、そこはこの棟の教室の一つだった。俺が入った後、すぐに坂上は扉を閉めたため、この教室にほとんど煙は入ってきてなかった。

 俺は、一先ず東を背中から降ろして、手近にあった椅子に座らせる。

「ところで、どうしてお前はこんなところに?」

「私がここにいる理由か?」

「ああ」

 煙幕がもうもうと焚かれた廊下に、なんの疑問も抱かずに、迷わず俺の手を引いてこの教室にまで連れてこれたり――というか。

 どうしてこんな教室に俺を導いたのか。

「そうだな……」

 坂上は右手を顎に当てると、教室の一角を見詰めて少し考える仕草をした。それは、何か隠し事を喋ってもいいか悩んでいるというより、多くある話すべき事の何から話すべきかを悩んでいるようだった。

「うーん、とりあえず……比較的軽い話から」

(軽い話か……)

 まぁそっちの方が助かるかもしれない。先ほどから日常規格外の出来事ばかり起こっててそろそろ俺の情報処理能力は限界に達しそうだし。

 坂上は小さく咳払いをすると、一言、さらっと告げる。

「私、実は親の顔知らないんだ」

「…………」

 ……その言葉は十分に重いと思うのは気のせいなのだろうか。

「……それが、ここにいる事とどう関わるんだ?」

「うーん、なんというかなぁ……信じてもらえるか分からないが……」

 坂上は少し逡巡した後、意を決したのかまた口を開く。

「私、実は君たちより年上なんだ」

「…………」

 ……何だか、ここにいる理由というより坂上の家庭事情を聞いてるような気になってきたのは俺の気のせいなのだろうか。

「……それが、ここにいる事とどう関わるんだ?」

「ああすまない、分かりづらかったか」

 分かりづらい、というか話が繋がらない気がする。坂上は、もう一度顎に手を当て、何か言葉を探しているようだ。

「……よし、それじゃあ簡潔に私の近況をまとめよう」

「最初からそうすればいい話では……?」

「うるさい。私にだって照れとかそういう感情はあるんだ」

 正直な感想を言うと、三白眼で睨まれてしまった。というかいつもと坂上の雰囲気が違うような気がするんだけど。

「えーと、だ。つまり、私は……端的に言うと『何でも屋』の一員だったのだ」

「…………」

 えっ? なに?

「……はい?」

「ああ、分かる。君の反応は至極もっともな反応だろう。でも信じてくれ。事実なんだ」

 おお、普段クールな坂上が照れてる。すごい新鮮だ。

「うーん……分かった、一先ず信じるとして……その『何でも屋』って何だ?」

 もう少しその坂上を眺めていたかったが、それは断念する。そういう空気じゃないような気がするし。

「ああ……そうだな、分かりやすく言えば『傭兵』のような感じか? とりあえず、金を受け取れば『何でも』やる、という集団だと思ってくれ」坂上は少し溜息をつく。「で、私たちは今回、『来宮梢の誘拐』という仕事を請け負った」

「…………」

 来宮梢の『誘拐』。およそ日本では――いや、政府があるところ全てで、それは犯罪にカテゴライズされるべき行動。それを誰かに依頼されて、坂上がそれに一枚噛んでるって……?

「当然、仕事は非合法。明るみに出れば、お巡りさんとの追い駆けっこに発展する。……『何でも屋』とは、そういう存在だと思ってくれ」

「……それは理解したとして、どうして来宮さんを誘拐するんだ?」

 坂上の事も少し解せないが、その事も理解できない。なんだって見た目が年齢引くことの五歳な女子高生を誘拐する必要があるんだ? もしかしてその依頼主はロリコンなのか?

「おや、君は知らないか? この学園の理事長がどんな人か」

「理事長……?」毎度朝礼で見る、頭皮が見え始めた校長はよく見るけど……。「そういえば、理事長は見たことないな」

「では『来宮財閥』は?」

「それは……」

 知っている。確か、全世界に色々な支社を持つ、総合貿易会社の総称。十数年前から急に発展した企業。

「なら、これで分かるな。この学園の理事長は『来宮桜』。ほんの七年前までは『来宮財閥』の総帥だった人物。そして、来宮梢はその孫だ。それの誘拐、となれば、話は簡単なものだろう?」

 まぁ、流石に依頼主は言えないがな。そう言葉を切る坂上。

「…………」

 ……俺は、本当に異次元に迷い込んでしまったのだろうか。なんだか一気にキナ臭い世界に足を突っ込んでしまったような気分なんだが……。

「だから、君がさっき見た三人は『何でも屋』の一員。ちょうど来宮梢をさらって、あの教室に隠しておいたんだろう。しかし、そこを東君に見られた」

 ……だから、口封じの為に東を気絶させ、来宮さんと一緒に隠しておこうとして……

「さらに君に見つかり、東君は奪回、二人は気絶させられた、と」

 なるほど、まだ少し混乱はしてるけど、大体の理解は追いついた……けど。

「坂上、なんでそんな事を俺に?」

 本来ならその情報は、トップシークレットなハズなのに。なんで俺に伝えるんだ?

「うーん、そうだな……。『何でも屋』のトップ、リーダーは私の育ての親みたいな男なんだが……。強いて言えば、反抗期かな?」

 そう言われてしまった。綺麗な顔立ちをした女の子の可愛い笑顔で。

「随分と壮大な反抗期だな……」

「気にするな。年頃の女の子は父親に対してシビアなんだよ」

 ……お父さんのパンツと一緒に洗濯しないで、レベルで組織のトップシークレット暴かれるってどうよ、日本のお父さん……。

「という訳で、この計画をぶっ壊して破算させたい。協力してくれないか?」

「……はっ?」

 お父さん、どうやらこの娘は秘密を暴露するだけでなく、仕事そのものをやめさせようとしていますよ?

 というか。

「……なんで俺に頼むんだ? ていうかそもそも、わざわざその仕事? を自分で壊す意図が掴めないんだが」

 それに、わざわざ部外者の俺にそこまで言うって事は、何かの罠かもしれないし。……まぁ、俺一人を罠に嵌めたところで事態が変わるとは思えないけど。

「……ああ、まだ言ってなかったなぁ……」

 坂上は心底嫌そうな表情かなりめずらしいなをして、語る。

「実はなぁ、その依頼主の御曹司がな、頼んでもいないのに『仕事が成功したらお前を嫁に貰ってやろう』なんて言ってきてな……」

「…………」

 何と言えばいいか分からない。

「嫌だけどさ、言えないだろう? 『お前の腐った顔面に鉛玉ぶち込んでやろうか』なんてさぁ……。というか、恋くらい自由にさせろって言うのに」

 意外とえげつない事考えてるんだな&意外に乙女なんだな坂上って……。

「……いつぞやの喋り方じゃないが、傷つくぞ?」

 と、坂上がジト目になり、少し唇を尖らせて俺を睨んでくる。

「え? 顔に出てた?」

「ああ出てた。意外にえげつないんだなって。本当に君はわかりやすいな……」

 うぅむ、それは失礼な事をした。

「いや、ごめん……」

「ふーんだ、いいさ別に。どうせ私には硝煙のが香水代わりな女さ。……でも私だって一端の女の子なんだぞ。恋に恋するんだぞ?」

 そう少しそっぽを向きながら、照れたように拗ねた風に言う坂上。悪いと思いながら不謹慎だけど……拗ねてる坂上ってめちゃくちゃ新鮮で、普段のギャップと比べるとすごい可愛いな……。

「話が逸れたな」坂上は一つ咳払いをすると、いつも口調に戻った(頬は少し赤いままだけど)。「とにかく、私はそんな理由でこの計画を無しにさせたいのだが」

 ……これもその誘拐の作戦の内の一つなのかもしれないけど。友達を疑うのもアレだけど。

「それで俺を頼るのはいいけど、大した役には立てないと思うぞ?」

「何を言う、矢城功司」

 坂上は俺の肩に手をおいて、正面から俺の目を見据える。

「言っただろう?『そろそろ素直になったらどうだ』と。もう瞳の色が変ってきているぞ?」

「なっ!?」

 坂上が見ているのは、俺の瞳。俺の日本人らしく真黒な瞳孔は、しかし今は――

「もうほとんど色素が抜けて……翡翠色か? この色は」

「!」

 坂上の手を振りほどいて、一歩下がる。

「な、んで……」

 なんで……知っているんだ……? この学園で知っているのは……白井先生ぐらいのはずなのに……。

「知っているさ。『何でも屋』の情報網は、ともすればどこぞの国家並だからな」

 秘密。知られてはいけない秘密。人に見せてはいけない秘密。知られれば――終ってしまう秘密。

「私は既にカミングアウトしたんだぞ。それならば、次は君の番だろう、矢城功司」

「うっ……」

 一歩、近づかれる。一歩、退く。一歩、近づかれる。一歩、退く……。

 ――トン。

 背中に衝撃。壁。これ以上、下がれない。

「何をそんなに怯える必要がある?」

「ぅ……ぁ……」

 駄目だ、言ったら。またあの日が俺の脳裏に蘇って……。

 視界がグラグラする。吐きそうだ。もう全て吐きそう。過去のしがらみも自分の秘密も自分の想いも――全て。

 ガンガンガンガン、頭が痛い。

 シクシクシクシク、心が痛む。

「こ……のことは……」

「私しか知らない。今はな。だけど、みんな知ったとして、君の恐れている事態には発展しないと思うがな」

 そんな保障はどこにもない。

 この世は綱渡りなんだから。

 何が正しくて何が間違ってて。

 みんなに受け入れられるにはどうしたらいいかなんて。

「何をそんなに怖がっている? 君の力は、東君を救った。その事に偽りがあるか?」

「あずま……」

 今まで忘れていた、東のぐったりした姿を視界に収める。その姿を見て、ある事を思い出す。

(また……また誘拐されかけてんぞ……東……)

 ……そうだ。そうだった。俺は、東の事を助ける為に、覚悟したんじゃないか……。

 確かに決めた。あの日あの時より、俺は、大事なところでは自分よりも他人を優先させるようになった。だからこれは、自分の事よりも、他人の事を優先するようになってからの――怒りからでも勢いからでもない――最初の、本当の決断。

 大切な人の為に。

(なら、いいじゃないか)

 もう伏線も解いてしまおう。

「おれ……俺は……」

 矢城功司は、過去を語りだす――

 


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