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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士

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エピローグ もしくはこれが始まり。


 誰かが言った。この世界は『魔力』という祝福を受けていると。

 誰かは言った。『魔力』は人間にも祝福を与えていると。


 ――ここはどこだ。


 気づけばグリムは真っ白い空間にいた。その中では地に足を付ける事ができない。ぷかぷかと水に漂うかのように身を任せる事しかできなかった。そんな中でグリムは呟く。


 ――ああ、そっか。これは夢の中か。


 どこか実感が湧かない中、勝手にそう結論づけたグリムは周りを見渡した。

 何もない世界……真っ白いだけで、上も下もない世界。立っているのか逆さまになっているのかさえわからなくなってくる。平行感覚さえも曖昧だ。


 ――誰かいないのか?


 そんな世界で、グリムは急に寂しくなった。守る者も、救うべき国もない……その中で自分だけが取り残されている。まるで『グリムはもういらない』と言われているような……捨てられたような錯覚に陥る。

 その時だった。白い空間にぽつりと人影が映り込む。


「みつけた」


 誰だ……グリムは目をこらす。白髪に、灰色のローブを着た人間……いや、人間でいいのか?

 白髪の上には白狼のような耳がピンと立っており、灰色のローブの下からは尻尾の毛先が覗き見える。声色からは女性だと推測できるが、顔は遠すぎて把握できなかった。

 ただ左肩から三つ編みを下げたその女性は、なぜだかこちらから視線を逸らす気配がなかった。まるで愛しの君をみつめるかのように、じっとグリムをみつめる。


「待っていた……ずっと君が帰ってくるのを待っていた」


 とその瞬間、女性は視界から消え、同時にグリムは背後から誰かに抱きかかえられる。


「だから、今度こそ(、、、、)祝福を受けた君が全ての人を幸せにしてあげてほしい……」


 ――待ってくれ。君は誰だ!?


 グリムは振り返る。だが、その前に白い世界は視界を埋め尽くすほどの輝きを発した。


「……私は待っている。きっと来てくれると信じて」


 その中で女性はただ一言だけ言い残して、そのまま光に包まれていった。



     ☆



 そうして、グリムは飛び起きる。

 リンリン……鐘が鳴り響く中、グリムは黒くすすけた天井を見上げていた。どうやら大部屋で眠っていたらしい。瞼を開けると安堵の息をつく。

 そう、ここは見覚えがある場所、錬金術士の作業場――本が積み重なっている光景は間違いなくスフィアのアトリエだった。その一角……ベッドの上に横たわっていたグリムは身体を起こした。

 とはいえ、ぬるっと動く感触はスライムのものだ。グリムは未だスライムのままである。そして、起き上がった視線の先では補修された玄関扉が開いており、さらにその向こうでは井戸から水を汲む少女の姿が見えた。

 妖精をイメージした白と緑のレース服……まぎれもなくスフィアだった。しばらくすると、水汲みを済ませてこちらを振り返る。刹那、スフィアと目が合って絶句する。


「……お、おはようございます」


 グリムは何を話したら良いかわからず、ぎこちない挨拶をしてしまう。グリムが人間だったら謙遜するように軽く手を上げていただろう。

 それというのも視線の先……スフィアの眼には涙がこみ上げていた。涙は真上に昇っている太陽の光を反射して、ギラギラと輝かせる。


「す、スライムさーーーーーーん!!」


 そして、その光が絶頂に達した時、スフィアは泣きつくかのように近寄ってきた……その途中で積まれていた本に躓いたのはご愛敬だろう。

 大丈夫か……直後、グリムはスフィアの下へ飛び降りた。と同時に、スフィアが本を押しのけて抱きつく。


「スライムさん! 本当にスライムさんですよね!?」

「って、こら。そんなに強く抱きしめるな……というか、自分には『グリム』って名前が……」


 だけどスフィアはそんなのお構いなしに、グリムを自身の胸に押し当てる。むぐぐ……グリムは顔を押しつけられ、ろくに喋る事もできずに息苦しくなった。

 だけど不思議と嫌な気分にはならなかった。大げさだなと思いつつも、グリムはスフィアの暖かさに胸を撫で下ろす。

 だが、グリムはどうしても一つ聞いておかなければならない事があった。無理矢理にでも顔を押し出して声を発した。


「ま、待て……待ってくれ! それよりも、自分はなぜアトリエにいるんだ?」

「えっ」


 途端にスフィアが手を止めてグリムを掬い上げるかのように抱え直した。その眼には疑念の色が混じっている……まるで最初に会った時と同じように。


「なぜって……忘れたんですか? スライムさん」

「………………は?」


 それからしばらくの間、グリムは呆然と立ち尽くした。そんなグリムを眺めて、スフィアはじっと目を細めて考え込む。その様はまるで重篤者を診ているかのようだった。



     ☆



 そうして、グリムはスフィアの口から後日談を聞いた。

 何故だか詳しい状況までは教えてもらえなかったが、どうやら瀕死の状況まで陥ったグリムたちは何とかワームハウンドを倒したらしい。

 その衝撃で炭鉱の一部が崩落しかけたが、その直前にスフィアはグリムを抱えて『ロッキング第一炭鉱』を脱出。途中で遭遇したウェルスも連れてリンドの町に帰ってきたそうだ。

 その後、スフィアは事の顛末を町の住民に報告し、帰る前にあらかじめ引き抜いておいたウェルスの戦利品から必要な素材を取り出して薬を作った。認めたくはないが、結果的にウェルスがロッキング第一炭鉱を探索してくれたおかげで素材を探す手間が減ったのである。

 そのおかげなのか、スフィアは夜明けまでに落ち着いて錬成をする事ができた。

 恵みの加護石に溶かした蝋を入れ、最後にスノーライトフラワーの種を入れる。そう、サクラが育てていた花の種……その余りを貰ってスフィアは『安らぎのお香』を作った。

 香りに魔力を乗せて充満させるそのアイテムはすぐさまサクラの部屋に届けられ、そこからは医者とも連携して看病に当たったそうだ。

 その甲斐あって、サクラは一命を取り留め、今は目を覚ましている。医者からは絶対安静を言い渡されているため会えないそうだが、ケサラ共々、感謝の意を表していたらしい。

 そして、今日はロッキング第一炭鉱の出来事から三日後の昼……言い換えれば、グリムは三日間、昏睡していた事になる。だから、スフィアが心配するのも当然で、


「本当に何も覚えてない(、、、、、)んですか??」


 スフィアは街路を歩きながらポシェットの中に隠れていたグリムに何度も問いただす。その両手にはたくさんの紙袋……時折、雑貨店に入っては薬草や道具を買ったりしているのだ。

 そんなスフィアにグリムは何度目かもわからないほど首を縦に振った。

 そう、何を隠そうグリムはロッキング第一炭鉱での出来事を一切合切、覚えていないのである。

 正確にはワームハウンドの身体にしがみついたところまでしか記憶が存在しておらず、グリムからしてみれば『自分はワームハウンドの猛攻に対して気絶し、知らずの内に倒されていた』という納得のいかない状態になっている。

 よって、グリムは今現在、ポシェットの中で猛烈に反省している真っ最中なのである。


 ――情けない……情けなさ過ぎて涙が出てきそうだ。


 敵前で気絶など騎士見習いでもしない。ましてや聖騎士ではあるまじき失態だ……グリムは悶え苦しむ。


 ――そういえばスライムになってから訓練や筋トレを一度もやっていない……ああああああ、喝だ、喝――――――――――!!!!


 まったくもって弛んでいる……グリムは自分の行いに恥さえ感じていた。

 だけど実際のところは違う。ただ一人だけ……スフィアだけは知っていた。知っているからこそスフィアは思い悩んでいた。グリムに知られないように平静を保っているが、心境は複雑に入り乱れている。


「もしかしたら、サクラちゃんよりスライムさんの方が危ない状態なのかもしれない……」


 スフィアはその重圧に耐えられずにぼそりと口走る。そう、スフィアだけは見ていた……あの時、大量の聖水と共にグリムが元のスライムの姿に戻った際、グリムが謎の光に包まれていた瞬間を。

 けれどその瞬間……眩しくて瞬きをした瞬間、スフィアはいつの間にかロッキング第一炭鉱の入り口に立っていた。瞬間移動したかのように、ウェルスとそのお目付役たちも連れて。

 それはスフィアにも説明がつかない現象だった。説明がつかないからグリムには言えないし、そもそも眷属(ドラゴン)化なんて異常を軽々しく話して良いか……グリムがどう捉えるかスフィアにはわからなかった。怖くて言えなかった。


「ん? 何か言ったか?」


 そうとは知らず、グリムが見上げてスフィアに声をかける……悶え苦しんでいて聞いてなかったが、何か大事な事を言いかけた気がする。

 だが、スフィアは現実に戻ってきたかのように「なんでもありません」とにっこり笑ってまた町中を歩き出した。同時に紙袋が音を立て、不意にグリムは疑問に思った。


「……そういえば、そんなに買い込んで何をするんだ」


 グリムは首を傾げる。中身が錬成に必要な素材だとしても両手いっぱいの量はさすがに度が過ぎている。

 すると次の瞬間、スフィアは突然胸を張り、逆にグリムはあまりに唐突すぎて呆気にとられた。


「何って……それはもちろん、スライムさんと旅をするための準備に決まっています!」

「……はい?」



      ☆



 そして、それからまた一週間が経った。

 グリムはスフィアのポシェットに潜り込みながらスフィアと同じ景色を見つめていた。その視界には小さくなるリンドの町がある。


「本当に町から離れて良かったのか?」


 南東から流れる心地よい風に吹かれながら、グリムは再度、問い直した。

 リンドの町で買い物をしたあの日から、グリムはまた一つ新たな真実を知った。といっても、特別な事ではなく……ただ純粋に『薬が効かなかった』という残念なお知らせである。

 どうやらスフィアはグリムが気絶している間に眠りの森で集めた素材で清浄の丸薬を作ったらしく、また試してもみたらしい。だが、今現在、グリムが元の姿に戻れていないことが全てだった。

 それがわかった途端、スフィアは町を出る決意をした……リンドの町に居続けてもグリムを元に戻すことはできないと判断したのだ。

 その後のスフィアの行動は速かった。一週間のうちに小型の錬成釜と折りたたみ式の杖を作った。ポシェットも新調し、グリムが入っても広々とした作りになっている。

 それでもグリムはどこか罪悪感が拭いきれない声で引き留めようとする。

 もちろん、ついてきてくれるのはありがたい。スライムの姿ではろくに町の中に入る事もできないだろう。

 だが、だからといってスフィアのやりたい事を邪魔していいのか……グリムは不安を募らせる。


「ほら、まだリンドの町でやりたい事があったんじゃないのか? サクラだってまだ病気が治ったわけではないし……」

「それなら大丈夫ですよ」


 直後、スフィアはくすくすと思い出し笑いしながら余談を語る。

 ちょうどサクラの容態が安定した頃、アシュラ家の当主がロッキング第一炭鉱の件を聞きつけてリンドの町にやって来たらしい。それからウェルスがアシュラ家の私兵を乱用したこと、ウェルスが町の少女を……サクラを轢いた事を把握した当主はケサラに頭を下げ、サクラの治療と生活費を援助したいと申し出たそうだ。

 もちろんこれは綺麗事ばかりではない……言い換えれば、『口止め料』だろう。サクラの治療を引き受ける代わりに今回の不祥事は水に流せ、という事だった。

 その上でケサラはその交渉に乗った。無論、サクラを轢いた事は赦せないだろう……だが、それ以上にサクラを失う事の怖さが勝ったのだとグリムは推測する。

 そして、事を沈静化した当主は、家に帰れもせず町で逃げ隠れしていたウェルスをみつけて首根っこを掴んだ。


 ――「おまえは貴族のしがらみなく育ててみようと思ったが、やめだ。これからは一から十までしっかり仕込んでやる……覚悟しておけ」


 そして、そう冷たい声で怒りを露わにした当主は、ウェルスを連れ去り、「助けてくれ」と泣き叫ぶ声と共に聖王都へと帰っていった……正直、ひき逃げしておいてそれで済むなら運が良い方だ。

 そんな事があったから、サクラの薬剤師役はお役御免……スフィアはグリムの事に集中する事ができるようになったという。

 だが、それはあくまでついでの話……本当は、


「私はスライムさんを絶対にグリム・グロッケンに戻して見せます」

「スフィア……」


 グリムは二人で交わした約束を思い出す。グリムがスフィアに『味方でいる』と誓った日、スフィアもまたグリムに誓いを立てた……その誓いがまだ継続されている事に少しばかり感傷的になる。それが自分の命にも関わる事でもある、とは予想もせずに微笑む。


「行きましょう、スライムさん。元の姿に戻るための旅に出発です!」


 そして、どこか含みのある笑顔を向けるスフィアに、グリムは前を向いてしっかりと頷いた。もう俯くのはスフィアにとって不敬となるだろう。

 目指すは大陸の東にある学問都市――そこならきっと人間に戻る方法があると信じて、未熟な二人は歩き出す。

 これがのちに世界を巻き込むグリムとスフィアの旅の始まり――偶然から始める物語の幕開けだった。

 


 まずはここまで読んでくださってありがとうございます。

 オリジナル小説「錬金術士の私とスライムの聖騎士」第一章はこれにて閉幕です。楽しんでいただけたでしょうか? 気休めでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 この章は全体的に物語のプロローグに当たる部分で、これからどこまで書けるかはわかりませんが、基本できるだけ書き進めたいとは思っていますのでよろしくお願いします。


 とはいえ、未熟な著者はもう息絶え絶えです。さすがに二つ同時進行はきつかったです。というわけで区切りもついたことだし、こちらは著者恒例のお休み期間に入ります。

 加えて、恒例の予告タイムにも入ります。


 次回の章のタイトルは「ちびっ子王子と五つの竜の話」(仮)です。

 舞台は学問都市……ではなく、聖王都編に入ります。そして、仲間が一人だけ入ります(グリムとスフィアを俯瞰して見れる子がほしい)。かつ当主に連行されたウェルスさんがまともな服装で出るかもしれません(こっちは未定)。そして、もしかしたら王子様をめぐる争奪戦が起きるかもしれません。

 「かもしれない」ことばかりですが、長い目で見られる方はどういう子が仲間になってくれるのか、また『初代フィルガルド王と聖王都の歴史』がどんなものになるか楽しみにしていただけたら幸いです。


 ということで長々と失礼しました。最後に走り出したばかりですが、これからもよろしくお願いします。

(予想以上に読んでくださっている方がいてうれしい)桜でした。

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