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第19話 二人は真実を知ってもきっと、優しいままなんだろうな


「ねー、シャルはどうして人間界に行こうと思ったの?」



 カイルは色々と察してくれそうだと思っていたが、案の定、アイルの口からはその質問が出た。


 普通の魔族なら、戦果が欲しい、とかそんな物だろうが俺は例え嘘でもそんな事は言いたくない。言うくらいなら、死んだ方がましだ。

 

「もしかして、この前の事と何か関係ある?」


 この機に聞いてしまおうと考えたのか、カイルもアイル側に回る。

 どうする。


 そもそも、隠し続けてメリットはあるのか?


 もう俺は知ってるだろ。きっと二人は、真実を知っても変わらない態度でいてくれる。


「……関係、ある――って言ったら?」

「想定済み」


 と、含み笑い。


「もしも……もしもだ。俺が魔王を恨んでると言ったらどうする?」

「う、ん。それは想定外だ」


 鼓動が早くなる。


 俺は焦っていた。




 ――『クベル、落ち着いて下さい』



 ストリア?



 『あなたは、お二人が大切なのですね。だから、拒まれるのが怖いのです』



 怖い……?



 『大丈夫です。クベルも知っているでしょう? あの方達は、あなたを否定し続けた人間達とも、残虐な魔族達とも違う、という事を』



 ……ああ、そうだな。俺が信じないと向こうだって、信じてくれない。


 だけど、もしも、否定されてしまったら俺はストリアへの復讐を邪魔するやつらとして、二人を――排除する。



 『私はずっと、味方です』――



 ちゃんと話そう。ノエズ=シャルの事を、そしてクベルという勇者候補がいた事を。


「二人とも、これから話すことは紛れもなく事実で俺の本心だ。もしかしたら、傷つけるかもしれないし、逆にお前らの方が俺に失望したりするかもしれない。それでも……聞いてくれるか?」


 二人の方は見れなかった。俯きながら、言葉を待つ。


「「もちろん」」


 アイルとカイルの声が重なった。


 優しい、声。


「ありがとう」


 そして俺は話始める。長い長い話を。


 言葉にはするのが難しい事も沢山あるけれど、伝えないわけにはいかないから。


「俺は自分が誰でどこから来たのか、本当は何も知らないんだ」

「シャルはシャルじゃないの?」


 アイルが眉を潜める。


 首を横に振り、


「違う。俺は気がついたらこの森の湖の所にいて、お前ら二人に助けてもらったんだよ。だから、この世界の事も自分の事も本当は何も知らなかった」

「待って待って。じゃあ、シャルはどうやって、自分の名前や魔界の事を知ったのさ?」

「これだよ」


 机の上に『転生の書』を置いて見せた。


 恐る恐る、二人がそのページを捲る。


「あ……本当だ、何これ……色々な事が全部記されてる」

「シャル、君は一体何者?」


 空気が張り詰める。


 ほんの少しの勇気だ。それだけで良い。


 手の内に力を込める。


「俺は人間界の……勇者候補クベルだ。だけど、クベルは落雷で死んだ。そして、俺は神から二度目の生を受けたんだ。一般魔族、ノエズ=シャルとして。それが今の俺だよ」


「――わ、からないよ、私。何がどうなってるの?」

「……整理すると、君は以前は人間の、それも勇者候補として生きていた。でも命を落とした。そして、今、勇者候補だった時の記憶を持ちながら魔族として生きている、って事?」


 頷く。


 簡単に信じられるような話じゃないのは分かってる。だけど、後からきたこの沈黙が二人の動揺を伝えた。


「ねぇ、シャル。勇者候補と今のシャル、どっちが本物のシャルなのかなぁ……? 私はシャルの事はもちろん大好きだし、信じてるよ! でもね、勇者候補のシャルを私は知らない。だから……よく分からないよ」


 涙目になりながら、勢いよく顔を上げた彼女は「だって、」と叫んだ後、そのまま続けた。


「私達は、シャルの大切な人や、シャルの住んでいた人間界を壊した張本人なのに!! 嫌だよ、私は……こんなの、嫌だよ! シャルは……私達を死ぬほど恨んでるんでしょう? 人間だったら、当たり前だもん。私とカイルは……っ、沢山の命を奪ったんだから」


 俺は勇者になりたかった。魔王や魔族から、世界を守りたかった。それがストリアの願いだったからだ。


 だけど、今は――その「世界」にもしかしたら、魔界も含まれていたんじゃないかって思うんだ。


 だって、ストリアはいつも言っていた。




『世界は優しさで溢れていますね! この世界に優しくない人はいないのです。皆、皆、本当は優しい。だから、私はこの世界を愛しています』




 思い込みでも良い。ストリアが愛した世界は人間界と魔界、関係なく、全てを含めた世界だったんだと、俺は思いたい!



 だから、



「アイル、カイル、俺は二人が沢山の命を奪った事は許せない。でも、俺だって……沢山の魔族を、いや、命を奪ってきた。だから、理不尽に命を奪い合う世界なんて、変えてやれば良いんだ」




「魔王、倒すけど……良いか?」



「はぁ――!?」



 呆気に取られたその顔に、思わず破顔した。


 それにつられる様にアイルも笑みを零す。


 そしてカイルも、力が抜けたようにこちらを見て言うのだ。


「本当、無茶するよなぁ、君ってやつは」

「思考がたまにぶっ飛ぶというかねぇ」

「って、おい、アイルにだけは、言われたくないんだけど」



 魔王を倒す――、口にして初めて分かる。その重みを。どれだけ大変な事かも理解してるつもりだ。だからこそ、やるしかない。


「シャル、私は魔王様を尊敬してるよ。残虐で理不尽で、不公平でヒノさん達を苦しめていたとしても、あの方がいなかったら私はここにはいない。だけど、もしも今よりも優しい世界があるならね、私はそれを望むよ! それに魔王様には優しい世界は似合わないもん」


 魔王がいたから、アイルは存在している?


 単純に、そういう考え方が出来るやつは凄いと思う。俺には到底出来ない。


 眉を下げ、口元を綻ばせる。


「ありがとう、アイル」

「ということは、勇者が魔界に来たのを魔王様に報告しないように言ったのって、その為?」

「ああ。勇者の目的も魔王討伐だ。目的が同じなら、協力するのが得策だと思って」


「やるねぇ、流石。実は僕もね、うんざりしてたんだよ。世界ってやつに。だって、アイルが泣くんだもん。アイルを泣かせる世界なんて、壊されて当然!」



 と、自信満々に胸を叩く。


「お前、シスコンだな……」


 苦笑いがバレてしまったみたいだ。


「あ、引いたよね、今? 酷いなぁ、シャルは」

「シャルはカイルが実は、実はね、優しいことを知ってるから大丈夫だよ〜」

「アイルもブラコンだったか」


「あー! 今、馬鹿にしたでしょう?」

「してねーよ」

「嘘だ、した!」

「でもさ、割りとシャルも僕らの事大好きだから、お互い様だよね」


 爽やか笑顔で何を言いやがる。


 即座に訂正。


「っ大好きは過剰だ!!」


 ……笑いが起こってしまった。


 馬鹿にされてないか? 全く、不服だ。


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