狼煙
「第1部隊出撃」
トウジ隊長の合図で、部隊が出撃する。
ただ、その出撃は、当初思っていた状況とあまりにも違う。
最初の投石でどれだけの部隊を削りきれるのか?
1割か? 2割か?
仮に奇跡的に敵の部隊が半壊したところで、それでもなお敵の勢力はこちらの2~3倍は残っているのだ。
しかし、いきなり部隊が大きく崩れるような一撃を食らわせれれば敵は大きく浮き足立つ。
敵の司令官は初陣に近い、さほど才気のない野心家の王だ。
大きく現場が動揺してくれれば、大部隊ほど手に負えない大混乱に発展するものである。
そこに勝機がある!
ふっ……しかしこんなものは、机上の空論。
ナイロン隊長率いるダンジョン探索部隊はそんな甘いものではない。
おそらくは部隊が半壊した程度では、怯むことなく体制を立て直しこちらに反撃してくることだろう。
いいだろう受けて立つ、ここが我が人生最大の晴れ舞台!
温泉ダンジョンで鍛え抜いたこの力を刮目せよ、ドルピンス王国の者どもよ!
……くらいに気持ちを高ぶらせて待機していたのに。
今の出撃は、戦闘をしにいくというよりは。
「お~い、誰か生存者はいるか~?」と、相手の生存者確認と救護活動をしに行くような状況である。
奇跡的に岩に当たらなかったまばらな生存者が続々と投降してくる。
その表情は生気が抜けていたり、恐怖で顔が引きつっていたり、完全に正気を失っていたりと様々である。
まあ、場合によっては医療の湯で治してやれるだろう。
むしろ状況次第では積極的に治してやれとのお達しである。
あの湯は、恐怖心だけではなく復讐心すらも一種の精神疾患として消してしまうからである。
「てめえ! まさかトウジか!? ふざけんな! なんだよあの武器は!? 反則だろ!」
そんな中、ずいぶん元気な声も聞こえてきた。
トウジ隊長が糸ダンジョンに長い間籠もっていた時に、よく知ってる声だった。
もっとも向こうは、温泉ダンジョンに入る前の顔しか知らないからか、こんな状況でもずいぶん困惑したような顔になっていた。
「ようフロロ副隊長、生きてたか。
私だって知るか、あれは科学者の作った新兵器としか言いようがない。
とりあえず全員投降しな、ユーザ陛下は大人しく投降した相手に無体な対応はしないお方だ、私が保証するよ」
「ちっ、ナイロン隊長生きてっかな……凄え勘で真っ先に危険を察知して逃げてたんだが、この惨状じゃ無意味だろうからな。
おい!! ナイロン隊、生きてるやつぁ全員声出せ!」
「うっす!」「おう!」「おおっ!」「ああ…」「へい…」
糸ダンジョンの探索部隊はそれなりに多くの人数が生き残っていた。
ただその多くは腕や足が折れていたので、運ではなく、ある程度投石を捌いて実力で生き残った結果なのだろう。
「はぁ~あ、下手に背を向けて逃げないほうがよかったかぁ。やっぱ欲にかられて戦争なんかするもんじゃねえよなぁ……」
「ナイロン隊長!」
血まみれの大地の中、大男がいろいろと悟ったような顔で、空をぼんやり眺めながら座っていた。
左腕はちぎれ、脇腹も一部損傷し、止め処なく血が流れている。
「おお? まさかトウジかよ? なんでえ美人になっちまって。
ところでよ、酒とか持ってねえか? 最後に少しくらい飲みてえんだが」
「あるわけないだろ、そんなもの」
「気付け用にそのくらい戦場に持っていてもバチは当たらねえだろ、クソ真面目の健康主義者め。
じゃあいいや、切ってくれ、せめてきれいな姉ちゃんに切られて死にてえわ。
欲を言えばセパンス第2部隊の奴らがいいんだが、贅沢言ってる時間がねえから仕方ないな、お前でいいやトウジ」
「酒はないけどね、これを使いな」
トウジ隊長は、水のようなものが入ったはちみつ瓶の中身をナイロン隊長のちぎれた腕や脇腹に振りかけた。
「おい、何だこれは」
「傷薬だ、温泉ダンジョンが戦争前に用意してくれたモノだ。
これで戦争で受けた傷を治せってことだろ」
するとたちまち、かけられた箇所の傷はふさがり、血が止まった。
「おーおー、すげえなこりゃ。生きのこっちまったのはいいんだが、結局この身体じゃ引退するしかねえだろ」
「飯困らずダンジョンの20階層程度、お前ならその身体でも十分回れるだろ?」
糸ダンジョン探索部隊のあきらめと絶望に溢れた目が一瞬で光り輝く。
そうだ。このままドルピンス王国が没落してセパンス王国に取り込まれてしまった場合、俺達はどうなる?
へっへっへ、戦後賠償としてお前たちは飯困らずダンジョンでずっと温泉水を運び続け、ドロップ品を集めさせてやる!
そう命令された場合、勝っていた場合と何が違うというのだ?
「おいおい、ユーザ陛下は俺達を飯困らずダンジョンで使ってくれるってのか!?」
「さあね、戦後の話し合い次第だろうけど、とりあえずスパン王が生きてるかどうかからだね、こりゃ」
ぐしゃぐしゃの地獄絵図のような戦場後を眺めながら、トウジ隊長がため息交じりに言うものの。
ナイロン隊長たちは、アレは死んでてくれたほうが都合よく話がまとまるよなぁ……としか思っていなかった。
「あ、おいフロロ、海の方はどうなってる?」
「開戦の狼煙は将軍殿が上げてましたから、グダグダに遅れて港に付くんじゃねえすか?」
「トウジ、港にもあのふざけた兵器はあるのか?」
「ある。おそらく向こうも戦いにならないね」
「急いで中止の狼煙を上げろ! 退却を知らせる狼煙を探せ! 王や生存者よりそっちを先に探せ!」
全員大慌てて瓦礫と化した、資材置き場を掘り返して探し回ることになった。
トウジ隊長たちもその作業に全力で協力した。
とっくに決着はついているのに、意味もなく船を大量に沈めて何千人もの兵士を海の藻屑にする必要など、なにも無いからである。
♨♨♨♨♨
「はわわわわ……戦争ですよ戦争……。ドルピンス王国の狼煙が上がりましたし、おそらく始まりましたよ……。アウフお嬢様、避難しなくていいのですか?」
ヴィヒタはいざ防衛ラインを突破されてしまったという連絡を受けた時は、速やかに飯困らずダンジョンと温泉ダンジョンに国民を避難させ。
避難が済むまでの時間を、命がけで稼ぐための戦いの準備を整えていた。
ユーザ陛下も、ゲンセン将軍も、バントゥ隊長も、トウジ隊長も前線に出てしまっている今、ヴィヒタが国内の守護隊長のような立場にある。
そんな慣れない重責の立場に立たされながら、伝令からの合図をそわそわと待っていることしか出来ない状況に、ヴィヒタの内心は気が気ではなかった。
そんな中、アウフはというと、特に心配そうな顔もせず、歯車に木の板を何枚も紐で束ねて作られたベルトを巻き付ける作業に夢中になっていた。
「ヴィヒタ、4週間前の伝令の報告は聞いてるでしょ? 敵の兵器の威力や射程距離やその数も……。心配しなくても大丈夫よ」
ドルピンス王国の新兵器の詳細を知るまでは、アウフもそれなりに緊張した面持ちで、固唾をのんで戦況を見守っていたのだが。
4週間ほど前に、敵の兵器の詳細を聞いてからは、あきれたような顔になって、今ではほとんど戦争への興味を失ってしまっていた。
「できたわ。ねえ見てヴィヒタ、この歯車をぐるぐる回すと、この木の板のベルト全体が回転するの。
これをたくさん連結させれば、どんな距離でも蒸気の力で重い荷物を運べるのよ、すごいでしょ」
手回し式のベルトコンベアーのモデルが完成したアウフは、空箱をベルトコンベアーで運びながら上機嫌でそう言う。
そんな脳天気なアウフの様子を、ジト目でヴィヒタは見ていた。
「それに、少しケガ人が出たって温泉ダンジョンさんが用意してくれてるでしょ? 傷薬を」
「医療の湯の解説に追加されていましたからね……」
医療の湯の文字だらけの部屋に、ひときわ目立つ赤色の文字で新しい文章が追加されていたのだ。
医療の湯と料理の湯と傷跡消えの湯を混ぜて、魔法の水差しで水を抜けば傷薬が作れると。
その効果が確認されて以来、不眠不休で魔法の傷薬の生産をさせられていたため、ヴィヒタは少しありがた迷惑な顔をしていた。
「温泉ダンジョンさんはできる限りみんなに死んでほしくないと思っているのよ。セパンス王国だけじゃなくて、おそらくドルピンス王国の兵士も、ね」
「探索する人員が減ったらダンジョンは困りますものね~」
望遠鏡で連絡の光が来るはずの山を眺めながら、少し嫌味を込めてヴィヒタは言う。
「うん? 何でしょうかあれは」
「どうしたの?」
「いえ、戦場の方角から見慣れない変な色の狼煙が上がり始めたので……」
「ドルピンス王国の撤退命令じゃない?」
「いやいやいや、さっき開戦の狼煙が上がったばかりじゃないですか? ん?」
山の暗がりから、キラキラと光る合図が送られてくる。
その内容は「終戦・勝利」「終戦・勝利」という意味の合図を繰り返し光らせていた。
♨♨♨♨♨
セパンス王国の港側。
「ゲンセン将軍! 再度敵船が引き返していきます!」
「またか! なんだというのだ? ……まさかドルピンス側は投石兵器の詳細をすでに把握し、こちらの燃料が尽きるのを待っているとでもいうのか?」
回転機構が動き出し、射出準備がととのうまでに莫大な燃料を消費するのが、この蒸気の投石機の最大の弱点である。
今から攻め込むぞ詐欺を何度も繰り返されるのが、実は1番手に負えず困る動作なのであった。
「ふふふ、やりおるな。やはり強力な兵器ひとつで簡単に圧勝できるほど戦場は甘くはないということか」
ゲンセン将軍は相手を最大限に評価し、気を引き締め直し、久々に感じる戦の空気に全身を武者震いさせ、全力で現場の指揮に当たる。
砦側の完全勝利の合図と、船側は普通に撤退しただけという報告を聞いてずっこけるのは、これから数時間後のことであった。







