拡散
コミカライズ3話も更新されてます
https://manga.nicovideo.jp/comic/77245?track=official_list_l1
「ご報告いたします。
アウフ様は18階層の温泉にて、仕事の報告が受け付けられる程度にまで容態が安定いたしました。
よって我々は、アウフ様の受け持つ仕事の要件をまとめた書類を持って、再度18階層へと向かう予定です」
アウフの容体安定の知らせを聞いて、周囲が喜びに沸き立つ。
特に前回の報告では、あまり体調改善の兆しがないといった報告を受けていた父親のナウサ公爵は気が気でなかった分、より強く安堵したような様子である。
そんな中、ユーザ陛下だけは表面上は周りに合わせて、ヨカッタヨカッタといった表情はしているものの、内心は複雑な面持ちであった。
その報告をしてきた第1部隊の伝令が、鎧の装飾模様の真ん中を、握りこぶしで隠すような姿勢で報告をしていたからだ。
この動作をするときは、ユーザ陛下にだけは内密の報告がありますので、あとで個別の面談時間をくださいという意味なのである。
会議の終了後、ほかの大臣や重鎮貴族がいなくなったあと、第1部隊の伝令とユーザ陛下だけがひっそりと別の部屋へと移動する。
「で? よい報告なのか? 悪い報告なのか?」
「どうなのでしょうか? あまりに事が大きすぎて、戦闘員に過ぎない我々には判断しかねます」
第1部隊の伝令は、19階層であったことを見たままに、ユーザ陛下へ報告した。
報告を聞いたユーザ陛下は、ものすごく面倒くさそうな顔をした。
「アウフ様はダンジョンに籠ることで一時的に医療の湯を秘匿するおつもりのようですが、公開すれば面倒ごとになるものなのでしょうか?」
「なる。間違いなくなる。
これまでも、気休めかインチキまがいの美容商品を売っていた連中が、商品を温泉ダンジョンにゴミにされた恨みで内乱に近い暴動を何度も起こしておるというのに。
今度は美容どころか、ありとあらゆる全ての医薬品を全部ゴミにしかねん内容じゃぞ? どれだけ多方面からガタガタ言われるか分かったものではない。
特に霊験あらたかな聖水みたいなもんを売って、病人から金を巻き上げておるような集団とかの……」
「しばらく寝ていれば治る病気のために19階層まで行くのはさすがに不合理ですので、薬の需要自体がなくなることはないでしょうが……どうしたものでしょうか」
「ダンジョンの壁一面に書かれていた医療知識じゃったか? その知識……出典は伏せてとっとと世界中にバラまいてしまえばどうじゃ?」
「ええ?」
「あのなぁ……もう温泉ダンジョンがこんなことやらかして、またセパンス王国が大騒ぎの元凶になりました。なんてことになるのは面倒くさいから避けたいんじゃよ正直。
本当に効いておるのかわからん医薬品を扱っとる商人や、奇跡の水や壺や呪符みたいなもんを売っとる連中どもから嫌がらせと妨害をされるのが、すでに目に見えるようで面倒くさいんじゃ!
というより、今のセパンス王国の研究所は蒸気動力でいっぱいいっぱいじゃ! 新しい医療研究班なんぞを新設するような余裕などないっ!
ど~~~~せ、あの温泉ダンジョンがもたらした知識なのじゃから、その知識はいちいち検証するまでもなく全部正解なんじゃろ!?
出典不明であろうとバラまいたが最後、勝手にその論文の正しさはすぐに証明されていって、大騒ぎになるじゃろ?
そうなればその知識を使った医療実験を、どこかの国が勝手にやり始めるじゃろ?
そしたら、インチキ臭い品を売って儲けとるインチキ連中はそっちの方に噛みつくわけじゃろ?
大揉めしながらも、医療の研究はよそで勝手に進んでいくじゃろ? あとはその知識と成果を買うなり奪うなりした方が早いっ!
世界が突然降ってわいてきた謎の高レベル医療知識に熱中しておるその間、こっちはそんなもん無視して蒸気機関の方を研究し続けておればいいんじゃ!」
「お、温泉ダンジョンに書かれた医療知識を、目くらましに使われるおつもりなのですか?」
「浸かれば万病が治るようなバカげた湯が存在しておるというのに、なんで医療研究に莫大な国費を注がねばならん!
おまけに下手に研究に着手すれば、確実にいちゃもんをつけて潰しにかかってくるゴミどもがわんさかと群がってくるおまけつきじゃ。知らん知らん! そんなもん関わりとうないわ!
アウフ令嬢の言う通り、まずは蒸気の投石機とかいう防衛兵器を完成させろ!
今必要なのは不確定な利益の研究ではない! おかしな行動を実際に起こしてくる馬鹿どもを無傷ですりつぶせる確実な力の方じゃ!」
「は……はあ」
♨♨♨♨♨
「ユーザ陛下、そんなことおっしゃったの?」
18階層の体力回復湯の部屋で、地上から送られてきた書類を確認しながらアウフがそう言う。
「は、はい、アウフ様。なんだかもう陛下は色々とお疲れのご様子で、これ以上面倒な案件を増やしたくないといった様相でした」
「うーん……なんだか一見投げやりなようではあるけど、さすが陛下だわ。
実際あの医療知識の研究は、大きく敵を作る可能性が高い割には、温泉ダンジョンを保有しているセパンス王国にとっては恩恵が少ない……。
だったらあの知識は匿名でバラまいてしまって、検証はしばらく他任せにしてしまうのは正解かも……」
「あの、お嬢様? いくら匿名でバラまいてもその知識の出どころは温泉ダンジョンということはいずれバレますし、結局は恨まれてしまうのでは?」
「その知識が書かれた論文を温泉ダンジョンに捧げたら、医療のお湯を作ってくれました。って言えばいいのよ」
「は……はぁ??」
「だって、論文が世間に出回った後であの部屋を見られても、どっちが先だったかなんてそんなの水掛け論じゃない?
温泉ダンジョンのタオルを糸ダンジョンに捧げてみたら、糸ダンジョンでもタオルが出始めて、温泉ダンジョンのタオルも糸ダンジョン産の繊維にランクアップした前例だってあるんだし。
ユーザ陛下は、これまでの医薬品業者の既得権益や、教会が築いて来た信者への教えや迷信の数々をめちゃくちゃに壊しちゃうけど、私、知~らない。って方向に話を持っていきたいわけでしょう?
だったら早いところあの知識を世界にバラまいてしまうのは大正解よ。ダンジョンは逃げられないんだから急がないと」
新しい知識を無償で世間に匿名で拡散し、それが世間に知れ渡った後で、その知識を知識の出どころに捧げたということにしてしまう。
常識では到底考えられないようなめちゃくちゃな提案に、セパンス王国の女騎士たちは困惑するしかない。
困惑するしかないが、冷静に考えるとその方法以上に波風を立てず、温泉ダンジョンの新しい湯を公開する気の利いた方法は誰にも思いつかない。
「論文は私が急いで書くわ、ここなら体力だって無限に続くから」
体力回復の湯に、足湯のように足を浸けた状態でアウフは筆を進め始める。
壁に書かれていた知識から、新しい医療の概念の要点のみを拾い上げていくような形の論文を作り上げていく。
居ても立っても居られない、すぐにでも仕上げてみせるといったような様相でアウフは書き続けた。
「あの……よろしいのですかお嬢様。医薬品を扱う商人や教会に与える影響というか……被害は甚大ですよこれは」
「私の肌の病気を利用して、お父様からひたすら大金を奪い続けてきたような連中が困るだけでしょ」
アウフは、論文を書く手を一瞬たりとも止めることなくそう言い返す。
その言葉を聞いたヴィヒタは、それ以上アウフに何も言うことはできなかった。
「書きあがったら皆様も協力して書き写してもらえるかしら? 私の筆跡はそこそこ知られててそのままだとまずいから……。
それに、最低でも一気に20通以上は配りたいのよね」
突然の慣れない写本業務に武闘派の女騎士たちは困惑した。
女騎士たちはずらりと並んで足湯をしながら、机代わりに膝に鎧を置いて、徹夜で写本作業を続けた。
中には裸になってお湯に浸かりながら、床を机代わりに写本をしている女騎士もいる。
浸かりすぎてのぼせると、裸で床に寝っ転がり、溶けない氷で冷やされた冷たい水を飲みながら写本を続ける。
その業務の様子はなかなかにカオスな見た目であった。
♨♨♨♨♨
数日後、30通ほど作られた論文は、いくつもの国の一般的な郵便商隊を通して、同時期に研究者や医者や研究機関の元に送り出された。
なるべく手早く遠方にも送り出すために、通常歩けば1週間はかかるような道のりを、第1部隊が一般人の恰好で1日で走り抜け。
遠くの国の郵便に預けて行くといった、めちゃくちゃな荒業も駆使された。
そして論文が配られはじめられた1週間後には、想像通りに大騒ぎとなった。
温泉効能の中に書かれていた、ワクチンによる副作用と後遺症(ワクチンとは~)といった解説文に書かれていたワクチンという新概念。
抗生物質による副作用と後遺症(抗生物質とは~)などという、抗生物質という全く新しい薬剤。
アウフが書き込んだ論文の中には、既存の医療常識がひっくり返るような情報も数多く混ざっていたのだから、大騒ぎになるのも当然であった。
その大騒ぎからたった数日で、アウフの元にアウフの書いた論文の写しが送り届けられてきた。
「この理論が本当に正しければ、いずれはあなたの病気を完全に治せるかもしれませんぞ!」
などといった興奮気味な手紙がアウフの主治医から添えられていたことには、騎士団一同苦笑いをするしかなかった。
セパンス王国でも、しっかりと医療の新理論は知れ渡り大騒ぎになっていたのである。
セパンス王国だけは騒ぎになっていない、などといった不自然がおこらないように、自国の医者や研究者たちにも論文は送り付けていたため、当然と言えば当然であった。
アウフは身体にバスタオルを巻いた姿で、体力回復の湯に足先を浸けた状態でスクワットや腕立て伏せを繰り返しながらそんな報告を聞いている。
運動をしているのは、せっかく18階層の温泉に長期間滞在しているのですから、帰還するまでにたくさん鍛えておいたらいかがですか? とヴィヒタに言われて、たしかに。と思ったからだ。
「温泉ダンジョンさん、これでいいんですよね? あなたの目的は、私だけじゃなくて世界中の病気の人たちも治したかったんですよね」
よく考えれば、自分を治療するだけが目的だったのなら、あんな情報を壁一面に書き込む必要なんてないはずだ。
つまり、温泉ダンジョンの意思は、世界中の人々も健康になることを望んでいるはず。
それは、ダンジョンを探索できる人間を増やすためには、世界中の人間はより健康であらねばならないといった、ダンジョンらしい理由なのか。
それとも、純粋に病気に苦しんでいる人たちへの治療はしてあげたいという思いが温泉ダンジョンにはあるのか。
きっと、病気に苦しんでる人を治してあげたいという思いが温泉ダンジョンにはあるはずだ。
アウフはこれまでに得た情報から、そのように判断する。
温泉ダンジョンには意思があり、そして、その意思は人間らしい心を持っているのだろうということはうかがえるからだ。
人らしい心を持っていることがうかがえるからこそ、温泉に入る時、裸になるのが少し……いや、かなり抵抗があるのだが。
運動中に時々ハラリと脱げてしまうバスタオルを、今一度しっかり締めなおして、アウフは運動を続ける。
そんなことをしていたら出入り口の方から、トウジ隊長と第1部隊、あと、汗だくで死にそうな顔をしたヴィヒタが入ってきた。
「アウフお嬢様、飯困らずダンジョンに新しく出来た19階層まで行ってまいりました。
残念ながら、新階層では新しい宝石が出たという初期の報告以上の情報は得られませんでしたし、その宝石を自力で出すことも叶いませんでしたが」
「シルド団長はそちらにいましたか? トウジ隊長」
「はい、あの方は基本、飯困らずダンジョンの方が目的ですから、それほど頻繁にこちらに来ることはありません。
容態が安定したという報告をした後に、アウフ様へのお見舞いを希望してはおりましたが、安定しただけで未だ病気自体は治っていないという理由で18階層への立ち入り自体ご遠慮願いました」
「あなたたち以外に温泉ダンジョンの19階層を発見できる可能性があるのはシルド団長だけですから、少々強引でも立ち入り禁止は仕方がありませんね……。
報告書によれば、投石機の試運転も成功していたようですし、そろそろ頃合いでしょうか。
来週、温泉ダンジョンの19階層が発見されて、第1部隊の皆様が探索をしたところ医療の湯を発見。
その温泉の効能により無事に私の病気は完治しました……ということにして帰還いたしましょう」
「はあ、はあっ……。そ、それでは、来週以降を目途に、ようやくお屋敷に戻れるのですね?
はぁ~、帰ったらお酒をいっぱい飲みましょうお嬢様。先ほどの探索でもたくさん手に入りましたから……ふう」
飯困らずダンジョンの19階層の探索には、第1部隊の一部だけではなく、ヴィヒタも連れていかれていた。
別に戦力として必要だったわけではない、あとから根掘り葉掘りアウフお嬢様から19階層の情報をこと細かく聞かれる役目として、無理やり連れていかれたのだ。
「お嬢様~、私たちも温泉に入らせてもらいますね。向こうの19階層からここまで走りっぱなしで、もう、疲れて疲れて……」
「30階層までの道のりはこんなもんじゃ済まないぞヴィヒタ」
「トウジ隊長~、もうそれを言うのやめてくださいよ……」
そういうと、ヴィヒタとトウジ隊長らは体力回復の湯に浸かるため鎧と服を脱いで温泉に入る。
惜しげもなく裸体を晒し、温泉に入るヴィヒタ達を見ながらアウフは思う。
今、この状況も温泉ダンジョンの意思は見ているのだろうか。
それとも、何日も何日も18階層の温泉に居座ってる私たちをずっと見ているほど暇ではないのだろうか?
見ているとするなら、誰が一番、温泉ダンジョンの意思の好みなのだろうか。
そもそも温泉ダンジョンの意思が男だという想像は、状況証拠や自身の勘から想像し導き出した仮定に過ぎず、別に確定した情報でもなんでもない。
普通にあの少女の悪魔が、温泉ダンジョンの意思そのものである可能性だってまだ十分にある。
それでも、ヴィヒタの裸体をじろじろと見ている男の可能性があることを想像すると、少し腹が立ったので。
アウフはバスタオルを取り、身体が隠れるような体育座りの姿勢でヴィヒタの隣に遠慮がちにちょこんと漬かった。
「はぁ~、なんですか~お嬢様~? 19階層の質問ならもう少しあとにしてくださいよ……、ああ、生き返る……」
長距離マラソンを終え、とろけた顔で無防備に身体をおっ広げて温泉に浸かっているヴィヒタの姿を、アウフはどういう感情で見ればいいのかわからなかった。
わからなかったが、とりあえず天井の方をキッと睨みつけて、あんまり見ないでくださいと念を送っておいた。







