とまどう心
~アウフが病気になるよりもかなり前の日~
「マスター! 19階層を作れるポイント溜まったわ! 作ろ! 一緒に作ろっ!」
「もう? 早いなぁ。クラプス騎士団が帰る前にカレー集めしてくれたのもあるけど、一部の居住区が蒸気で自動で動くようになってる影響も大きいのかな?」
どういう仕組みなのか知らないが、一部のセパンス王国騎士専用の移動居住地は、温泉を沸かしたり料理を作ったりする過程で火を使っている時に、ものすご~くゆっくり車輪が回る構造になっている。
おまけに20メートルくらい進めば、今度は逆方向に動き出すようになっているため、建物はあさっての方向に突っ走っていったりもしない。
「瞬く間にこんなわけのわからない機構を作り出すんだから、国の中枢にいるような研究者は賢すぎるよなぁ、発展が速すぎて怖いくらいだよ。
ところでペタちゃん、19階層を作るのはいいけど、そっちで何を出すのかは決めてるの?」
「ケンマのマスターがくれた宝石でいいんじゃない?」
ペタちゃんの意見は適当だった。
「う、う~ん。まあいいか。19階層は存在そのものに価値があるんだからな」
温泉ダンジョンがこれから作り上げる医療の湯は、究極の効果のうちの一つだ。
お湯を運びこめば同一の効果が得られる飯困らずダンジョンならば、同じ階層が存在するというだけで十分すぎる価値がある。
「それじゃ一緒に作ろっ一緒に! ねえ、マスター、出来るときは一緒よ?」
なまめかしいポーズを取りながら流し目で見つめながら、そんなことをペタちゃんは言う。
なんだよその微妙にいやらしい言い方は。
まあ……近頃飯困らずダンジョンにできている、いかがわしい店の行為もペタちゃんは見ているので、あながち偶然でもなさそうな気もするが。
防衛力が完全に完成していない段階で、あの医療の湯を作るのは少々怖いんだけどな。
でも、前に来ていたクラプス王国の騎士が、今のセパンス王国を落とすのは無理臭いみたいな話をしていたから、そこまで過剰に心配しなくても大丈夫なのかな?
砦や関所やらも蒸気機関車のお披露目前に、さらに急ピッチで強化しているとかいう話だし。
なによりペタちゃんが、一緒に19階層を作ることを、不自然なほどに楽しみにしている雰囲気を感じる。
なんなんだろう、ダンジョンコアとしては何か特別な意味でもある行動なのだろうか? 仲良しの印みたいな感じの。
「う~ん、じゃあ作っちゃおうか。19階層は相当複雑に作ったから、突破されるのは少なくとも10日はかかるだろうし、そんなすぐに大慌てにはならないでしょ」
「えへへ~、じゃあこの増築のボタンも一緒に押そうね」「はいはい、じゃ、せーの」ポチッ。
― 完成までアト332時間3 ……… 完成までアト1120時間42分 ―
は?
伸びたぞ!? 今、めっちゃ完成時間が伸びたぞ!? 何があった?
……これはあれか? 同じコアが2つのダンジョンの新階層を同時に設立しようとしているから、コアに無理な負荷がかかって伸びているのか?
ネットでDLする時、クソ重たいデータを2つ同時に落とそうとすると、めちゃくちゃ時間がかかることがある現象と同じようなものなのだろうか。
「ねー、ペタちゃん。同時に作るとすっごい時間が伸びちゃうみたいだよ? 分けて作った方がよくない?」
そういうとペタちゃんはすごいジト目でこっちを睨みつけてくる。
なんかダメらしい。
「……まあいいか、別に急いでるわけでもないし。むしろセパンス王国に準備を整えてもらう時間がとれると考えようか」
それから結構な時間がたった。
とはいえだいたいは意識を消して、ちょっと確認のために時々起きたりしているだけだから、建設時間が長期間かかったところで俺達には大した影響はない。
影響があるとすれば、長期間ペタちゃんが意識を切っている間は、新しい食事にありつけなかったり、新しい服飾を見にこれなくなるブグくんやシルクさんたちの方である。
どれだけ長いこと意識切ってんだよお前ら! と怒鳴るブグくんの姿が今から想像がつく。
適当に各階層の温泉の様子を映しだしてみると、18階層の体力回復の湯に、大勢のセパンス騎士が集まっていた。
しかし、18階層の湯に集まっているにもかかわらず、運動をしている様子がない。
1人の少女の介護をしているようだった。
「あれ? あれってアウフちゃんじゃないの? 18階層の湯にまで、どうして?」
5階層の情報収集の湯で得られる情報から、状況はおおむね把握できた。
彼女はこの世界の医療では治せない死病にかかったから、温泉療養でどうにかできないかとあがいているようだ。
……結核か、医療の湯なら一発だけど、結核をここまでの温泉でどうにかできるものなのだろうか?
調べてみたところ、トレーニング強化湯では、免疫細胞も病原菌も同時にパワーアップしてしまうらしい。
つまり、放置していれば治るような病気であれば、両方パワーアップしても最後は免疫細胞が勝つので何も問題ないわけだが。
放置してると死ぬような病原菌が優勢な病気の場合、免疫の敗北がむしろ早まって逆効果になってしまうみたいだ。
ダメじゃねえか……。
体力回復湯も同様で、病原菌の体力も回復してしまうのだから、同じことである。
つまりアウフちゃんの体内では、パワーアップが加速したうえに、体力無限になった結核菌と免疫細胞が、どったんばったん大騒ぎしているというわけだ。
ぶっちゃけるとこの行為は、病気の進行を加速させて、死期が早まる結果にしかなっていない。
「やばいぞこれは、偶然にも医療の湯を作っているとはいえ、新しい湯の完成までどのくらいかかる? まだ400時間近くあるぞ、これ、間に合うのか?」
アウフちゃんは明らかにこれからのダンジョン攻略に必要な人材だ、絶対に失うわけにはいかない。
それに、病状が加速していくアウフちゃんの姿を見ていると、胸が痛くなってきた。
自分自身が、病気でやつれて死んでいった経験があるからこそ、病気で弱って死んでいく人間のことは他人事とは思えないのだ。
俺はペタちゃんの腕をひっつかんで、ペタちゃんを起こした。
「んん? なーにマスター、まだ400時間近くあるじゃない?」
「ペタちゃん、頼む! 飯困らずダンジョンの建設を一時停止してくれ! 温泉ダンジョンの完成を急がせてくれ!」
「な……何を言ってるのよ? なんで!?」
俺は困惑するペタちゃんに説明した。
今、病気で死にかけている人がいるということ。
その人物は蒸気機関を作り、移動式の居住区を作った存在で、今後ダンジョンを巨大化させるためにも絶対に失ってはいけない人物だという事を、情を交えずに伝えた。
可哀そうだとか、助けたいなどといった感情論を説いたところで、ペタちゃんには何も通じないからだ。
幸いペタちゃんもこれまでのアウフちゃんの功績の大きさは理解できている。ペタちゃんにとっても彼女は必要な存在のはずなのだ。
「次の20階層は必ず同時に作るから、だから今は急がせてくれ、頼む!」
ひたすら真剣に、頭を下げて頼み続けた結果。
ペタちゃんは、ものすごく苦々しい顔をしながら。
画面を叩きつけるように、飯困らずダンジョンの建設停止のボタンを押してくれた。
「ありがとうペタちゃん!」
400時間近くあった建設残り時間が、急速に20時間ほどに落ちていく。
これなら間に合うか? いや、これだけじゃまだ足りない、新しい階層はかなり広く複雑に作ってある。
どうにかして素早く温泉を見つけてもらわないとまずい。
19階層のモンスターを操って、最短距離を進んでもらうしかないか。
ハズレの分岐には各自モンスターを座らせて、一体は温泉まで最短で案内させる動作を……。
くそっ……難しいんだよなぁモンスターの挙動制御。
温泉ダンジョンでもモンスター制御の実用例は、16階層のボスは温泉部屋の近くからは移動しないという命令だけだ。
動作をきっちり仕込むのは3Dキャラのモーションを作る時のような、ワンクリックで作れない面倒くささというか……20時間で足りるかな?
俺がひたすらアウフちゃんを助ける準備をしている間、ペタちゃんはずっとふさぎ込むような姿で、何も言わずに座っていた。
今思うとこの時、そんなペタちゃんをそっちのけで、アウフちゃんの救出準備にばかり集中し続けていたのも悪かったのかもしれない。
建設完了まで5分を切った頃、アウフちゃんの容態が急速に悪くなり、ヴィヒタさんが大声で壁を叩きながら叫び始めた。
「私が20階層でも30階層でも探索を続けます! そのために必要などんな鍛錬でも好きに課してください!
だからお嬢様を、アウフお嬢様を助けてください!!! お願いします!!!」
彼女が泣き叫んで、重苦しい雰囲気が現場に流れた数分後に、新しい階層は完成した。
「え……えらいタイミングで完成してしまったな? ま、まあ、これを恩にこれからも一生懸命探索してくれると助かるけど」
19階層に湧いてた白い猿に、温泉まで案内させる動作をどうにか突貫で組んでみたのだが、ちゃんと動くのだろうか?
モンスターを動かすのは結構なポイントがかかるので普段はやる価値が全く見いだせないし、そんな実験もほとんどしたことがなかったからな。
そして、案の定失敗していた。
設定していた温泉まで案内し終わったとたんにこちらの命令は消え、案内役の猿がトウジ隊長に襲い掛かってしまった。
まあ、それはいい。
そこまでならまだ、おっといけねえうっかりうっかり、程度で済む範囲内の失敗だ。
問題は、これまでの道中で騎士団に襲い掛からないように無理やり止めていたモンスターが、操作が切れると同時に温泉部屋に向かって一斉に突撃をはじめたことである。
「いや、まてまてまてまて!? 何で入り口の奴らまでこぞってこっちに来るんだよ?」
いかん、とんでもない数のモンスターが一気に押し寄せる事態になってしまった。
温泉にたどり着くまで、モンスターには襲いかからせないという配慮が逆にひどい状況を産んでしまった。
雑魚モンスターでも束になってかかられると、案外あっさりと高レベルキャラが死んでしまったりするのはネトゲでも散々見た。これはいけない。
だ、だが大丈夫、それでもトウジ隊長なら、トウジ隊長ならきっと何とかしてくれる。
アウフちゃんの容態は……よし、どうやら回復したみたいだな。
外では戦争のような状況になっているというのに、そんなすっぱだかで、床や壁を懸命に調べだしちゃって、病み上がりでも相変わらずな娘だな。
……ふむ、ほほう。
病気の療養のため、あらゆる階層の湯に漬けられたのかその美容は磨きぬかれており、今のアウフちゃんは肌も髪も完璧に美しくムダ毛一つない完璧な美少女である。
それゆえ、今のなにもかも丸見えの恰好で、四つん這いで床を這いまわっている姿は実に目の毒であった。
「好きです、温泉ダンジョンの意思さん、愛しています!」
さらには両手を広げた何もかも丸見えの姿で、こちらに向かって告白までしてくれた。
いやいや、うれしいけどダンジョンの中の意識に向かって告白って、結構危ない世界に入ってるぞ、アウフちゃん。
しかし、いや、う~ん、これはすごい光景だな、保存しとこっと。
デレデレした顔でそんな様子のアウフちゃんをガン見していると、後ろからとても冷たい殺気を感じた。
後ろを見ると、ペタちゃんがガチギレしたような顔でアウフちゃんを睨みつけている。
「なによ、なによこいつ……マスターも、ずっと私を無視してそいつのことばっかり……なんなのよ、なんなのよ!!!」
あ……まずい。無理を言って傷つけていた状態で、ろくなフォローもせずアウフちゃんの救出に集中しすぎてしまっていた。
見たこともないくらいの勢いで、ペタちゃんがキレ散らかしている。
「あ、ペ……ペタちゃん、その、ご、ごめん、おかげで彼女を助けることが……ペタちゃん?」
ペタちゃんは突然糸が切れた人形のように倒れこんだ。
意識を切った? いや、違う。アウフちゃんの所に意識を飛ばして姿を現したんだ。
画面の向こうでは、ペタちゃんはアウフちゃんを睨みつけながら、地の底から湧き出るような黒い声でこう言っていた。
「調子に乗るな、マスターは私のモノだ」
…………?
ええ?
ペタちゃん、ずっと無視されてたイラつきとかじゃなくて……アウフちゃんに嫉妬してるの?
元々、うっすらとそんな兆候はあった。
俺が巨乳の裸を眺めてると、なんかイラっとするわ~、くらいの感情が出始めていたのは感じてた。
しかし、それは数分後にはもう忘れているかような、子供の軽い癇癪のごとく、薄く浅い感情だったはずだ。
なんで急に、ここまで湿度強めの嫉妬の感情が膨れ上がってしまったんだ?
ペタちゃんは、すぐにマスタールームに戻ってきた。
そして、戻ってきたペタちゃんは、泣いていた。
怒りでもない、悲しみでもない、感情がうまくコントロールできずに、心が混乱しているかのような泣き方だった。
「どうして、どうして、心がこんなにざわざわして落ち着かないの……なんで? ねえ? 人間の感情ってなんなの? マスターがあいつばかり見てると、なんでこんなに嫌な気持ちになるの?
私は、私は、同じ階層を……ヒグッ、マスターの魂と一緒に作る過程で……。マスターの魂をより深く混ぜこんで、魂の融合をさらに強めただけなのに……」
…………は?
まてまてまて! 同一階層を一緒に作るって工程で、そんなことしてたの?
おそろいの服を着れてうれしいね、くらいの、かわいらしいペアルック欲求みたいなものじゃなかったの??
めちゃくちゃ重たい内容じゃねえか!? 何の相談もなくそんなことしようとしちゃってるの?
自然体で濃いめのヤンデレ行動するのはやめてくださいよ!?
うーん、言われてみれば俺の心の中のダンジョンをもっと大きくしたいダンジョンコアとしての欲求が前よりもでかくなってる気がする……。
19階層を最後まで一緒に作ってたら、どうなってたんだよこれ。
「マスタァ~、マスターは私のモノなの! 誰にも、絶対に誰にも渡したくないのよ!!」
そういってペタちゃんは泣きじゃくる。
そもそもここのマスタールームから俺達は出られないんだから、心配しなくても物理的に誰にも渡せないんじゃないかなぁ……。
そういう身もふたもないことを考えはしたものの、口には出さずに。
とりあえずペタちゃんを安心させるため、ぎゅーっと黙って抱きしめておいた。
こういうぐちゃぐちゃ感情になっている女の子は、言葉で安心させようとしてもだいたい逆効果だからな。
ダンジョンコアにこんなのが通用するのかどうかは知らないけどさ。
…………ぎゅーっとペタちゃんを抱きしめたまま数分ほどたった。
ペタちゃんはずっと何も言わないままじっとしているし、そろそろ落ち着いてくれたかな。
抱きしめた手を緩めると、ペタちゃんの方から黙ってこっちを抱きしめ返してきてくれた。
ふーん、まだ足りないかい、可愛いねえ。
よしよし、じゃあ満足するまでは、ずっとこうしといてあげようか。
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………………………数時間がたった。
おいっ! いいかげんに満足してくれないか!? ダンジョンコアの感覚は長すぎる、長すぎるよっ!







